一人称ver(改変)

思いついたはいいものの、設定改変によりルール違反になります。が、勿体無いので公開させていただきたく思います。


前半は概ね同じです。


______



「ただいま」


「お帰りなさい」


台所から食器を洗うカタカタとした音が聞こえる。

午後は11時、深夜も差し掛かろうという時間帯。


今日は飲み会があった。酒とツマミはそれなりに食べたのだが、正直言ってマトモな食事は摂れていない。駅から自転車で帰るうちに、胃袋は空になっていた。


「悪い、なんか食うもんあるか? 簡単なものでいいから」


「じゃあ……ちょっと待ってて」


そう言ってミカは、食器を洗う手を止めて食材を漁りだした。


決して広くは無いが、やはり我が家という空間は落ち着く。また、独り身の時には感じることの無かった安心感に包まれ、同時に酔いと疲労がどっと背にのしかかってきた。


一先ずはネクタイを外し、上着はハンガーにかけておく。ベルトを抜いて、ズボンをスーツから軽い寝巻き用のものに穿き変える。そうしたら次は、トイレに入って用を足した。



多少、酒臭さを気にしつつリビングに入ると、テーブルの上には自分の箸が置かれていた。


「お茶漬けで良かった?」


見れば、妻は電気ケトルから急須へお湯を注いでいる。


「んにゃ、十分、この位の方が食べやすいしな。ありがとう」


席に着けば、ほんのりとお茶の香りが漂ってくる。


「はい、どうぞ」


テーブルに置かれた拍子で揺れる薄い緑色の中で、黒い海苔が漂い白米の岸に打ち上げられる。

軽くお茶を啜れば、程よい塩味が舌の根元から唾液を誘い出す。



わかってきたな、と思うと同時、わからせてしまったことに強い罪悪感を感じた。



妻のヨシミが亡くなってもう半年だ。

思春期の娘と父親との二人暮らしは、苦しいものになると覚悟を決めたものだが、ミカはいい娘に育ってくれていた。


普段はこうして、今目の前にいるように笑ってみせるが、自分の見えないところで、大きな負担を強いているはずだ。残業が多いため、平日の家事はほとんど任せきりになってしまっている。


妻が死んだのは、自分の責任だ。

自分がもっと注意していれば、あんな事故は起こらなかった。


だが、娘は自分を責めなかった。

それは有り難い事であり、そして心苦しいことでもあった。


たまに、娘に妻の面影を感じる。そして、その度に自分は父親失格なんじゃないかと考えてしまっていた。



気が付けば、お茶漬けは空になっていた。


「ごちそうさま」


「お粗末様でした」


茶碗と箸を自分で洗いながら思う。

どうか、今の平穏が崩れることのないように、と。

それが砂上の楼閣かもしれないと、誰よりも自分が恐れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る