33 これからも、ずっと美しく

「――以上で面接は終わりです。お疲れ様、ベルデくん」


 メモを終えた書類をトン、とデスクの上で揃える。


 机の向こう側に座る少年は「はいっ!」と上ずった声で返事をした。

 見るからに緊張していて、ちょっと可愛い。


「団長、何か言う事あります?」


 隣に座ったヴィナンさんは、横顔にかかった銀髪をかき上げて小さく頷く。

 彼――いまは彼女か。女のヴィナンさんが目を合わせると、入団希望者のベルデ少年はいっそう固まった様子で頬を染めた。



「明日の朝から、毎日この集会所に来たまえ」

「よかったね、採用だって」



 きょとんとしている少年に微笑んであげる。


 待つこと数秒。

 言葉の意味を理解した少年の、まだ幼さが残る大きな瞳が輝いた。



「俺、がんばります!」



 新入団員ベルデくんは勢いよくイスから立ち上がり、頭を下げる。

 ゴン、と机におでこをぶつけてしまうが、はにかみながら再び会釈し、退室。


 扉の向こうから「やったぁ!」という声が聴こえ、僕とヴィナンさんは顔を見合わせて笑った。


「お疲れ様です、ヴィナンさん。午後の予定は以上で――」


 業務連絡をしようとした矢先、客間の窓が外側から開けられた。

 ちなみに僕たちが今いるのは二階だ。



「やぁヴィナン! 仕事は終わったかい?」



 爽やかな声が、風と共に吹き込んでくる。

 声の主は、優雅な身のこなしで窓から侵入。


 全裸の男だ。ヴューティ=グッドルッキングだ。



「うわ、出た」


 思わず声に出してしまう。

 だが、むしろ丸出しなのは彼の方であって、僕には何の落ち度もない。


「ミサオは私を天資シングの呪縛から解き放ってくれた恩人だ。だが、私は見ての通り裸一貫。であれば、こうして“目の保養”をして貰う以外に……なかろう?」


 自信満々に「なかろう?」のところでウィンクしてきやがっ……してきた。


 実際とんでもなくキレイな体してるので生理的な嫌悪感を感じないあたり、むしろ余計に腹立たしい。



「兄上。何度も言いますが、曲がりなりにも婦女子の前です。せめて下半身にだけでも何か身につけてくれませんか」

「こんなに美しいのにダメなのか? ダメ、場合によっては罪に問われる? そうか、美ゆえに罪……ギルティ=グッドルッキング……であれば、団長権限で私に仕置きをするがいい!」



 バッ! と両腕を頭の後ろで組み、体をさらけ出してくるヴューティ。


 ここ1ヶ月のやりとりでわかったのだが、これは「って下さい」のサインだ。



 ――あの“決戦”で、僕たちのとった行動は作戦よていと違うものだった。


 だけど、結果として目論見通り、ヴューティのマシーンのような心には欠損クラックが生じ、彼は“完全なる審美装置”から“もとめる者”へと変化した。


 誤算だったのは、生まれ変わって最初に感じたのが“恋心”と“痛み”だったこと。


「全く同時に激しい愛と痛みを感じたことで、両者がされてしまったのね」


 と、分析に来てくれたミネル博士は言った。要するに鳥のヒナの刷り込みみたいなもので、最初に見たもの感じたものに激しく恋をしたのだ。


 だから――



「さあ私を存分に痛めつけるがいい、我が愛しの弟妹おとうとよ! なに、案ずるな、傷はすぐ再生する!」



 こんな感じで、女体化した実の弟に連日求愛をする生き物が爆誕したのだ。


 しかも何でだか分からないけど服を着ようとしない。

 以前より厄介な存在になったんじゃないか、こいt……この人。



「局部を隠す意思がないのなら、金輪際こんりんざい口をききませんよ、兄上」


「それは困った。ならば――」



 ヴューティの身体が光を放ち、周囲に輝く“雲”が発生する。

 可視化させた思念サイキックエネルギーだ。


 生命維持の為、件の天資シングはまだヴューティの体内に埋め込まれている。彼は、あのトンデモ機能を自分の意志で使いこなしていた。



「どうだ、こうすれば局部は見えないだろう」

「むっ! 光が股間に集まっている――――!」



 果てしなくどうしようもない使い道だった。



「輝かしいだろう。輝かしいだろうとも。フフフ、これは良い。少し、街の皆にも見せてこよう」

「えっ、大通り行くつもり!?」

「兄上!」


「ははははは! 後で皆から私の評判をきき、惚れ直すがいい!」



 股間をビカビカさせたまま、ヴューティは高笑いを残して窓から飛び出していった。



「行っちゃった……あー、苦情処理の準備しなきゃ」


「やれやれ、粉々になった“マスク”が直るまでこの調子か」

「直ってもこの調子だったらどうします?」

「私をいじめないでくれ、ミサオ」


 ヴィナンさんは苦笑いして、僕の黒髪をそっと撫でる。

 胸がトクンと鳴り、ヴィナンさんの瞳を思わず見つめる。


 彼女かれは何も言わず、僕の背に腕をまわし、抱き寄せて。


 あ、顔が近――――



「キィ!」



「ふゃい!?」


 突然の鳴き声に慌てて身体を離す僕たち。

 全長2メートルほどの“飛竜ワイバーン”が窓の外でホバリングして、キィキィと僕を呼んでいる。


 一ヶ月の間に何度か脱皮をし、すっかり立派な姿になったチャマメだ。


「キゥーン」


 チャマメは長い首をこちらに向け、クチバシの先にくわえた手提げカゴを僕に見せた。


「あ、そっか。買出し行かなきゃだね!」

「きちんと覚えていてくれたのか。えらいぞ、チャマメ」

「キィ!」



「それじゃ、ちょっと出かけてきますね、ヴィナンさん」



 窓からそのまま出て、チャマメの背にまたがる。

 大きな翼が力強く羽ばたいて、ぐんぐん上昇していく。



「気をつけてな、ミサオ」



 下から聞こえてくるヴィナンさんの声に手を振り、空高く舞い上がり。


 びゅう、と風を切り、僕を乗せたチャマメは街へ向かって飛んでいく。



 眼下には、陽光に照らされて輝く街並み、森の木々、海岸――今日も変わらず美しい、ズィミ島の景色が広がっている。








『フルプレート・フィーメイル』


 完

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フルプレート・フィーメイル  拾捨 ふぐり金玉太郎 @jusha

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