32 天の賜物を操る者
眩しい。
視界の端々に、虹色の炎が揺らめいている。
ヴィナンさんの鎧がまとう、
僕はいま、ヴィナンさんと同じものを視ている。
彼が身にまとう
ヴューティの右拳がとんでもない速度で飛来――上へ跳んでかわす。
そこへ追撃の左拳。ヴィナンさんは空中で更に跳躍した!
空中でめまぐるしく方向転換を繰り返し、幾度もこちらを狙うパンチを回避。
もうこれは連続ジャンプじゃない。
鎧から放出される光を自在に操って、ヴィナンさんは空を飛んでいる。
「――間合いは対等になったッッッ!」
ヴィナンさんが気合を発すると、両腕の光が掌に集まって――発射された!
握り拳そのままの大きさをした光弾が絶え間なく打ち出され、
宙に血を曳き飛んできたヴューティの拳と、ヴィナンさんの機関銃じみたビーム射撃が交錯し、弾けた!
「やった、ヴューティのパンチを撃ち落とし――」
「まだだミサオ!」
光の壁を貫いて、両腕を失ったヴューティが肉迫!
全裸の美肉体が弓なりに反らされる。
見せ付けているのか!? 違う、サマーソルトキックだ!
ヴィナンさんが咄嗟に、両手の光を
蹴りの圧力と
「さすがに隙が無いな」
ヴィナンさんの声音には微かに苛立ちが混じる。
目の前に捉えるヴューティは、もう吹き飛ばされた両腕を再生し終えていた。
「ヴューティ兄上……本当に、この世の
「そうでもないと、思いますよ」
仮面の奥で、息を呑むのがわかった。
「ヴィナンさんと感覚を共有できたお陰で、あいつの体内に埋め込まれた
「構わない」
「……ヴューティが体を再生してる時、
「――――ミサオ、頼む。私に策を授けてくれ」
「――ヴィナンさん、僕が考えてること、できます?」
「フ……できるまでやるとも!」
宣言と同時に、大き目の光弾を投げつけながら突撃。
ヴィナンさんの速度は、ビームと併走を可能にする!
周囲の光弾と共にヴューティに迫り、突然の跳躍。
斜め前方の光弾を蹴って真横へ!
その先の光弾を蹴って後方へ!
再び前方! 左! 右下! 真上!
空中をとんでもない速度でジグザグに変則機動。
だが、やはりヴューティはこちらの動きを捉えて拳を発射してくる。
ガキィ、と音がして、鋭利な手刀をつくったヴューティの右腕がヴィナンさんの左腕に突き刺さった。
白銀の前腕部分が地へと落ちてゆくのが、後方にちらりと見えた。
ヴィナンさんの左腕は健在。鎧の手甲部分を囮にしたのだ!
そして、僕たちはヴューティに肉迫!
「セェヤ!」
温存していた右手刀をヴューティに放てば、向こうは首を傾げるだけの動きでこれをかわす。
――思惑通りに!
宙を切ったヴィナンさんの手刀は、なびくヴューティの髪をひと束刈り取った。
すかさず髪を握り締め、周囲に撒き散らす。
「お前にキスなんてしてやらない! ヴィナンさんの目の前だし! それに、そんなこと、しなくったって!」
感じるぞ、ヴューティの体内で稼動する、
感じるぞ、無数の髪の毛までも律儀に元通りにしようとして、わずかな“処理落ち”が起きている気配を。
0.01秒――あまりにも充分な隙を!
「ヴューティィィィィィ!」
ヴィナンさんの掌底がヴューティの胸板中央に到達!
視界が乱れる。感覚の共有が解除される。
もとの、二人を見守る天野操の視点に戻って確認したのは、ヴューティの胸に右掌底をめり込ませるヴィナンさんの姿だ。
それと、ヴューティだ。彼がカウンターで見舞った貫き手がヴィナンさんの顔を掠め、衝撃波でシングメイルの
「ヴィナン……?」
二人のもとへ駆け寄ると、ヴューティが宝石のような瞳を見開いているのがわかった。
食い入るように見ているのは、目の前の弟――女に変化したヴィナンさんの顔だ。
――よし、今だ。
すごく動揺してるみたいだし、チャンスは今しかない。
禁断のダイレクト・ハッキング! 強引にいく!
<<対象
*
真っ黒い天地に緑色の
大型バイクから長い手足を生やしたようなシルエット。カウルに覆われた頭部は無貌。鉛色のボディのあちこちで、緑や青のランプが明滅する。
――異様な気配のロボットだった。
体の後ろからスパゲッティじみて伸びる太いケーブル群は、グリッド空間に溶け入るようにして繋がっている。
間違いなく、コイツがヴューティの心を
ロボットがこちらを見て、長い片腕を持ち上げた。
咄嗟に真横へ転がると、さっきまで僕がいた場所にビームが着弾。
ロボットの両掌から連続して放たれるビームから、僕は必死に走って逃げる。
全速力で走り続けても不思議と疲れはなく、手足も妙に軽い。
そうか、ここは
僕は、テレパスコントローラー。頭の中で念じるだけで、
思い浮かべればいいんだ。
強いものを! あいつをぶっ壊す力を持ったものを!
――――<<
「ギュイィィィィィィ」
金切り音がして、サイバー空間に亀裂。
「グゥホ!」
二本のドリルが強引・
メタリック・ゴリラがエントリー!
「この世で一番美しいのはヴィナンさん! この世で一番強いのは――ゴリラとドリルだッ!」
突然のゴリラに対し、ロボットは迎撃ビームを発射。
そんなものは効かない。両腕のドリルが回転したままつき出され、ビームをかき消しながら前進!
あっという間に敵の懐にもぐり込んだメカゴリラに、僕は思念のコマンドを送る。
――ゴリラパワー全開!
ゴリラ腕力×ドリルの高速回転=絶対的破壊威力!!
ロボットの装甲がバリバリと悲鳴をあげて削られる。
胴体二ヶ所を同時に責められて、長い四肢がデタラメな動きを始める。
ボディに大穴を開けられ、あっという間にバラバラの鉄屑にされたロボットは、そのままデータの塵となって消えていった。
*
「痛い。そうだ、これは痛みだ」
現実空間に戻ってすぐ耳にしたのはヴューティの声だ。
今までの機械的で超然とした感じでなく、生身の暖かさのある声色だ。
「兄上、もしや正気に戻られたのか」
「……兄と呼ぶ君は、ヴィナン、か? 私に熱い拳をぶつけ、私に美とは愛なりと、ただしたのは」
力を失って倒れ込むヴューティを、ヴィナンさんが抱き止める。
同じ面影の二人は、同じ微笑みを口元にたたえている。
「愛あればこその美。瑞美の真髄。それを私に教えてくれたのは、兄上ではないですか」
「――――そんなことまで、忘れてしまって、いた――久しく、忘れていた。ああ、ああ、思い出した――これが、愛しいという、気持ち――だ――」
気を失ったヴューティの顔は、この上なく優しくて、安らかで。
とても、美しい顔だった。
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