私は花

さやか(土方さやか)

私は花

 私は花だ。

 この限りなく広い花畑に咲いた一輪の花。

「あ! 咲いたよ」

「ようこそ。私たちの花畑へ」

 私の周りには多彩な花たちが、私のことを見ている。

「この子…なんていう花なんだろう?」

「確かに……見たことない花だね。みんな知ってる?」

「うーん。そうだ! 私たちで名前を考えようよ!」

「それいい! なんていう名前にする?」

「新しい花だから新花でどう?」

「いやいや、それはないよ」

「え〜!! いいじゃん! じゃあ、アネモネは何がいいんだよ?」

「え!? いきなり言われても……そうだ! アリウムさん決めてください!」

 皆はその言葉を聞くと一斉にある花の方を向いた。

 その花は少し驚いた表情をしたが、クスッと笑う。

「あら? 私が決めていいのかしら?」

「もちろん! みんなもそうだよね?」

 周りが深く頷き、彼女はゆっくりと私に近づきしゃがみこむと、私の頭を撫でた。

「そうね……じゃあ、あなたの名前は凛花」

「おーー!! すごくいい名前!」

「さすがアリウムさん」

「これからよろしくね。凛花」

 こうして私は凛花という名でこの世に咲き続けることになった。





「凛花! こっちこっち!」

 私はとある神社に向かうと三人の女の子がいた。

 彼女たちは私に手招きをしている。

「アヤメ、アロエ、アネモネ!」

「凛花遅いよ!」

「ごめんごめん!」

 アヤメの声を聞き、私は駆け足で石段を登る。

「もう〜次遅れたら新花って呼ぶよ!」

「それはアロエが言ってたやつでしょ?」

 相変わらずアネモネとアロエの会話は面白い。

 おもわず声を出して笑っているとつられて三人も笑った。

「ねえ……私たちずっと咲き続けるよね?」

 石段に座りしばらくして、アネモネがか細い声で言う。

「は? 何を今更? 太陽さんと雨さんがいれば無敵だよ。なぜなら私達は花だから」

「そう、私たちは花。とっても綺麗な花って……」

 アロエが指を指すと木の向こうから物音がする。

 恐る恐る四人が近づくと、そこには小さな女の子が座り込んでいる。

「誰この子?」

 アヤメの言葉に、女の子は今にも泣きそうだ。

「私たちと同い年みたいだけど……怖がっているから関わらないほうがいいんじゃない?」

 アヤメが去ると後の二人も背を向ける。

「……」

「……」

 私と女の子はお互い黙っていたが、私は三人の後を追った。




 次の日、私は木刀を持っていた。

 私とアロエ、アネモネは少し前からアリウムさんに剣術を学ぶようにと言われている。理由はもしものために……それ以上は何も言ってはくれなかった。

「よし! 休憩!」

「ガーベラさん、もうやめましょうよ〜」

「何を言っている! まだ始めたばっかりだぞ!」

「そうだよアロエ。でも、なんで私たちなんですか?」

「この世界は何が起こるか分からない。だからお前たちは私たちを守るという使命がある。それに一番若いのはお前たちとアヤメだしな」

「え?」

 私はあの時出会った女の子を思い出した。

 もしかしてガーベラさんはあの子のことを知らないのかと疑問に思う。

「私、ちょっと外行きます」

 そう言って私は外に出る。

「ガーベラさん。別に私たちじゃなくても凛花だけでいいんじゃないですか? 彼女は剣術の才能もあるんだし」

「……はぁ」

 私は中から聞こえるアネモネの声を聞きながら深くため息をした。

 空は青く澄み渡り、風が吹き続けている。

「空は青いな……」

 ボソッと呟いた後に遠くから人影が見えた。不思議に思い目を瞬かせていると、女性が女の子を捕らえこちらに向かっている。

「え?」

 私は驚きを隠せずにいた。

「あらら? 見つかっちゃった」

 その女性は女の子の首をきつく締める。私は汗ばんだ手で木刀を握りしめ構えた。

 しかし、私がもし手を出すと女の子の命が危ないかもしれない。私はそんな事を考えていたが意を決して木刀を投げ飛ばした。

 それはあの子を信じて……。

 木刀は真っ直ぐ飛び女の子はそれを掴んだ。そして、女性の腕に振り交わす。

「いたっ」

 女性は思わず女の子を突き飛ばした。

「凛花!」

 ガーベラさんと二人は慌てて外に出てきた。そして、ガーベラさんは容赦なく自分の木刀を私の方へ投げ飛ばす。それを受け取ると私は女性の首元へ突きつけた。

「……ふーん。やるじゃん」

 女性はニヤッと笑うと一歩下がり冷たい目で私のことを見下していた。その目は私に何を伝えたいのかは分からなかった。

「私はアザミ。よろしくね」

「何がよろしくよ」

 私は声のする方を向くと、いつの間にかアリウムさんがあきれた様子で立っている。

「げっ! アリウムじゃん」

「何しているのよ。アザミ」

「別に。あんたには関係ないでしょ!」

 アザミという女性はそれだけを言うとスタスタと歩いていく。

「お見事ね。凛花」

 アリウムさんは軽く微笑みながら女の子の元へ行き、ゆっくりとしゃがんだ。

「大丈夫? 怪我はない?」

「アリウムさん。その子は?」

「ああ、みんな知らなかったわね。この子はナズナ。……ある場所でね、一輪の花が咲いたの。誰にも見つけられずにずっと一人だったのを私が見つけて連れてきたの」

 ナズナは今も小刻みに震えている。

「この子、人見知りでね。自分から声をかけることが難しいけど、ずっとあなたたちのことを見ていたのよ」

「そうだったんだ……」

 皆が納得している中、私はナズナの前に立ち手を差し伸べる。

「私、凛花! よろしくねナズナ!」

 ニコニコしている私を見て、ナズナはゆっくりと手を握った。








 それから数年経ち、私たちはいつもの神社の石段に座っていた。

「あ〜! 今日もガーベラさん厳しかった」

「幼い時も厳しかったけど、今も相変わらずだしね」

「三人ともまだいいじゃない。私は別のことやらされているし」

 私は三人の会話を頬杖をつきながら聞いている。

 しばらくし、私は空を見ながらボソッと呟いた。

「空は青いな……」

「あんた、それ昔から言ってるよね?」

 アヤメの言葉にハッと我に帰る。

「え? あーまあ、そうかもね」

「全く……幼い時はもっと可愛かったのに」

「うるさいわね」

 私とアヤメの会話を無視したかのようにアロエが話を変える。

「ていうか、あの人まだ?」

「またガーベラさんに捕まったんじゃ……あ、きたきた」

 私は石段を登るナズナに目を向けた。

「ごめんごめ〜ん」

「遅いよ! ナズナ」

 ナズナの左手には木刀がある。あの日以来ナズナも剣術を学んでいる。ナズナは額に流れる汗を袖で拭き、ニコニコと笑っている。

「じゃあ、私たちは帰るね」

「うん、ごめんね三人とも」

 私とナズナは三人に手を振り、神社を後にした。

「……ったく、ナズナ。またガーベラさんに何かしたの?」

「してないしてない! ちょっとサボっていただけ」

「あんたね……昔はあんなにおとなしかったのに」

「それは昔のは・な・し・。今は違うから」

「はあ……それはいいけどガーベラさんの言うこと聞きなよ。あんた才能あるんだし……あの時、木刀を取るなんて思ってもいなかった」

「ははっ。凛花に才能あると言われてもなー。でも、あの時は本当に感謝している。ありがとな!」

「……」

 私は悔しながらも何も言えなかった。ただ……少しだけ嬉しかった。

「そうだ!!」

 突然ナズナが声を上げた。

「何? 大きな声出して」

「私さ、ずっと凛花としたかったことがあるんだ!」

「?」

「凛花。私と打ち合いしてくれないか?」

「はははっ」

 ナズナの堂々とした表情に、思わず声を出し笑った。

「いいよ。面白そうじゃん」

「いいね〜さすが凛花」

 そう言って私たちは木刀を構えた。お互い汗が流れるほど激しい打ち合いが続く中、ナズナが口を開く。

「さすがだね。勝てないかも」

「そんなこと言っていると本当に勝てないわよ」

「確かに……ってうわ!」

 私はナズナの木刀を弾き飛ばした。その瞬間ナズナは尻餅をつき、私は木刀をナズナの目の前に向ける。

「はぁ、凛花は気づいてないな〜」

「何よ?」

「……お前かっこ良すぎ。惚れるだろ?」

「あんたね……何言っているのよ?」

 私は呆れながらも手を差し伸べるとナズナが立ち上がる。

「ははっ。でも本当にかっこいいからあんた」

「……」

 私は思わず頬を赤らめた。ナズナはそんな私の顔を見て満足そうに笑っている。私は心を落ち着かせナズナの顔を覗き込んだ。

「へえーそんなこと言ってくれるんだ〜まあ、ありがとね」

 ナズナは赤面になった。

「お、お前! 言わなさそうな言葉使いやがって!」

「それはあんたも一緒よ」

 私はナズナを置いて走った。後ろからナズナが追いかけていることに、私は喜びを覚えた。

 その日の夜、私はアリウムさんに呼ばれた。

「……来るわ」

 いつにも増して真剣な表情をしているアリウムさんの言葉は、私の鼓動を大きく跳ねさせる。

「来るというのは……」

「……ある場所で私たちの仲間が殺された。おそらく『黒い陰』だわ」

 黒い陰という言葉は幼い時から耳にしていた言葉だ。私は喉を鳴らしながら只々呆然としていた。いよいよ来る……



 私は一人で蝉の声を聞きながら歩いていると、ナズナが誰かと話している姿が目に入る。

「? 何をしているんだ?」

 私は「何してるの?」と言いながら近づこうと思ったが、こっそり話を聞くことにした。

 ゆっくり近づくと、そこにはアザミとアヤメ、アネモネ、アロエの姿も見える。

「あ? 何を言ってる?」

「だから、黒い陰を知らないのかしら?」

「どっかで聞いたことあるような……」

「あらら、どうやら聞く人を間違えたようね」

「あんた、何を言っているんだ?」

 ナズナは木刀を構える。

「やめときなさい。あなたに私は倒せない」

「そんなの分からないぜ。私だけじゃないのだから」

 後ろにいるアロエとアネモネも構える。

「全く……考えが甘いわ」

 アザミはため息をつき刀を抜いた。

 刀はギラリと光り、太陽の光によって存在がより強くなっている。

「刀!?」

「初めて見たの? もしかして怖い?」

「んなわけねーだろ!」

 ナズナが走ろうとした瞬間、私はその場に駆け寄り木刀をナズナの目の前に向けた。

「り、凛花! 何するんだよ! まさかあいつに味方するのか?」

「違う。考えなさいよ。あんたがそんな木でできた刀で本物の刀に勝てると思っているの? それに今、怪我をされたら困る」

 私の言葉にアザミが反応する。

「やっぱり知っているんだ。君は」

「どういうことだ? 凛花」

「もうやめなさい」

 アリウムさんがこちらに向かってきた。

「凛花の言う通りよ。今、怪我をされたら困る」

「アリウム、私に教えなさい。黒い陰を」

「……最近、大勢の花たちが黒い陰に殺されているという情報を聞いたのよ。でも、私自身黒い陰の正体は分からないわ」

「……」

「それに今更だけどアザミ。昔、あなたはナズナに剣術を学ばせたかった。しかし、当時のナズナは人見知りでなかなかそうはいかなかった。だから、あんなことをしたの?」

「そう、なのか?」

 ナズナの訝しげな表情に目を逸らしながら、背を向ける。

「うるさいわね。私だって死にたくはないわよ。少しでも才能のある子は利用しなくちゃ」

 そう言いながら早足で去っていった。



 あの出来事から一週間が経ち、私はクビキリギスの声を聞きながらなかなか寝付けないでいた。いつもならすぐに寝れているが今日は胸騒ぎがしている。しばらくし、ポストに何か入った音がした。

「こんな夜中に?」

 私は不思議に思いポストの中を覗く。中には一枚の紙が入っており、私は恐る恐るその紙を見ると言葉が出なくなった。

 そしてそのまま何も言わずに走り出す。行く場所は神社だ。

 息を荒らしながら神社に着くと、既に四人が石段に座っている。

「みんな……」

 私はゆっくりと呼吸を整えながら石段を登る。一番に目があったのはアロエだ。

「凛花も届いたの?」

 いつものアロエでは考えられないトーンで笑っている。

「うん。届いた」

「ねえみんな一緒だよね? 絶対一緒だよね?」

 パニックになっているアネモネの背中をさすりながらアヤメの姿が目に入る。

 アヤメはずっと俯いたまま何も喋らない。

「アヤメ?」

 私はアヤメが持っている紙に目がいった。その内容を見ると思わず目を見開いてしまった。

 その紙に書いてある文章はあまりにも悲しい内容だ。17歳のアヤメには重すぎる言葉が綴られている。

「冗談でしょ? アヤメだけってあり得ない。私がアリウムさんに言ってくる!」

「やめて! お願い……やめて」

 ナズナが立ち上がった瞬間アヤメが腕を掴んだ。その声はいつもの強気な声ではなく弱々しい声だ。

「みんな……私だけ違うのは知ってたでしょ? 昔から私がこうなるのは分かっていたから」

 アヤメは軽く微笑んだ。今までこんなアヤメの顔を見たのだろうか?

「ごめん……」

「ありがとう、ナズナ」

 二人の会話を機に 私たちは朝まで何も喋らなかった。



 朝日が昇るとともに私たちは軍服を着て、刀を差し、花たちの集まる場所へ歩いていた。

 列車が到着すると、私は花たちに向かって息を吸い込み口を開いた。

「皆さん! 私たち『生花隊せいかたい』は皆さんのために戦ってまいります。そして、四人の命は隊長である私、凛花が責任を持つことを誓います!」

 昨日考えた言葉を花たちに伝えると、列車に乗った。

 正直……責任を持つと行ったが絶対持てないだろう。

 後ろから啜り泣く声や「頑張れ!」という言葉に怒りを覚えながら列車は進んだ。

 私たちは不安や恐怖で頭がおかしくなりそうだ。それでも私は冷静さを保ち、これからの事を考えていた。

「ねえ……」

 重い空気の中、アヤメが口を開いた。

「どうしたの?」

 私は外を向いていたが、アヤメの方へ顔を向ける。

「その……みんなこれを受け取って」

 アヤメに渡されたのは手作りのハチマキだ。

「このハチマキ、神社でこっそり作っていたの。みんなのお守りになるかなって……」

 四人は思わず笑みが溢れる。

 嬉しい。嬉しいはずなのに……どうして心が締め付けられるのだろう? 

 そう感じながらも私はハチマキを頭に巻いた。

「大丈夫! 絶対帰ってこれる! 私たちなら黒い陰なんかに負けないよ!」

「そうだよ。さっさと終わらせてまた神社でいろんな話をしよう!」

 アロエとアネモネは笑いながら震えた声で言った。

「そうだな。それに私たちには凛花がいるんだぜ? 負けるわけない。なあ、凛花?」

 私はナズナの言葉にまた締め付けられる。それでも私はできるだけの笑顔を作り

「もちろん。必ず帰ってこれる! だから早く終わらそ」

 と言い四人を笑顔にさせた。

 でも……ごめん。私は嘘をついた。必ず帰ってこれるじゃなくて、必ず帰ってこれない。しかしそんな事は言えるはずもなく、只々外の景色を見ていた。



 生花隊。生きる花という意味でアリウムさんが名付けた。でも、私たちは生きる花にはなれないみたいだ。ついさっきまで神社にいたのに今は戦火の中。

 所詮、私たちは花だ。踏み潰されたら散ってしまう儚い命だ。

 戦争が始まってすぐアロエとアネモネは死んだ。

 アヤメはもう生きているのか死んでいるのかも分からない。

「凛花!」

 後ろからナズナの声がする。ああ、最後に言ってくれた言葉嬉しかったな。「私たち親友だろ?」って。

 そんなの……当たり前じゃん。

「ナズナ……」

 私は振り向いた。遠くには大怪我をしたアザミとアリウムさんの姿が見えたが二人とも生きている。

「凛花! 後ろ!」

 うん? ああ、確かに後ろにいるね。でももう勝てないよ。

 私は空を見上げた後、ナズナの方を向き涙を流した。




「空は……黒いな」




 その瞬間、私は大量の血を流し倒れた。

 黒い陰は満足したのかすうっと消えていき、いつものように青い空が澄み渡ると、ナズナはその場にひざまづいた。花畑はすっかり焼け野原になっている。

 私は意識が朦朧としている中、四人の顔を思い出した。

 アロエ。あんたはいつも笑わせてくれたね。新花っていう名前も悪くないわよ。

 アネモネ。心配性だけど一番しっかりしていて、私たちのことを見守っていてくれたこと知ってるよ。

 アヤメ。あんたは口が悪いけど根は優しい所知ってるよ。一人だけ刀を持たず、一人で空を飛び、一人で突っ込んだ。おそらく即死だよね。あんたはいつも大丈夫って言ってたけど分かってるよ……分かっている。

 そしてナズナ。ごめん。もっと親友みたいなことしたかったね。本当にごめん。

 最後にアリウムさん、アザミ、ガーベラさん、そして花たち。私たちが戦っている間も信じてくれていてありがとうございます。十七年という短い人生だっだけど幸せでした。

 私はそんな事を思いながら、目をつぶった。



 私が死んでからもナズナはその場を離れようとはしなかった。

 アリウムさんは足を引きづりながらもナズナの元へ歩いていく。

「ナズナ……」

 ピクリとも動かないナズナに、アリウムさんは何も言えなかった。

「笑ってよ。私のために」

 しばらくして、私の声にナズナが顔を上げた。

「凛花? そこにいるのか?」

「いるよ。残念ながらみんなはいないけど」

「凛花……どうするんだよ? 私一人じゃないか」

「ごめん。私はもう戻れない所まで来てしまっているみたい。それに、あんたの哀しみという荷物も持ってはいけないみたいね」

「ははっ 、どうせ凛花のことだし私の分まで生きてって言うんだろ?」

 私は思わず笑った。

「さすがじゃん」

「当たり前だろ? 親友なんだし」

「そうね。後、ひとつお願いがあるの」

「……何だよ?」

「これからの何も知らない。戦争を知らずに生まれてくる花たちにこの理不尽な世界のことを教えてあげて。これが死んだ親友とみんなからのお願い」

「ふははっ」

 ナズナは笑った。屈託のない笑顔で。

「親友からの願いは叶えないとな」

「……ありがとう。あ、それとアリウムさん」

 突然名前を呼ばれアリウムさんは少し驚いていたが、いつも通りの笑顔を作る。

「何かしら?」

「ナズナのことをお願いします」

 アリウムさんの作った笑顔は今にも壊れそうになる。

「ええ……分かったわ。あなたは本当に私たちの誇りだわ」

「ありがとうございます」

 私は軽く頭を下げると二人に背を向ける 。

「なあ、凛花」

「ん?」

 振り向くと顔が涙でぐちゃぐちゃになったナズナが立ち上がる。

「生まれ変わったら名前は何がいいんだ?」

「え?」

「お前、珍しい花だからな。次は普通の花がいいだろ?」

「……そうね。じゃあ」

 私は少しはにかみ

「スズランかな」

 と言いながら姿を消した。

 残されたナズナは苦笑いをし

「美しく咲き、いさぎよく散りやがって」

 と首を傾げながら呟いた。












 私は花だ。この限りなく広い花畑にに咲いた一輪の花。

「あ! 咲いたよ」

 周りにいる花たちは私のことを祝福している。

「この子なんていう花なんだろう?」

 一輪の花がそう呟くと後ろから女性が現れた。

 そして私の前にしゃがみこむと私の頭を撫でる。その表情はどこか寂しげだ。

「この花は……スズランっていうのよ。スズラン、ようこそ。この理不尽な世界へ」

 こうして私はスズランという名でこの世に咲き続けることになった。




 スズランになり、私はナズナさんに連れられある場所に行った。そこは私が生まれた場所より広い花畑がある神社だ。そんな神社の真ん中には大きな墓がある。後ろには三本の錆びついた刀と柄部分にはハチマキが巻かれている。

「ナズナ」

 私は声のする方を向くとアリウムさんと花たちがぞろぞろと集まっていた。いつもニコニコしているアリウムさんは真剣な表情をしている。

 そんな表情を見ながら、ナズナさんは私の手を握り墓に近づいた。

「スズラン。この墓に眠っている人は私の大切な人達なんだ。昔、この理不尽な世界のせいで私の大切な人達はいなくなってしまったの。だから二度とこんなことになってはいけないように私達が伝えていかなくてなならない。そうしないとまた同じことが起きてしまうから」

 そう言いながらナズナさんは手を合わせた。それと同時に後ろにいた花達も手を合わせた。私も白々しく手を合わせる。



 その夜、私は何故か外に出ている。理由はわからない。でも、あの場所に向かっていた。

「スズラン! スズラン!」

 突然いなくなった私をナズナが必死に探していると、なぜか墓がある神社に向かっていた。

「ス、スズラン?」

 ナズナはゆっくりと墓に近づくにつれ呆然としている。

「凛花……」

「何よ? 私の顔を忘れたの?」

「凛花…凛花」

 ナズナは私を強く抱きしめた。何も言わずただずっと抱きしめた。

「どうして? どうしてここに?」

「今日は命日だから記憶と体を取り戻してもらったのよ。それと……」

 私は袖からあるものを取り出した。それはアヤメの飛行帽だ。

「これってアヤメの?」

「そう。アヤメだけ無かったから」

 私は自分の刀の柄に飛行帽を乗せた。

「これで一人じゃないよ。アヤメ」

 微笑む私に対し、ナズナはボロボロと涙を流している。

 そんな中、ナズナは私の肩を強く掴んだ。

「なあ、凛花。時間がないのは分かっている。でもこれだけは言わせてくれ!

「……」

「凛花! 大好きだ!」

 私は赤面になった。単純な言葉なのにここまで赤面になるのは驚きだ。

「私だって……私だって! ナズナのことを大好きだよ! 私だってあんたともっともっといろんな話をしたかった! もっと思い出作りたかった! もっと凛花として生きたかった……」

 ここまで泣いたのは初めてだ。子供のように泣いているとナズナはクスッと笑う。

「やっと……素直になった」

「うるさい……じゃあ、帰るわね」

 涙を拭き、私は背を向ける。

「ああ」


「体には気をつけるのよ」


「ああ」


「みんなのこと頼んだわよ」


「ああ」


「スズランの私をよろしくね」


「……ああ」


「愛してる」


「……」


 さっきまでとは違い、ナズナは静かに涙を流した。そして、スズランになった私を抱え、その場を後にした。







 夏の暑い日、蝉の音を聞きながら私は走っていた。

「ただいま〜」

 靴を脱ぎ捨てランドセルを部屋に置く。

「ナズナさん〜」

 私は縁側に座っているナズナさんの隣に座る。

「おかえり。スイカあるわよ」

「あ! ほんとだ。いただきます!」

 私は風鈴の音を聞きながらスイカを頬張った。

「今日の学校はどうだった?」

「楽しかったよ」

「そう。それは良かった」

 うちわを仰ぎながらナズナさんは微笑んだ。ナズナさんはたまに寂しい顔をする。なぜそのような顔をするのか教えてはくれない。

「ナズナさん」

「何?」

 私は空を見ながら呟いた。


「空は青いな……」


「!!」

 ナズナさんは驚いた表情をし、手で口元を押さえた。

「ナズナさん? どうしたんですか?」

「……何もないわ。そうね、空は青いわね」

 明らかにナズナさんはおかしかった。ダメなことを言ったのではないかと思ったがナズナさんは急に私を抱き寄せた。

「……しばらく借りていいかしら?」

 ナズナさんは私の肩に顔を埋める。そして最後にボソッと呟いた。



「私、頑張るよ」

























































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私は花 さやか(土方さやか) @sayaka38

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