笛ばっかり吹いていた兵隊ティモの話
荒井青
第1話
『笛ばっかり吹いていた兵隊ティモの話』
《ティモは、国一番の変わり者の兵隊でした。
彼はとてもとても強いのですが、休みの日ともなれば四六時中笛を吹くのです。ティモの笛は二つとない音色で、まるでさよなき鳥が中に住んでいるようだとか、小さな星が瞬く音を蓄えたようだとか言われていました。ただ、ティモが吹くその曲は、いつもちょっぴり淋しげな感じがするのでした。》
今日は行商人がやってくる日だ。煤臭くないウサギ肉が食べられるのは3ヶ月ぶりで、街の皆は心なしか踊り出しそうに見える。配給のやつは広場近くで干して出すから、変な苦みがある。工場の煙で灰色になった表面を剥いだだけのヤツだから、肉の内側にはちょっとタールか何かが残っているのだ。35アイゼン×家族4人で、140アイゼン。値は張るが、こればっかりは我慢できない。自然なウサギ肉は私達労働者(プロレタリア)にとっての活力そのもの、手足を働かせるディーゼルなのだ。
2番広場の真ん中で、いつものおじさんは座っている。白んだ顎髭を蓄えて、犬の子みたいにクリクリした眼を持つおじさん。北部の訛りが抜けなくて、時々憲兵に睨まれている行商人のおじさん。この通りを左に曲がって数分……いた!
「おう、アルマちゃん。三ヶ月ぶりだね!元気してたかいね?」
「うん!おじさんも元気にしてた?」
「おうとも!さあさ、今日もうんと楽しいもの、美味しいものを持ってきたぞ」
おじさんは三ヶ月前と変わらない顔で、三ヶ月前と変わらない服を着て、三ヶ月前と変わらない布を広げている。そしてその上には、三ヶ月前には見たこともなかったたくさんのおもちゃや絵本、缶詰やお菓子が並んでいた。私たちがいつも通り見かけるアクセサリーみたいなのもあれば、どこの国のものかもわからない仮面。大きな花がごろっと入った、茜色の香り水。そしてやっぱり、ウサギ肉。その他にも見たこともないものが、隊列を組んで並んでいた。
「わわ、また色んな物仕入れてきたんだ!この陶器の鳥、可愛い!」
「おお、そいつは良いもんだぞー。昔は魔法で動いていたんだ!」
「えー、何それ!」
「疑っているな?本当さ!どれ、他にもいろいろあるんだぞ。例えばこの指輪はだな………」
ハハハ、と笑うとおじさんはニコニコ笑いながら、子供みたいに目を輝かせて売り物の説明をしてくれた。そのほとんどは高くて買えないと分かっていても、その話を聞くだけで満足なのだ。
「………で、最後にこの人形だが………うんにゃ?」
おじさんが眉をひそめる。
「どうしたの?」
「くるみ割り人形が、無くなっちまった。包みから溢れたか?いや、並べた時にはあったしな………大して高いもんでもなかったが………んんんんんん?」
「えー!おじさんのドジー!」
「おじさんつったって60超えてるからなあ!もうおじいさんになってきたってこった!
どれ、しかし無くなったもんはしょうがない。それより、ウサギ肉買うんだろ?」
おじさんはまたハハハ、と笑って舌を出した。おじさんはおじいさんだけど、まだ子どもなとこがある。
「うん!4つちょうだい!」
「あいよ!140アイゼンね!」
笛ばっかり吹いていた兵隊ティモの話 荒井青 @araiseiara
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