27 美男団長
(1) 損傷した
(2) 外した装甲を日当たりの良い場所に並べておく。
(3) 時々裏返したり位置を変えながら、3日ほど天日に晒す。
――これがペラギクス大学長ミネル=カパック博士直伝の、
要するに日光に当てるだけなんだけど。
本当にヴィナンさんの鎧が元どおりに再生しちゃったので、これ以上考えるのはやめた。
「室内に保管していたのが良くなかったとはな」
「あとは僕がシングメイルをコントロールすれば万事解決、だそうです」
「よし。ひと思いにやってくれたまえ、ミサオ」
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僕が念じると、部屋の床に並べたシングメイルの装甲が淡い光を放ちながら浮き上がる。
そして、インナースーツだけを身にまとったヴィナンさんに次々と貼り付いて。
あっと言う間に、いつか川辺で出会った時と同じ白銀の
「ヴィナンさん、鎧、脱いでみてください」
「ああ」
返事をしたヴィナンさんの声は、お腹に響いてくるような心地の良い低音だ。
全身を覆ったシングメイルの面が外れ、ガシュン、というメカニカルな音と共に上半身のマッシブなシルエットを形成する鎧が解除される。
「――お――」
男。
目の前に現れたのは、褐色銀髪の美男子。
あの時出会った、すさまじく美しい青年。
ヴィナン=グッドルッキングが、ここに居る。
「ヴィナン、さん――」
「なんだい」
「ずるい!」
「……どうしたんだ、突然」
「だって、こんな簡単に男に戻るなんて! 僕、ヴィナンさんの鎧がどういう
「例の素早さを上げる状態になると、また女になってしまうということか」
「そう! でも装甲が再生すれば男に戻れるんですよ。ずるいずるいー! 僕は女のままなのにー!」
「ミサオは最初から女の子だろう?」
「僕も元々、男だったのーッ!」
ヴィナンさんは、一瞬「あ、そういえば」みたいな顔をしてから、天然に形の整った眉を少し下げ、困ったような笑みを浮かべた。
「すまなかった、ミサオ。男に戻れたことで少し舞い上がっていたようだ」
そう言って長い髪をかきあげるヴィナンさん。
鎧をはだけた上半身は、均整のとれた逞しさが露わになっている。
顔に持っていった手から肩にかけて、美術品のような筋肉のラインが描かれた。
ただ立っているだけのヴィナンさんを見ていると、何やら胸がドキドキしてくる。
「お詫びに、もう一度デートしないか? ミサオの故郷を見せてもらったことだし、今度は私が改めてズィミ島を案内しよう」
はい、おねがいします。
目の前の美青年は、自分とのデートが“お詫び”として成立することに何の疑いも持っていない。
だが、それが嫌味に感じないだけのモノを持っているのだから、僕は顔面を熱くしながらコクコクとうなずくしかないのだ。
*
明朝。
いつもより早起きした僕は、鏡台に向き合っている。
「お化粧、だいぶ上手くなったねぇ」
鏡に映るのは、慎重にルージュを引く僕自身の顔と、アドバイスをお願いしたキーロだ。
「今日はずいぶん気合い入ってるじゃない。もしかして、デート?」
「……うん」
「ありゃ、からかうつもりだったのに。えー、誰とさ?」
「えっとね、ヴィナンさん」
「――ふぅん」
いつもなら飄々と言葉を継ぐキーロが、突然黙り込む。
僕のメイクの手が止まったのに、先に気づいたのはそれでもキーロだった。
「ああ、ゴメンゴメン。ちょっと一瞬、何してんだろボク、とか思ってね」
「え、何て?」
「何でもないよぉ。ボクはヴィナン団長のことも、ミサオのことも大好きだってだけさ」
*
快晴の空に潮風がかおるズィミ島の街を、二人の男女が歩く。
ひとりは絶世の美男子。美形軍団をまとめる完璧に美しき男、ヴィナン=グッドルッキング。
ひとりは冴えない元・男子高校生で現在女の子。隣の超絶美形に少しでも釣り合おうと、必死に背伸びして服と化粧で乙女武装してきた天野操、つまり僕。
案内とは言っても、かれこれ数カ月この島で生活してる僕は、島民の皆さんとはすっかり顔なじみだ。
それでも、ヴィナンさんと一緒にいつも立ち寄るお店を見て回るのはとても楽しかった。
「いらっしゃい……おや、ヴィナン様! 戻って来られたんですか!」
いつか給仕の仕事を手伝った食堂の店主は、ヴィナンさんの姿を見るやカウンターからいそいそと出てきた。
「ああ。元気そうじゃないか、マスター」
「へへへ、そっちのミサオちゃんや、ご親戚のヴィナスさんのお陰様で。お二人が来てくれてこの“城下”に花が咲きましたよ!」
「フ……洒落たことを言うじゃないか」
席に着く僕たちに、フリフリメイド服を着用した店員の女の子が果実のジュース
運んでくれた。
「おごらせてください」
「ありがとう。厚意に甘えよう」
「いただきます、マスターさん」
運ばれてきたグラスは、この店でいちばん上等なものだ。
島の皆は、ヴィナンさんに敬意をはらう。
それは、彼がこのズィミ島の主――“
「ヴィナンさんはやっぱり凄いですよね。見てるだけでこっちの背筋も伸びるって言うか。自分も恥じないようにあろう、って思うと言うか」
「どうしたんだミサオ。褒めても何も出ないぞ?」
そうだ。
ヴィナン=グッドルッキングの美しい佇まいと、外見に相応しい誇り高い振る舞いは、見る者の心に直接触れてくるんだ。
「私は自分の道を往くだけだ。美と武の道を、この鎧と共にな」
グラスを傾けるヴィナンさんに、目が奪われる。
「美と、武の、道」
「前にも話したかな? 私の
「あ、はい。ズィミ島ではより強く美しい戦士に、より大きなシングメイルを与えるって」
「そうだ。私は、この島の歴史上二人目の“
ヴィナンさんが、目線を僕に向ける。
吸い込まれそうな美しい瞳が、僕だけを見て。
「単純な筋力とタフネスではレッドにかなわない。槍を使った戦いならティンの方が数段上。潜入技術にかけてはキーロの足下にも及ばん。だが――私がこの
*
夕暮れ時。
デートの終わりに、ヴィナンさんが案内してくれたのはズィミ島の中央にある“美王の祠”だった。
小高い丘のてっぺんに、一軒家より一回り小さい円錐形の構造物があり、その周囲を5メートルはある六角形の柱が八本ぐるりと囲んでいる。
いずれも白く濁った半透明。
この島の神が祀られているという
「きれい……」
「綺麗。そうだ、この祠は美しい。美しくなくてはいけない理由があるんだよ、ミサオ」
改まった様子で話すヴィナンさん。
夕暮れ時、神秘的な祠の前。
ロマンチックな雰囲気が空間に満ち満ちて、否応無しに期待が高まる。
ん、待って。期待って、なんだ?
ヴィナンさんが次の言葉を発するのを、ドキドキして待つ。
彼の唇が動く。
僕のドキドキが高まる。
「この祠はね――」
「――――神を閉じ込めた檻だ」
頭上から唐突に響いてきた声は、どことなくヴィナンさんに似た美声だった。
見上げる。祠の頂点に人影だ。
声の主を確かめるため、もっとよく見る。
……見てはいけないものが、見えた。
円錐の先端に腕組みして立つ人影は、見上げるだけでわかるほど美しく。
透明の長髪を風になびかせ、
――美形の男が立っていた。
――――全裸でそこに立っていた!
「ヴューティ――兄上!」
しかも身内だった!
「お兄さん!? な、なんで
美形で全裸の男は、作り物みたいな
「――――
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