28 裸の神様
「ヴューティ兄上。祠へお戻り下さい」
ヴィナンさんは丁寧な口調とは裏腹に、スキのない構えをとって超絶美形全裸男に対峙する。
「何人たりとも、神に指図はできぬ」
対する全裸もといヴューティは、両腕をぶらりと下げ悠然と佇む。隠す気はまったくないらしい。
「……ならば、相応に奉ってお引き取り願おう。供物は、私の拳だッ!」
突然の兄弟喧嘩が勃発した!
ヴィナンさんの
「ヴィナンさん、今日は鎧着てないじゃないですか!?」
今日のヴィナンさんは自分の身体に合わせて仕立てられたスーツに、美しい刺繍の入ったショールを身につけている。
およそ戦う為の格好じゃない、デート用の平服だった。
「問題ない!」
ヴィナンさんは言い切って、銀髪をなびかせハイキックを放つ。
シャープな円弧を描いた爪先が、兄ヴューティの側頭部へ迫る!
ぱん、と乾いた音が響く。
蹴りは、ヴューティに防がれた。
とんでもない力を出している筈なのに、相変わらず作り物みたいな顔を崩さない。
「く!」
蹴りを引っ込めたヴィナンさんの足元は、ズボンの裾が膝下から焼け焦げて無くなっていた。
下から覗くのは、いつも身につけているシングメイルの装甲だ。
「下だけ中に着込んでたんですね! 動きにくかったでしょ!」
「違和感なしだ!」
律儀に返事をしながら、ヴューティに手刀を見舞う。
フェンシングの突きみたいに速く鋭い突きは、全て払われ、逸らされる。
手刀の次は拳と蹴りのコンビネーション。
目まぐるしい拳戟を放ち続けるヴィナンさんと、その全てを受け止めいなすヴューティの動きは凄まじい。
まるで、寸止めを前提にした型を見ているかのようだ。
僕は、そんな二人の動きに見入――ることができないでいた。
もうね! ぜんぜん集中できない!
だって、チラッチラ、チラッチラしてんの!
ブランブランしたものが!
ほら今も!
ヴィナンさんさんが右に回し蹴りして、それを同じように回転防御して、ブルンって揺れてさぁ!
気になって気になって、もう! もう!
こんなんじゃダメだ。
手で目隠しして無駄な情報をカット……完全に見えなくなっちゃいけないから指の隙間を少し開けて……ダメだ! サマーソルトキック合わせとかやり始めた!
二人の動きがアクロバティック過ぎて
「ど、どうすればいいのォ!?」
「こうするのさ!」
頭上から声がしたと思ったら、フリフリ衣装と金髪ツインテールが目の前に現れた。
「キーロ、どうして……」
「話はあとでね! 団長、撤退を!」
いつになく慌てた様子のキーロが、スカートの中から取り出したボールを地面に叩きつける。
次の瞬間、辺り一面が激しい閃光に包まれた。
*
「皆、ついにこの日が来た――“美王の祠”の封印が解けた」
ヴィナン邸に集められた団員達がどよめく。
みな一様に緊迫した面持ちだ。不安そうですらある。
「封印? そういえば、最初にあの裸のお兄さんが“神の檻だ”って言ってたけど」
「ああ。あの場で話すつもりだったんだが、遅くなってしまった。ミサオはもう立派にヴィナン軍団の一員。だから、君にも伝えておかねばならない。この島の“神”と、我々軍団の関係を――」
そう言って、ヴィナンさんは順を追って話してくれた。
代々このズィミ島を治める
先代島主は、二人の男子を授かる。最初に生まれた子はヴューティ、後に生まれた子はヴィナンと名付けられた。
兄ヴューティは、グッドルッキング家稀代の大島主と目されていたらしい。
彼は、島主に代々伝わる
何より、自ら光を発するほどの美貌は、まさに島の信仰“
――だが、天才も、美形も、薄命であるのが世の常だ。
天才かつ美形のヴューティ=グッドルッキングは、成人を前にして心臓の病に倒れ、夭折した。
ヴィナンさんの父でもある先代島主は、息子の死を受け入れることができなかった。
半ば狂気に堕ちた島主は、葬儀が行われる前夜、ヴューティの亡骸を密かに運び出したのだ――島の“神”、永遠の美を生み出すとの伝承が残る、あの
そう。祠の御神体は、生命体を操作する
狂える父は、鼓動を止めたヴューティの心臓に天資を埋め込み。
はたして、ヴューティの美しき五体は再び動き出したのだ。
「だがその時にはもう、兄上は、もはや兄上では無くなっていた」
「――どういうことですか?」
「
「それはたしかにショッキングですけど、それで?」
「ヴューティは、その場で父を殺した。“美しくない”。理由はそれだけだった」
「美しく、なかったから?」
「そうだ。今の兄上は、完全なる審美装置。美ならざるものを排除する、それだけが行動原理だ」
そんなの、って。
そんなの、機械か、あるいは。
「――人の尺度が通じない、絶対的な存在。ヴューティは、この島の神そのものになってしまったとも言えるだろう」
あの時見た、ヴューティの
恐ろしくも美しい存在。
たしかに、神様と呼んでもおかしくない、かもしれない。
人にバチを当てる方の神さまだ。
「父を殺した後は、付き従っていた親衛隊を幾人か殺し、島主の館を目指した。奇妙なことに、その時まったく傷つけられず見逃された者も居た」
「……俺やレッドだ」
「俺たち、あの頃は親衛隊に入ったばかりだったんだよ」
ティンとレッドが沈痛な面持ちで教えてくれる。
ヴィナンさんは頷き、広間に集めた軍団員を見回して。
「――基準は、容姿だった。見た目が美しい者に対しては、ヴューティは積極的に攻撃しない。だから、私は親衛隊や島で戦える者達を一人一人選抜し、この
そんな理由があったんだ。
団員の顔面偏差値が高いのには理由があるとは思ってたけど。
たぶん誰か偉い人の趣味なんだろう、と思ってたけど。
まさか神の都合だったとは。
「みんな聞いてくれ。かつて、我々はヴューティをあの祠に封じ込めるしかなかった。だが、封印
イケメンたちからおおっ、と歓声が上がる。
続いて、策は何かと尋ねる声も。
ヴィナンさんは再び、腰に手を当て皆を見回し。
「君が頼りだ、ミサオ」
「え、何て?」
「兄上は、童貞だ」
「ど……?」
いきなり何言い出すの、この人。
「童貞……?」
「童貞……!」
「童貞だったのか……」
さっきまでとは違ったニュアンスでどよめき始める大広間。
訳わかんないだらけの中、とりあえず確かなのは、ヴューティさんってすごく気の毒な人なんだな、ってことだった。
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