第4話 仕置き
さてどうしてくれようかと、腰に手を当てながら改めて似非イケメンを眺める。
両膝を床に着いたまま、右手を伸ばそうとしている。本人的にはこれで、必殺な左手での投剣を悟らせないつもりなのだろうが、こうもじっくりと観察できてしまう程に速度差があっては、まるで意味が無いな。残念。
着ている服装は、銀色の糸で見事な刺繍の施された、青い服。形としては軍の礼装に近いだろうか。
俺的には、刺繍が豪華なので、軍人てより貴族とか騎士に見える。
そんな服装な似非イケメンを見ていて、閃いた。コイツには、血では無く、
その為にはこの動き難い状態だと、少々手間取りそうだなぁ、と思いながら似非イケメンに歩いて近付いていたら、油のようだった空気の抵抗が緩み、重力任せで緩慢だった下方向への動きも機敏に変わった。
また来た、謎シリーズだよ。今度は謎機動か? この感じは違うか。
自分自身の動きじゃなくて、その周りな影響を与えるっぽいな。となると……謎制御、か。
仕組みとか原理は謎だけど、重力やら慣性やらを制御してるのかも知れない。違うかも知れないが。
いい加減に、この謎シリーズが突然使えるようになるのにも慣れて来た。深く考えちゃダメなんだ。少なくとも今は。
さあ、謎制御のお陰で動きやすくなった事だし、お仕置きを実行しよう。
似非イケメンの目の前まで近付き、ちょうど左手から離れた投げナイフを、百円ライター位な柄を掴み、拝借。
細身だが、刃渡りが30cmはありそうな、非常に鋭利なナイフだ。柄が若干短いのは、スローイングナイフ故だろう。これで斬り合いをするようには、できていないのだ。
そんなナイフがこのまま飛んで行ったら、犯罪者の男に刺さりそうだからな。そんな事になったら、せっかく助けた意味が薄れてしまうので、道具を手に入れるついでに、阻止させてもらった。
さて。手頃な道具が手に入った。
次は似非イケメンの背後に回り込み、こやつの上着の上から腰に巻かれた剣帯らしき鞘が釣られたベルトを、拝借したナイフで切断。何の素材出てきてるかは不明な丈夫そうな太いベルトだったが、サクリと切れた。
こんな凶悪なナイフを投げ付けるとか、完全に殺す気だったな。やはり許せんな。
お次は、上着の裾をペロリと捲り、ズボンを留めているベルトを、これまたサクリと切断。念のため、ズボンのウエスト部分も一緒に、サックリと、少し多めに切っておく。
さあ、準備は整った。後は、用が済んだ邪魔なナイフを逆手に持ち替えて右手を使えるようにしたら、ズボンとその下の、おそらく履いているであろう下着を両手で掴み、一気に引き下ろす。
よし! これでコイツも、丸出し仲間だ!
くっくっく。怒りも顕に攻撃を仕掛けたはずが、いつの間にか下半身丸出しにされてたら、さぞかし屈辱だろうて。
うむうむ。我ながら、中々に恥辱的な攻撃ではなかろうか。
さあ。これで、コイツの行いに対しての報復は、適切だろうか。
右手のナイフを見る。生木にも深々と刺さりそうな程に鋭い刃は、完全に凶器だ。こんなのを投げ付けきて、下半身丸出しだけで済ませていいのだろうか。
視線を上げると、ヤツの丸出しになった尻が目に付いた。
もう一度、手にしたナイフを見る。
尻と刃物。この二つの組み合わせに、子供の頃に聞いた祖母の話が蘇る。
祖母は美人で、街に出ると良く男に絡まれるそうで。その日に絡まれたのは、その街でも名の知れたヤクザ者で、祖母がキッパリと断ると、刃物を抜いて、脅して来たらしい。ギラリと光るドスだったそうだ。
それを見て、祖母はキレた。いい女だからと粉を掛けるだけなら、それはいい女の
ここで終われば、美談な武勇伝だったのだが、俺の祖母は容赦が無かった。
ヤクザ者が落としたドスを拾うと、その尻の穴に突き刺したそうだ。それも、一回では無い。
そうして、尻にドスを生やしたまま、穴を文字通りに八つ裂きにされてぎゃあぎゃあ喚くヤクザ者に、祖母は一言、言ったそうだ。「これで少しは、女の痛みが知れただろ?」と。
何故そこまでしたのかと聞いたら、「ドスを抜いての脅し方が慣れていた。あの屑は、何度も同じ事をして、女を何人も辱めていたんだよ」と、酷く冷たい目で答えてくれた。
あの時の祖母の目を思い出して、背筋がブルりと震えて尻がキュッとなった。恐ろしい。祖父さんは、よくあんな恐ろしい祖母さんの婿になったもんだ。
そして俺は、あの話を聞いて以来、女の人には無体な事はしないと決めている。
さて、目の前にも、慣れた様子で割りと傍若無人な事をしでかそうとした男がいるのだが……流石に祖母がヤクザ者に使った『秘技
俺は似非イケメンの背後に近付き、逆手に持っていたナイフを、刃の付け根で掴み直し、その柄を尻に突き刺した。
よし。これでいい。刺そうとしたのなら、刺される覚悟も有っただろうからな。うむ。
似非イケメンの尻から生えたナイフの刃を、軽く指で弾いて満足すると、それで気が抜けたからか、世界の色と共に時の流れが元に戻り。
エアツッコミで弾けた空気と、俺が足の指で床を砕いた音が鳴り、それと同時に、
「――えぎゃあああぁぁ!!」
それをかき消す程に大きな、似非イケメンの悲痛な声が響き渡った。
両手を前に突き出したまま、丸出しの股間を突き出すように体を反って声を上げた似非イケメンは、
その光景は存外に強烈で、それを間近で見た俺は、しばし言葉を失ってしまった。
少しだけ、やり過ぎたかも知れない。
いつまでも
そして片膝をついて、手を合わせて冥福を祈る。死んでないけどな。……名誉的な部分以外は。
なむなむ。
そうしていると、入口の方から凄い勢いで足音が近付いて来たかと思うと、抜き身の剣を右手に携えた青い服の男が一人、飛び込んで来た。
「無事か!? イグザルト!」
開口一番そう叫んだ似非イケメンと似た服を着た男は、俺と目が合い、目を見開いて、動きを止めた。
より正確に言えば、頂きにナイフを生やした
こんな
ましてや、あの男の言動を見るに、この似非イケメンの仲間のようだし。
追いかけて来た仲間に追い付いたと思ったら、その仲間が倒れたままナイフを生やした尻を掲げてるんだからな。彼の心境は、察するに余りある。
「……誰が、こんな酷でぇ事を……」
余程の衝撃を受けたのだろう。ちょいワルな感じな青い髪で無精髭の男は、覚束無い足取りで似非イケメンの
ごめんなさい、俺がやりました。
……などとはとても言い出せない雰囲気なので、嘘にならない程度に誤魔化してみる。
「……不幸な出来事が、あったのです……」
悲壮感を出しつつ、目を閉じてもう一度祈りながら言ってみた。
どうだ。この身体になって声も澄んでるし、けっこう行けるんじゃないか?
と、内心期待していたら、ちょいワルの彼の首が、ぐりんとこちらを向いた気配が。
「……お前だな?」
行けませんでした。
ひどく端的で、疑問形ではあるが、その声には確信めいた響きが込められていた。
片目を開けて、横目にチラリと見れば、若干据わった青い目が俺をロックオンしてるじゃないですかやだぁ。
これ以上の下手な誤魔化しは悪手だ。彼の目は語っている。『誤魔化されない』と。
俺は合わせていた手を解くと、立ち上がり、ちょいワルの男へと向き直る。そして彼の目を真っ直ぐに見詰めて、口を開いた。
「正当な防衛行動の結果、こうなりました」
ちょいワルな彼は、俺の言葉を咀嚼するように数秒間目を瞑ると、目を開き、アス・マウンドを見て、再び俺を見た。
「尻を丸出しにして、ナイフを生やすのが、か?」
問いながら、彼が指差す先は、ナイフの生えたアス・マウンド。
それを見て、今の俺が言える事は、少ない。
「
「……お前ん
ちょいワルの彼は、青ざめさせた顔を引きつらせて、そう呟いた。
その言葉には、俺も同意しかできなかった。
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