君への紙飛行機

らむね水

君のもとへ


青い青い深い空。

飛行機雲が1本、線を引いた。

足元には、こんな色褪せた場所に似合わない、色とりどりの花束達。

キィ. 小さく音を鳴らして、フェンスから身を乗り出す。

待ってて。今から、君との約束を守るから。



淡くて。儚くて。切なくて。

触れたら、崩れて散ってしまいそうで。

今にも、消えてしまいそうだった。

そんな君に、触れるのが怖かった。

だから、気付けなかったのだろうか。

その、小さな身体で君が抱えていた、たくさんの辛さに。

近くに居たのに、気付けなかった。

もしも、怖がらずに君に触れていたら。

君を助けてあげられたのかな。

そんな、今更な事を思いながら、目を閉じる。

瞼の裏に焼きついた、あの日の君。

君は、笑ってた。

その綺麗な瞳いっぱいに、哀しいくらい青い、この空を映して。

精一杯、笑っていた。

君の細い指に似合わない、錆びついたフェンスを、痛そうな位握り締めながら。


『ありきたりな言葉でごめんね。ありがとう。大好きだよ。』


ありきたり、なんて思うなら言わなければいいのに。

なのに君は、俺の視界から居なくなる。

目の前には、遠くまでの青が広がった。


『るなっ…!』


もう遅い、わかってるのに。

まるで、ドラマのワンシーンの様に、君の名前を呼んでいた。

下から聞こえる女子の悲鳴。

男子の騒めき。

先生の叫び声。

全てが、薄っぺらい映像作品みたいだった。




明るいのに、何処か脆そうな君。

なんでそんな状態に育ったのか、君が消えてしまってから気付く俺は、最低だと思う。

両親がいない、養子縁組、遺産目当ての親戚。

聞き慣れない単語達は、ゆっくりと俺の耳を通り抜けて行った。

記憶の隅に残るのは、君からの手紙。

君のバッグに、グシャグシャになりながら入っていた、白い封筒。

書かれていたのは、たった2文。


“ 紙飛行機の約束、覚えてる?

ごめんね、ありがとう、大好きだよ。”



皺くちゃになった真っ白い便箋に、丁寧な字で綴られていた、この2文。

その特徴的な文字を思い出しながら、そっと瞼を上げた。

先程の飛行機雲がぼやけて、その上から新たに直線的な飛行機雲が重なる。

大きく、深く、深呼吸をする。

足元の、花束の香りが鼻についた。

フェンスから身を乗り出したまま、ポケットに手を突っ込んで、そのまま中に入れていたものを引っ張り出す。

真っ白で、真っ直ぐに折り目のついた、1つの紙飛行機。

君との約束。


『ねぇ、李月りつきくん。』

『ん?なに?』

『もし、私が消えたら。手紙を書いて?』

『消える…?』

『ふはっ、そんな考えないで。そう、もしも私が消えたら。』



ー手紙を書いて、空に届けてね。ー



スイっ. と紙飛行機が手から離れて行く。

遠く、遠く、青い空へ吸い込まれて行く。

何かに導かれる様に、風に流されて行く。

頬に、冷たいものが流れた気がした。


(覚えてるよ、紙飛行機の約束。

ごめんね、ありがとう、大好きだよ。)



どうか。

美しい空の向こうの、君の元へ。



“ 君が、どうか。永遠に幸せでありますように。

この青い、どこまでも続く空の様に。”



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君への紙飛行機 らむね水 @ramune_sui97

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ