04.神様もしらない

「それで、バイトはちゃんと続いてるのか?」

「とは言え掃除くらいしかしてませんけど。初めて行ったときから本棚の埃が気になってて」

 あの一件から既に二ヶ月が経とうとしていた。期末試験を終え、それの訂正作業に追われていた。ここ数日は秋葉書店でのアルバイトもお休みをもらっていて夏休みになればまた復帰する予定だ。

 事務所として明人が秋葉書店を開いたのはこの春のことだったらしい。主だったお婆さんがなくなってからは放置されていたそうだ。明人が使うようになってからは書店としての面影を残すために入り口から一列だけ什器を残してあるらしい。商品のように見えるがあくまで明人の私物でありそれの整理や事務所内の掃除をしながら、手が空いたら宿題や読書に耽る日々がもう日常になっている。

「とはいえ、あんたからバイトを志願するとはね」

「え?」

「あんたを明人に紹介したのは元々うちの学生でバイト出来そうな子は居ないかって相談されたからなのよ。多分あの日はそのことも込で話したかったんじゃない?あんたの体裁も考えてあいつは言わないだろうけど。あたしはそういうの気にしない」

「…いや、気にしてください」

「でもなんであいつの所で働く気になったの?」

「うーん、ハードカバーの本って高いんですよね」

「あー、あんたの読みたがる本ってニッチすぎて許可が降りないのばっかだよね。需要が無いから文庫にもならない」

「それ以上に置き場に困るんですよ。なのであそこの本棚の一部を…」

「あんた、結構太いわね」

「え?」

「それ、やらなくていいの?」

「手を止めさせたのは晶子さんじゃないですか」

 再び手元へ目線を落とす。数学のテスト、間違えた問題の解答を清書しその部分の解説をノートにまとめる。解説は担当教諭が板書したものを写すだけだがコレがまた手間だ。数学は嫌いじゃないが数学教師の細かい性格がどうも苦手だ。明人曰く数学者はもっと偏屈だということだが、将来結婚を考えるならそういった人種は選ばないだろう。肌の色や血の色以上に性格の不一致は避けたい。

 そう遠くない夏休みを夢見ながら、わたしはノートにペンを走らせた。



 というわけで、これが私こと白坂葵が高校二年の春に体験したことの顛末だ。ガッツリ省いた二ヶ月の間にもてんやわんやとあったのだがそれに関して語り始めると今回の規定に反するのでここは勘弁して欲しい。

 東条美咲という女性の一生は十六年とちょっとで終わってしまった。それを短いと言えてしまうのは多分それより長く生きている人の感覚なのだろう。死んだことにばかり意識が行ってしまい、生きたことを見ないのは死者への冒涜ではないか。今回で私はそう思うようになった。美咲は大切な人を思いながら逝った。私の想像に過ぎ無いが、私の思う彼女はきっとそこまでの覚悟を持って行動したはずだ。

 とはいえ私は彼女を許さない。

 いくら覚悟を持ったとはいえ、両親を悲しませる彼女の行動を賛辞することは出来ない。それを赦すことは甘えであるし、そうしたいと思ってしまう私自身がもう甘えている。彼女の行為を軽蔑し、己を律することで同じ道をたどること無く進むことができるのでは無いだろうか。



 あの日、明人は「美咲の最期はどうだったのだろう」という質問に対して、少し考えてから口を開いた。


「それはきっと神様も知らないんじゃないかな?探偵は誰も知らない事を知ることは出来ない」


笑顔とも違うあの表情を私は生涯忘れることは無いだろう。

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あおい歳月 福永 護 @ume_10_hid

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