30 メンズ・ウォール

 明け方。


 水平線から昇る朝日が、ズィミ島を光の色に染めてゆく。


 その、自然の美しさに勝るとも劣らない者が。


 神にかくあれと定められたか、美の化身が。


 丘の向こうから、完全美裸身うまれたままのすがたで悠然と歩いてくる。


「――ミサオ、お願い」



 視覚と聴覚を共有したキーロの声が、頭に響く。

 僕はグッドルッキング邸の“本陣”に待機したまま、先行している彼の片仮面型シングメイルに思令コマンドを送る。



 <<汎用透視照準器マルチクレアスコープ起動アクティブ>>



 標的ターゲット――ヴューティ=グッドルッキングの全裸身に、黄金色のワイヤーフレームが張り巡らされた。

 拡張現実ARで表現された“不可視の鎧”だ。更に、彼の周囲には蛍光色の雲(フィールド)が漂っている。



「――“間合い”は五歩、“隙間”は右脇腹だよ。団長に伝えて」



 斥候隊長からの報せを聞き、ヴィナンさんが頷く。


 軍団史上最大の作戦が、暁と共に始まった。



 *



 全裸のヴューティがズィミの街に踏み入る。

 街にはいつもの活気がなく、静まり返っている。

 ヴィナンさんが命じて人びとを避難させたのだ。


 ターゲットが目指すであろう地点は街の中心・グッドルッキング邸。軍団は、侵攻ルートに陣を構えたのだ。


 はたして、ヴューティは街の大通りにやってきた。


 裸足で音もなく歩む美の神に、立ちはだかるは赤髪の青年。



「突撃隊――抜刀ォ!」



 腕組み仁王立ちのレッドが号令すると、背後に控えた数十人のマッチョ系イケメンが腰の太刀を抜いた。


 空が揺れるほどの雄叫びをあげ、男たちが全裸の美形に殺到する!



「路傍の石が、神の歩を阻むか」



 ヴューティが呟くと同時に、最前列の男たちが太刀を振り下ろす。


 真正面から打ち込まれた刃は白い肌に触れることすら、かなわなかった。


 手刀が、鉄の刀をするりと受け流し。

 そよ風のような身のこなしから、転じた裏拳が二人の屈強なイケメンを吹き飛ばし。

 返す拳で第二派も打ち据えてから、フィギュアスケートの振り付けじみた脚の旋風が防御の刀ごと男たちをへし折ってゆく。


 体力自慢の突撃隊が、次々と街道に倒れ伏す。

 それでもなお、後ろに控えた者達が向かってゆく。


 一人、また一人と倒れる男達いずれもが一撃で地面に沈む中、ただ一人――何度打ちのめされても立ち上がる者が居た。



「ヴューティ! 俺の顔を覚えてるか!」

「知らぬ」

「へっ、だろうな! あの時の俺は、ブルって一歩も動けなかった……だけど、今度は違うぜ!」


 レッドが裂帛の雄叫びと共に右手の剣で打ち込む。


 脚捌きひとつでかわすヴューティの側面、踏み込んだばかりのレッドが左掌を向け。


 白銀の篭手ガントレット型シングメイルが虹色に光る!


 掌から発射された光弾ビームが、ヴューティの側頭部ではじけた!


 超美貌は、無傷!



 ヴューティがまとう雲が一気に引き寄せられて、本体を守ったのだ。



「チィエェェェェェッッッ!!!」



 レッドは猿叫と共に懐まで踏み込んでいた。剣は既に両手持ちで大上段に振りかぶっている。

 ビームは牽制、本命は得意の真っ向両断だ!



「俺だって勉強してんだ! 知ってるか? こういうの、肉を切って骨を断つって言うんだぜ!」



 ゴリラ譲りの怪力が、ヴューティの脳天へ打ち下ろされる!



 ――刃は美貌の三寸先で止められた。真剣白刃取りだ!


 レッドの剣を挟むヴューティの両掌に、“フィールド”の光が集まって凝縮してゆく。


 そして、鉈のように分厚い鋼の剣は、刀身の中ほどでへし折られ。


 同時に打ち込まれた膝蹴りを鳩尾に受け、レッドは遂に倒れた。




「……第二陣、攻撃開始!」



 先駆けの突撃隊が全滅してすぐ、町中の屋根に待機していた機動部隊が一斉に槍を投げ始める。


 槍の雨は四方八方からヴューティめがけて降り注ぐ。

 ヴューティはレッドの攻撃で“雲”を失ったようだが、ゆらりゆらりと裸体をしなやかに運んで槍を全てかわす。


 道や壁の突き立った槍で針山のようになった街に、一人の男が降り立った。



「……貴様に借りがあるのは、レッドだけじゃない。我が槍技の真髄、受けてみろ。“蒼の裁き –THE BLUE DESTINYⅢ‐”!」



 ティンの長身が、低く低く屈められ――いしゆみから放たれた矢のように、前方へ飛び出す。ブーツ型シングメイルが虹色の光を放ち、線となって後を曳いた。


 突きは一瞬でヴューティに到達。同時に、槍は不可視の脚鎧に軌道を逸らされ、中ほどからへし折られた。


 超高速で踏み込んだティンは怯むことなく敵の横をすり抜け、突き立つ槍に手をかける。


 もう一度突撃!


 槍が折られる。


 また突撃!


 槍が折られる。


 突撃!


 折られる。


 突きを折られる度、ティンは新たな槍に持ち変えて突撃を敢行。

 地面に、壁に、屋根に、町中至るところから槍を引き抜き、上下左右あらゆる角度から衰えることのない勢いでヴューティを狙う。



 それどころか。


 全方位オールレンジの立体高機動攻撃は、一撃ごとに速度を増しているようだった。


 極まった速さは、ティンの姿を見えなくし。


 さらに、さらに増した速さは限界を超え――ヴューティを取り囲む四人のティンを作り出した! 分身だ!



 宝石のような瞳が見開かれ、ヴューティが一瞬、驚愕の表情を見せる。



 コォン――――と高く通った音が響き、分かれたティンの像が一つに戻る。


 彼の槍の穂先は、ヴューティの右脇腹を数ミリ手前まで穿っていた。

 可視化された鎧のグリッドが歪む。敵の“装甲”には、確実にダメージを与えられたようだ。



「――玉石混交、と言ってやろう。貴様は、なかなかによくやった」



 ヴューティの貌は、もとの美術品じみた無表情。


 冷徹な美視線まなざしは、首筋に手刀を受けたティンを。

 レッドに続いて、前のめりに倒れ伏すティンを、見下ろしていた。



「次は、貴様か?」



 ヴューティの美貌かおが、こっちを見た。


 視界が、びくりと震える。

 視覚聴覚を共有しているキーロが驚きで身を震わせたのだろう。


 すぐさま、目の前を煙幕が覆う。



「どこへ行く?」



 声は後ろからだ!


 とんでもないスピードで回り込んでいたヴューティに、キーロは振り向きざま三本の短刀を投げつけた。


 だが、難なく弾かれ間合いを詰められる。


 今度はフリル袖に仕込んだカギ爪で、横凪ぎ。

 丸腰のヴューティは手刀で一閃、キーロの暗器はことごとく破られて。



「――っく!」



 苦しそうなキーロの呻き。

 視界が不自然に持ち上がる。ヴューティが、彼の首を掴み持ち上げているのだ。



「貴様の美程度レベルは及第点である――不粋な仮面ものを除けば、な」



 キーロを片手で持ち上げたヴューティの、もう一方の腕が鞭のようにしなり。


 次の瞬間、キーロの視界は宙に舞っていた。



「キーロ!!」



 声がユニゾンする。


 ひとつは僕。

 もうひとつは――ヴィナンさんだ。


 ノイズが混ざりはじめた視覚と聴覚に、彼の声だけは鮮明に聴こえた。彼の姿だけは、鮮明に見えた。


「だ、んちょ……あと……よろし……」




 <<――接続先天資シング、機能停止。視聴覚共有を終了>>




 頭の中を無情な思覚メッセージが通り過ぎていく中、僕は駆け出していた。



 彼らが対峙する、あの場所へと。



 彼が戦う、決戦の場へと――――!

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