三人称ver
「おーい、帰ったぞー」
開放的な木造建築の空間に、アキオの声が響き渡る。
トタトタと足音が近付けば、ミカはお盆によく冷えた麦茶をグラスに注いだ状態で運んで来た。
「お疲れ様でした、はいお茶」
「おう、ありがとう」
ゴクゴクという音と共に、アキオの喉が、食道が、胃が、キンと冷やされていく。
「っかぁ〜〜っ!」
溜まった呼気を吐き出して額の汗を一拭き、その仕草にミカはオヤジ臭さを感じて苦笑いした。
「今日の収穫はいかがでしたか」
「実りはいい感じだが、まぁ味見してみないとな」
アキオが掲げたのは枝豆ひと枝。適当に葉っぱを毟っただけのため、土がパラパラと降った。
「了解。それじゃあ、お昼にする? それともまだ?」
「いや、食おうか。腹減ったしな」
ふぃ〜、とまた一息。よいしょの掛け声と共に立ち上がる。力仕事の後の疲労感に年齢を感じつつ、アキオは縁側から玄関に回ろうとして、振り返った。
「あ、昼に枝豆使うか?」
「あー……そうしようかな」
「わかった、じゃあ洗ってくる」
洗い場に枝豆を持っていき、水で流して土を落とす。もういいかな、と思った頃合で蛇口を閉め、軽く水を切ったら縁側に置いた。
改めて玄関に回り、土の付いた作業着を軽く叩いて脱いだら、軽い部屋着へと換装。オヤジ感が増すことは気にしてはいけない。
手を洗い、顔を流して、用を足す。
居間に辿り着けば、妻のミカが枝豆のさやを毟っているところだった。
無言で隣に座り、ふさの幾つかを手に取ったら竹のザルに置く。一通り取り尽くせば、妻に回収されて後片付けの役目が残る。
箒で掃きながら、耳にするのは沸騰するお湯の音。コトコトと鍋の壁に当たる枝豆。片付けが終わってみればシンクに流れる熱湯の声。湯を切る音の次に聞こえたのは、ごはんをよそうサインだ。
幾分、軽くなった足取りでキッチンを除き見れば、冷蔵庫が開かれる様子が確認できるだろう。いくつかの食材が持ち出され、カコンと戸が閉まる。
海苔、梅干し、ふりかけ、そして湯がいた枝豆。
白米の上に細く切られた海苔が降り、その上をコロコロと黄色いブロック状のものが転がる。ふさから枝豆の身が茶碗の中へ飛び込み、チロチロと注がれるのは水出しされた緑茶の雨だ。最後にふりかけが追加されれば、いよいよ食卓に並ぶ手筈となる。
「お茶漬け……冷やし茶漬けか。うん、いいんじゃないかな。食べやすく、サッパリしてる」
「思いつきで、枝豆を乗せてみました」
「じゃあ早速、いただきます」
「いただきます」
向かい合わせの席で、夫婦同時に手を合わせ、箸を取る。
梅をほぐしてごはんと共に口へ運べば、唾液が誘われることは言うまでもない。
お互い無言の間に、穏やかな風が吹く。肌を撫ぜるその感覚は、今の季節を何よりも示しており、その中で梅の酸味はアキオの口を楽しませる。たまのカリコリとした食感は、ふりかけに入ったたまごのカケラ。スルスルと喉を通る白米。
ゴクリ、という音を合図に、二つの茶碗は木の板との再会を果たす。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
チリン、と風鈴の音が鳴れば、アキオの汗はもうすっかり引いていた。
啜るひと時 成亜 @dry_891
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