31 フルプレート・フィーメイル

 軌跡だけを空間に刻んで、手刀と蹴りが交錯していた。

 大太刀の打ち合いが如く、白銀の鎧と白い素肌は閃く。


 幾度も。


 幾度も。


 幾度も。


 一合のたび鮮血が、天資結晶シングセルの欠片が、朱と銀の飛沫をあげる。

 以前、夕暮れの祠で行われたそれよりも遥かに苛烈で――あまりにも美しい、一騎打ち。


 僕は二人の美死合たたかいを、ただ無心に眺めるほか無かった。



「――――美しい」



 ぴたりと動きを止めたヴューティが、鎧術の構えを崩さないままボソリと言った。


「着装武装の造形。稼働状況きこなし。切断攻撃の鋭利さ。いずれも完璧パーフェクトだ。貴様は、我が審美眼において至上の美であると認めよう」


 いきなりヴィナンさん褒め始めてる。べた褒めだ。



「不思議だな、全く嬉しくない――兄上おまえに褒められたと言うのに」

審美対象きさまらがどう思おうが関係ない。我は美の神、その化身。ただ審美し、美なる者をすくい、美ならざる者を排除する」

「兄上……そのような認識は」



 互いに臨戦態勢を崩さず、二人は言葉を交わす。


 激しい『動』の戦いから、今度は『静』の戦いへと変わったのか――なんて知った風なことを考えていたんだけど。


 少し離れた場所で見守っている僕は、ヴューティの裸体に刻まれた傷口が塞がっていっているのに気がついた。

 まるで動画を逆再生するみたいに、あっという間に元通りだ。



「ヴィナンさん! そいつ、時間稼ぎしてる!」

「――姑息なッ!」



 ヴィナンさんは僕の声を聞いてすぐに高速の踏み込み。再生を終えたばかりのヴューティに貫き手を放つ。


 とんでもない跳躍力で10メートルほど後ろへ飛び退いたヴューティが、拳を握って思い切り振るう。

 まるで、相手を殴ろうとするような動きだ。



 振り抜かれたヴューティの右腕は――そのまま肘の先から千切れてスッ飛んだ! 血を炎のように噴き出してまっすぐに飛んでゆく!



 意表を突かれたヴィナンさんの回避が遅れた。

 鳩尾みぞおちにパンチがめり込んで、装甲を窪ませる。


「ぐ……まさか、痛覚、を、遮断して――!」


 不意打ちがクリーンヒットしたヴィナンさんが膝をつく。

 顔を覆った仮面の内側から、血液が一筋つたう。


 片腕を自ら引き千切ったヴューティは、平然としている。

 数秒後、飛んでいった右腕が戻ってきて元通りにくっついた。



「いま水を差したのは貴様だな」

「う!」



 ヴューティは、ダウンしたヴィナンさんをそのままにして僕の方へ視線を向けた。

 ゆっくりと歩いてくる彼が、何事かを呟いている。



「声に艶がない、鼻筋は高くない、体躯に総じて凹凸が見られない――化粧が拙い」



 それは、僕を見たヴューティの審美ジャッジだった。





 眼と鼻の先まで近付いたヴューティが手刀をかざす。


 体が動かない。


 歯の根が合わない。



 恐ろしさと悔しさで、涙があふれてくる。



 審美の手刀は冷酷に、躊躇いなく。

 を排除すべく振り下ろされて――



「うおおおおおおおッッッ!」



 いままで聞いたことのない気迫の絶叫と共に、横合いから突風めいた飛び蹴りが強襲。

 脇腹にドロップキックを受けたヴューティが吹っ飛ばされた。



「ヴューティ=グッドルッキング! お前の認識は歪んでいる――美しくないッ!」



 ビシ、と指差して言い切るヴィナンさんに対し、ヴューティが初めて眉をひそめた。



「美しくない……? と言ったのか」


「ああ、言った。斯様な心根で審美眼などとは笑止!」



 敢えて悠然と構えたヴィナンさんが、へたり込んだ僕を手ずから立ち上がらせてくれる。



「美とは、愛されるからこそ美なのだ。すなわち、其れを愛する者が在るならば、その者は美だ」



 力強く肩を抱き寄せられる。



「ゆえに、ミサオはこの上なく美しいのだ!」



 どき、と心臓が跳ね上がった。



 ああ、そうだ。


 やっぱり、やっぱり。



「ヴィナンさんは、美しい」



 これからも、ずっと美しいだろう。



 これから先、もっと、もっと、ヴィナンさんは――美しくなる!




 <<星光力増幅機構コズミックブースター――起動アクティブ思念力変換力場サイキックフィールドを対象に印加>>




 ひび割れた白銀の装甲が、内側から噴き出す七色の光に弾き飛ばされ。

 

 燦然する白虹はいま、僕の思念テレパスによって形を変え、彼を護る鎧となった。



 彼女かれ完全無敵超美人フルプレート・フィーメイルとなす、最強の武器となった!


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