境界都市にて

鏡花水月

プロローグ 人生に終止符を。









「まもなく、2番線を、快速列車が通過致します――――






 プラットホームにアナウンスが流れる。朝のラッシュのこの時間、ホームには会社や学校へ向かうだろう人々が、階段を登って一人、また一人とやって来る。いつもと何ら変わりない、日常的な光景だ。当然、そんな平凡で見慣れた光景を気に留める者などいない。・・・いや、今日に限っては一人だけいた。




「・・・・・。」




 毎朝聞き慣れたアナウンスの声を、ベンチに座りながらぼんやりと聞く青年。飲みかけの缶コーヒーを片手に、前を通り過ぎていく人々を眺めるその目は虚ろである。

 普段乗り遅れ寸前でホームに駆け込んで来るこの大学生・神部柊真は、今日だけは電車を待つ余裕がある程早く駅に来ていた。

 柊真は、ふと手をリュックサックに入れた。そして、指先である感触を確認して、何か心に決めたように口元を引き結ぶ。指先に触れた"それ"は、カサリと紙特有の音を鳴らしてみせた。







―――――危険ですから、黄色い線の内側へお下がりください。」






 更なるアナウンス。視線を右へ移せば、線路の向こうに電車が見えていた。それを見た柊真は、残っていたコーヒーを一気に飲み干し、空き缶をベンチの上に置いて勢い良く立ち上がった。そのまま黄色い線の手前まで真っ直ぐ向かっていく。この駅を通過する快速電車を待つ者などいるはずもなく、ただ一人唐突に前に出てきた柊真に、いくつかの視線が飛んできた。







 ・・・ォ ォ ォ ォ オ オ オ オ オ オ ッ !!






 頬を撫でる生暖かい風が、等速でこちらへ迫る電車の音を運んでくる。それを聞きながら目を細めれば、電車の先頭がホームの端に差し掛かっているのが見えた。ゴクリと唾を飲み、リュックの肩紐を握り締めて、引き結んでいた口を僅かに開く。







「・・・じ ゃ あ な ・・・・・。」








 その瞬間――――――









 プ ア ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ ン !!! キ キ イ ィ ィ ィ ィ ィ !!!









 柊真は足を踏み出し、糸を失くした操り人形のように前方へ倒れ込む。足の裏のコンクリートの感触が消えた。閉じた目の代わりに、耳が脳へと報せるのは、劈くような警笛とブレーキ音・・・。











「「「キ ャ ア ァ ァ ァ ァ ァ ッ !!!」」」











 そこからは、時の流れを酷くスローに感じた。







 ゆっくりと身体が倒れていく中で、辺りに多数の悲鳴が木霊するのを、どこか外から傍観するように至極冷静に聞いていた。






 で も 、こ れ で い い ん だ ・ ・ ・―――――







 そして――――――







 ド オ ォ ン!!!!









 衝 撃 。








 跳ね飛ばされる身体。世界が真っ逆さまに回る。








 どれ程の時間かは分からない。ただ、恐ろしくゆっくりと、その時間が永遠に感じられた。










 ガ ァ ァ ン !!!







 ホームのコンクリートに叩きつけられて"永遠"が終わる。骨や筋肉が酷く軋み、動かない身体に無数の悲鳴が降り注いだ。段々と遠くなっていく悲鳴、堕ちていく意識・・・。













 俺 は 今 日 、自 殺 を し た ――――――






                         to be continued...




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境界都市にて 鏡花水月 @luna-cradle

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