第6話 異文化

 

 

 

 結論から言ってしまえば、俺が思い描いた高級ラウンジでの優雅な一時なんて、存在しなかった。


 彼らは、食というか食料を口から摂取する行為を、栄養補給としてしか考えておらず。

 彼らが口にするのは、必要な栄養素がそれだけで摂取できる、灰色をしたブロック状の固形食のみ。


 趣向品であって一般的な物では無いが、栄養素毎に色と風味が分けられた物も、有るには有るらしい。

 例えば、茶色ければ肉っぽい風味、緑なら野菜っぽい風味、象牙色なら穀物っぽい風味と、そんな感じで。

 滅多に口にしないそうだから、きっと産地直送の高級食材な感覚なのだろう。もしくは、クサヤとかフグの卵巣の糠漬けな扱いなのだろうか。


 そして水分補給は、経口補水液の一択。

 これも匂い付けがされる事もあるが、こっちは話を聞く限り、俺の感覚だとタバコや酒に近い印象に感じた。欠かせないと言う者も居れば、毛嫌いする者も居るそうなので。

 ちなみにちょいワルイグリッドは、ちょいワルな顔してるクセに、これが嫌い派だ。

 きっと彼は、場末の酒場でもミルクを頼む、健康志向なちょいワルなのだろ。


 そんな訳で。俺の目の前のテーブルには、白いマグカップが置かれている。

 中身は当然、経口補水液である。飲んでみたから間違いない。

 口に含んだ瞬間に感じる、微かな甘み。それだけなら良かった。けれど、後味が仄かに塩っぱいのが、どうにも。

 味だけなら、薄いスポーツドリンクっぽくもあるけれど、無臭なので爽やかさが無い。更に温いと来たら、もうね……。

 冷やさないのかと聞けば、「冷たいものを飲むと、内臓に負担がかかるだろ」と、これまたちょいワルな顔に似合わない事を真顔で言われた。


 正直、真水の方が美味い。なので、水は無いのかと聞けば、また不思議そうな顔をされ、「そこに有るじゃないか」とマグカップを指を差される始末で。

 文化の壁は、かくも高く厚いものなのかと……。


 ここの高級家具で上がった俺のテンションは、現在、直滑降の後に低空を滑空しております。

 はぁ……。




「では、一息ついたとこで、話しをしようか」


 マグカップの中身を一気に飲み干したちょいワルイグリッドが、そう切り出した。

 

 チビチビと舐めるように飲んでいたマグカップをテーブルへ置いて。気持ちを切り替え、頷きを返す。今後に関わる大事な話になるだろうから。

 イグリッドも軽く頷き、口を開いた。


「色々と聞きたい事もあるだろと思うが、先にお前――ツヴァイカゼンから話してくれたら助かるんだが」


 俺の名前の発音がおかしい気もしたが、いきなり話の腰を折るのも気が引けて、この提案に俺は、首肯した。


 さて、どこから話すかと少し考え、事の起こりから話し始める事にした。


「たぶん、今回の事に関する話だと――」


 仕事の帰り道に意識を失い、気が付けばあの地下の部屋で浮いていた事。

 漏れ聞こえた会話から、あの犯罪者の男の仕業だと知った事。

 飛び掛ったが防がれ、反撃されたが効果が無かった事。

 攻撃が止んだと思ったら、犯罪者の男がへばっていて、それを似非イケメンが斬り殺そうとした事。

 それを阻止したら、激高して俺に攻撃を仕掛けてきた事。


「――――で、そこへイグリッドさんが来た、ってわけだ」


 およそ必要だと思われる事は、全て語った。隠すつもりも無く、正直に。忘れてたり気付かなかった事は、その限りでは無いけど。

 謎翻訳とかの謎シリーズは、『勘』で通した。自分の事ながら、上手く説明できる気がしなかったので。

 そんな感じで語り終え、もう一度マグカップを口にして、喉を潤していると。 


「そうか。よし、そっちの話はわかった」


 腕を組みながら聴いていたイグリッドが、副官のフルナレクがお替りを注いだマグカップへ手を伸ばしながら、そう言った。


「……わかった? そりゃ意外だ。てっきり嘘つくなとか言われると思ってたのに」


 改めて言葉にしてみると、話してる自分でも嘘臭いと思う話だってのに。


「嘘かどうかは、俺には関係が無い。俺の役目はお前から話を聞き出し、こちらの話せる事をお前に伝えるだけだからな」


 そう言い切ってマグカップを傾けるイグリッドの姿は、中々にカッコ良かった。これで手にしているのが、氷と琥珀色の液体が入ったグラスだったら、もっと良かったのだが。ついでにタバコなんか吹かしたりしてさ。


 健康志向なちょいワルエルフの事はさて置き。


 へぇ、そうなのか。そういう方針か。

 俺の話した内容の真偽は、上司か誰かが判断して、ちょいワルイグリッドは調書を取るだけって事なんだろうな。

 あ。実際に調書を取ってるのは、隣のフルナレクか。あの板で録音して、それをそのまま、どこかに送信したりしてるのかもな。


 さて、次は俺の番か。


「なるほど……。それなら、俺にはどこまで話せる?」


「どこまで、と明示できない代わりに、そちの質問に答える形式ではどうだ?」


 探りを入れると、初めからそう決めていたような早さで切り返された。

 そうだな、悪くないだろう。

 向こうからしたら、俺の事は事件の一部でも、こっちはそうでは無い。知れているのは、氷山の一角もいいとこだろうし、その方が効率が良さそうだ。


「ああ、それでいい。それじゃあ――」


 何だかんだと言いつつ飲み干したマグカップをテーブルへ置き、気になる事を片っ端から聞いていく。 

 どうせ、聞かれた事全てに答えるわけじゃ無さそうだし、その点で、こちらが気を使う必要は無いだろう。

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レイニーデイ ホリデー Brute - fact & force 禾常 @FOX-29

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