第5話 休憩
祖母の凶行を思い浮かべて、しばし尻の穴をヒュンとさせていたが。同じくヒュンとしていたであろうちょいワルな男が、剣を左腰に吊している鞘に納めると、どこからか取り出した灰色の毛布を、俺に差し出して来た。
「ほら。取り敢えずこれでも羽織っとけ。色々と聴かにゃならんが、なんにしても、素っ裸じゃ落ち着かんだろ?」
そうだった。度々忘れそうになるが、今の俺は全裸だった。
どうにも、自分の身体とかけ離れてるから、これが自分の裸だって気がしないって言うか、実感が持てないんだよな。
だから、このままでも落ち着けるっちゃ落ち着けるが、ここは文明人として、その申し出は有り難く受け入れよう。
「では、有り難く」
礼を言って受け取った毛布は、薄手で軽いが、中々の手触りで。方から羽織れば、身体をすっぽりと覆うのに丁度いい大きさだった。
これで裸族から卒業だ。
それにしても、この毛布。どこから取り出したんだ?
改めてちょいワルな男を見てみても、薄手とは言え毛布を持ち歩けるような格好では無いのだが。
目に付く持ち物といえば、左の腰に提げた剣くらいだ。後は、左右の太股に、レッグバッグ風のケースらしき物を着けてるが、あんな小さな物に毛布は入らない。容量は、せいぜいがトランプが1セット程度の大きさの物だろう。
じゃあ、どこからだした?
毛布の出所を探して視線を上げて行くと、ちょいワルな男と目が合った。
あ。この男も、良く見たらエルフ耳だ。ここはもしや、エルフの国なのだろうか。
……そうなると、必然的にここは、地球じゃなくなるのと同義なのでは?
「なんだ? 他に何か
状況が少し落ち着いたからか、色んな疑問が溢れて考えが纏まらないでいると、ちょいワルな男がそう問い掛けてきた。
「何か入用かと聞かれれば、色々と入用だが……」
今、一番に必要なのは、情報だ。なので……
「……先ずは、話を聞きたいかな」
「そうだな。こっちも色々聞きたい……コレの経緯とか……」
アス・マウンドを指差し渋い顔をするちょいワルな男に、俺は愛想笑いを返しておく。ここは、迂闊な事は、口にしないほうが賢明だろう。
「……だがまぁ、長くなりそうだ。部下も来たことだし、場所を変えるか」
部下?
何の事かと首を傾げていると、ちょいワルな男の後ろ――ここの入口から、10人ほどの青い服を着た男達が、なだれ込んで来た。
▽
ちょいワルの男は、犯罪者の男の身柄と、似非イケメンの介抱を部下の男達に任せると、俺を先導して部屋を出ると、足を止めた。
目の前には、片側二車線くらい幅がありそうな広い道が左右に伸びている。
「この通路の向こう側に在るエレベーターで、上の階へ行く」
え。これ、通路なのか? 車道とかじゃ無くて?
言い回しに違和感を覚えながら、頭二つほど高い位置からの声に隣を見れば、ちょいワルな男が前方を指さしている。
その先に目を向ければ、ホテルの正面玄にも似た、内側に芝生が生えたロータリーが。
上の階? ……ここって、まだ屋内なのか?
見上げれば、確かに。そこに空は無く。さっきの部屋同様に、高い天井自体が陽光に似た明かりを放っていた。
左右に伸びる路の先に目を向ければ、今出てきた部屋の壁に沿って緩く曲がっていて、先が見えない。
ここは、かなりデカい建物の中、って事か……。
後ろを見る。今出て来た部屋も広い事は広い。
しかし、せいぜい野球場一つ分程だ。
壁の内側には、他にも部屋があるのだろうか。
『地下都市』。そんな言葉が浮かんだ。
「ほら、行くぞ」
「あ、ああ」
一歩先で立ち止まって振り向いているちょいワルの男に促され、俺は通路を渡るべく、ぺたぺたと歩き出した。
俺と同行するのは、前を行くちょいワルエルフ耳な男と、その部下が一人、俺の後からついて来ている。
この、同行した部下だけでなく、他の男達も皆青い髪でエルフ耳だった。
『ここはエルフの国説』が、濃厚になった。同時に、『ここは異世界説』も。
気が付いたらエルフの国でしたとか、フィクションの中だけにしてくれよ。現実にそんな事になったら、パスポートやらも持ってないし、簡単に帰国できる気がしないぞ。さっきまでは、丸裸だったくらいだからな。旅費も無い。日本の大使館てあるのか? 日本と国交を結んでてくれると有り難いんだが。
……いや、まだここがエルフの国と決まったわけじゃ無い。日本のどこかで、たまたまエルフが暮らしてる場所に拉致られただけかも知れんし。
いやいや、待て待て。エルフが住んでる地下建造物ってどんな場所だよ。そんなとこが日本にあるのか? アメリカなら、広いからありそうだけど。エリア何とかって感じで。
あれ? そんな秘密基地的な場所に侵入して、お咎めも無しに帰してくれるのか?
俺、
無言で歩いていると、嫌な考えばかりが浮かんで来る。なので、同行者とコミュニケーションでも取る事にする。
ウダウダ考えてるより、自己紹介の一つでもしていた方が、よほど有意義だろう。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺は、
俺の名乗りを聞いたちょいワルな男が、肩越しに俺を見た。
その直前に、一瞬、身体に力が入った気がしたが、気のせいかな?
こちらを見る男の表情に、おかしな点は見当たらない。少しだけ呆れと自責が見て取れる。
キャンプでカレーを作って、ご飯を忘れた時の顔に似ている。
「そういやそうだったな。俺はイグリッドだ。今回の件の担当になった隊の責任者って事になってる」
……『事になってる』ねぇ。なんだか微妙な言い回しだなぁ。大人の事情ってヤツなのかね。
まあ、いい。ちょいワルなイグリッドね、俺おぼえた。
で、今度は俺が、後ろを見る。
後ろを歩く彼は、その意味を察してくれた。
「私は、この隊の副官を務めます、フルナレクです。宜しく」
「ん。宜しく。椿居 華山だ」
副官らしいフルナレクは、見たとこ二十代前半くらいか。まあ、地球人として見たらだが。
ちょいワルなイグリッドが二十代後半くらいに見えるから、立場としては妥当なのかもな。
そんな感じで軽い自己紹介をしている内に、通路を渡り終え。みんなでエレベーター(小)へと乗り込んで、最上階へ。
最上階と言っても、地上階らしい。
ちなみに俺が居た部屋は、地下五階だったそうだ。
さて、エレベーターに乗って、上へと向かっているのだが……凄いなこれ。
日本のエレベーター技術は、世界屈指の高水準らしいのだが、そんな日本で暮らしていた俺が驚くほど、このエレベーターは静かな上昇をした。
エレベーターに乗れば、必ずと言っていいほど動き出しに感じる僅かな不快感が、全く無いのだ。
どんな仕組みになってんのだろう。慣性を制御できるとか? イナーシャルをコントロールしちゃうのか?
そんな地味に凄そうなエレベーターに、内心で感動しつつ運ばれ、開いた扉から降りれば。
そこは、落ち着いた光量の照明が照らす、深い茶色を基調とした家具や調度で整えられた、一流ホテルのロビーと見紛う空間だった。
……なんか、想像していたのと違う。
黒く鈍い艶をたたえる、長方形のローテーブルに、それを囲む上質そうなローソファー。
一組に十人ほどが座れそうなそれらが、この空間には、ざっと見て十組程ある。完全に高級ラウンジです。
なんだろう、この裏切られた感は。
ここはもっとこう、研究室とか、秘密基地的な建物の中だと思っていたのだが。謎の装置や機械群なんて見あたらない。
これならむしろ、さっきまで居た地下五階のあの部屋の方が、それっぽかった。謎の装置もあったし。
ここだけ見たら、『犯罪』とか『違法』だとかの後暗い空気は、微塵も感じない。
さっきまでの犯罪者や似非イケメンとの荒事が、まるで夢だったのかと疑いたくなる程に、同じ建物の中とは思えない、ハイソな空間だ。
「一先ずは、ここで話をしようと思うんだが、お前……あー、ツヴァイカザンもここでいいか?」
俺の名前を呼ぶちょいワルイグリッドの発音が微妙に違う気がしたが、そんな事よりも。せっかくだし、今はこの高級感漂う空間を満喫させてもらおうじゃないか。
残業終わりに、休む間もなく訳の判らない事態の連続だったんだ。なんだかんだで、疲れたよ。多分、精神的にだけど。
身体の事は、今は考えない。考えるのは、もっと情報を得てからだ。
そして今は、このステキ空間で癒されたい。
「ここでいい。むしろここがいい」
「そうか」
再び先導を開始したイグリッドの後について、柔らかな絨毯の感触を足裏に感じながら歩き、周りを見回つつ気になった事を聞いてみた。
「ここって、何の為の施設だったりするんですかね?
下はあんな感じだったのに、ここはどうにも、こう、ハイソな社交の場? にしか見えないんですがね?」
機密に関わる事かと、やや気を使って尋ねると。イグリッドは、手近なテーブルへ俺を誘導し、そこのソファーの一つへ座るように手で促しながら、答えを返してくれた。
「何の施設か、と言えば、宿舎と答えるのが妥当だろうな。で、ここは休憩室だ」
宿舎と言えば、宿泊施設の事だ。それなら、俺がここを見てホテルの様に感じたのも、あながち間違いでは無いのだろう。
休憩室って事は、ラウンジか。案外、俺が感じた印象そのままだった、と。
しかし、『宿』とは言わず、『宿舎』という言葉を選んだ事に、僅かな違和感を覚える。
俺は首をかしげ、「宿舎……?」と呟きながら、今の俺なら五人は座れそうなソファーの真ん中へと腰を下ろした。
……うわナニコレ。めっちゃ座り心地いいんですけど。
あぁ、これはダメになるぅ。人をダメにするタイプのソファーやこれぇ。
はふぅ。もらって帰れないかな、これ。……むしろ
俺がソファーの座り心地に瞬く間に陥落していると、向かいのソファーへ腰を下ろしたちょいワルイグリッドは、「そう宿舎だ」と答えると。
「さて、どこから話したものか」と呟き、腕を組んで、どこか遠くを眺めるように視線を上へ向けた。
悩めるちょいワルな男と化したイグリッドの横――向かって右側に、フルナレクが、やや間を空けて腰を下ろした。
すると彼は、イグリッドが毛布をそうした様に、何処からともなく、黒い半透明の板を取り出して、それをローテーブルの上に置いた。
A4サイズ程のその板は、これから始める事と彼の役割を考えると、おそらくタブレット的な物なのだろ。たぶん。
あの板も少し気にはなるが、それは後回しでいい。今は、足りない物が他にあるのだ。
俺は、周りを見回した。しかし、それは見付ける事がでいない。
なぜだ。これだけの寛ぎ空間に、なぜ給仕係の人が居ない?
「あの、どうされました?」
そう問うて来たのは、フルナレクだ。
その隣でイグリッドも、腕を組んだまま不思議そうに俺を見ている。
ふむ。ここは素直に聞いてみるか。
「あのさ、ここのサービスって、今は受けられないの?」
そうだよ。聞いてみて気付いたけど、ここは一応、捕物の現場なんだよな。当事者なのに忘れてた。
それなら従業員は退避しているだろうから、今はセルフサービスになるのか? と思いきや、なぜか二人とも、きょとんとしてしまった。
もしや、謎翻訳さんが齟齬を起こしたのか? 他に理由が思いつか……いや、違う。謎翻訳さんの齟齬じゃ無い。こんな顔をした外国人をテレビで見た事があるぞ。
あれは確か、ホームステイに来た日本人に、「バスタブはどこです?」って聞かれた時のフランス人の顔だ。
そのフランス人は、日本の風呂習慣を聞いて驚いた後、フランスでの一般的な風呂事情を説明していた。フランスで風呂と言えばシャワーで、気候や水質の関係で、毎日バスタブに浸かる習慣が無いとの事だった。
そして今、目の前のエルフ耳な男二人が、その時と似た反応をしているって事は、彼らの国では『サービスが無い』って事に、なるんじゃないか?
え? これだけの場所なのに、何のサービスも無いの? いやいや、あるでしょ? ほら、ドリンクとか、軽食とか。
なんなら給仕は自分でするし、物だけ貰えればいいんですよ?
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