29 神堕とし計画
「……つまり、溺れる者は童貞をも掴む。そういうことだ」
「なるほど、わからない」
腕組みしてクールなドヤ顔きめるティンを一蹴して、僕はヴィナンさんに説明を求めた。
「ヴューティに付け入る隙は、そこくらいしか無いんだ」
「隙。確かに、すごく強そうでしたけど。その……裸なのにヴィナンさんと互角に戦ってたし」
「違うよ、ミサオ」
ヴィナンさんの目配せで、割って入ったキーロが指をひとつひとつ折り曲げながら話し始める。
「まず、訂正1。ヴューティは裸じゃない。あの時、団長の攻撃が寸止めされているように見えなかった? ボクの推測だと、あれはきっと見えない鎧を身に付けている」
「訂正2。互角じゃないよ。団長の突きや蹴りの動作の起こりが、普段よりもゆっくりだった。まるで、水の中で動いてるみたいにね」
だよね、と確認するキーロに、ヴィナンさんは黙ってうなずく。
見えない鎧と、水の中みたいな動き――何かのフィルターって言うか力場? が存在するということか。
「十中八九、ヴューティの体内に埋め込まれた
「そういえば、何も感知できなかった。いつもなら、近くに
「さすが御神体と言ったところか。一筋縄ではいかんな。そんなモノに
「……そこで童貞の出番だ」
「うんうん。うん?」
ティン、もしかして童貞って言いたいだけなんじゃない?
「ミサオー、ティンをそんなケーベツの眼差しで見ないであげてよ。順を追って説明するとね、ミネル先生が“ご神体の
「プログラムをクラック。クメイ島でやったみたいなこと?」
「そうそう。だけど、ヴューティの“頑なさ”は遺跡の比じゃないでしょ? だから、外側から攻め立てただけじゃ完全な“隙”は生まれない。内側、つまり、思考にも揺さぶりをかける必要がある」
「あー、もしかして……色仕掛けするってこと?」
「正解。先生いわく『女の子がキスでもすればいいんじゃない?』だって」
「キス」
「そう。キス」
「――誰が?」
僕が尋ねると、キーロはプイと顔を背けた。
「ボクは反対なんだけどねー」
そして、他の団員は皆、僕の方をじっと見てくる。
「私がもう一度、女になって仕掛けることを提案したのだがな――肉親では無理があるだろう、と却下された。だから――」
「――僕が、やるしかないんですね」
イケメンひしめく広間が静まり返る。
皆が、僕の返事を待っていた。
引き受けるのか、拒むのか。
期待と不安と心配の入り混じった視線に、僕は知らずのうちにゴクリと喉を鳴らした。
「ミサオ、もう一度言うけどさ。ボクは反対なんだよね。たしかに島の一大事なんだけど……女の子のファーストキスだもん」
キーロの声色は本気だった。
本気で、僕のことを案じてくれていることが、伝わって。
「――――一晩だけ、考えさせてください」
*
夜も更けてきた。考えは、まとまらない。
部屋のデスクとベッドとを、悶々としながら立ったり座ったり行き来していると、ノックの音がした。
「少し夜風にあたらないか」
気分転換にな、と、ヴィナンさんが優しく微笑む。
僕がこうして悩んでいるのはお見通しだったようだ。
「ミサオには、本当にすまないと思っている」
屋敷の中庭に出ると、ヴィナンさんは頭を下げた。
七色に輝く不思議な星空の下、柔らかい風が吹き抜けて彼の美しい銀髪をなびかせている。
「ひどい頼みだということは、わかっているつもりだ。乙女の純潔、このようなはかりごとで散らすなどと」
「いえ、そんな大げさな……そもそも、ズィミ島全体に関わることなのに、変に躊躇っちゃってごめんなさい。結論、出てるハズなんですけど、キーロにあんなことも言われちゃったし、その、ちょっと混乱しちゃったって言うか」
真剣に詫びてくるヴィナンさんの頭をどうにかして上げさせたくて、自分でも何言ってるんだか分からないまま言葉を繋ぐ。
そんな僕の両肩に、彼の暖かい手のひらが置かれた。
「大げさではないよ。大事なことだ。しかし、島の平和も同じ。とても天秤にかけられるものではないと思う」
ヴィナンさんの美しい瞳には、間抜けなくらい呆然としてる僕自身の顔が映っていて。
あー、女の子になっちゃったんだよな、僕。
なんて、今更ながら他人事みたく感心してる自分がいて。
目の前には、綺麗な綺麗な男の人が、いて。
「だから――――こうする」
唇が、重なった――――
「すまない。嫌だったか?」
言葉が出てこないから、ふるふると首を横に振る。
そうしたら、頭が芯から燃えてるみたいに、顔が熱くなってきて。
一気にやってきた目まいに、視界が白み。
――ああ、確かに。
――――これなら、効果はきっと、抜群、だよね――――
最後にそんなことを思って、僕は気を失った。
*
*
*
倒れたミサオを抱きかかえて屋敷に戻るヴィナン。
その背中を、茂みに隠れて見送る男たちがいる。
「先、越されちゃった」
「……団長なら、仕方あるまい」
「だな。悔しいけどな。団長だったら良いか」
キーロと、ティンと、レッドである。
彼らは互いに顔を見合わせてため息をつき――その夜、三人で呑みに行った。
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