第9話
で舞台はその地下研究室へ。天井の低い、殺風景な箱みたいな部屋で、研究室と言うより、奥側の壁に鉄格子のはまった小窓のある扉が並んでいるせいで刑務所のよう。クライマックスの活劇シーンに備えて、無意味にだだっ広く、手前側には手術台のようなものがある。コンクリートの質感があまり出てなくて、ちょっと安っぽいセット。
右手の壁に扉の付いていない、四角いトンネルが開いていて、そこから懐中電灯を手にした三人が城田・二見・新内の順で入ってくる。
「おお」は城田、「へええ」が二見、「この島の地下にこんなものが残っていたとはね」と新内。
天井を見上げた城田、「天窓があるんですね」
「換気も兼ねてるんでしょう」
二人がそんな会話を交わすうちに、一人奥の扉に近づいた二見記者、鉄格子から中をのぞく。が暗いので、懐中電灯をかざして――。
「うわああ」
「どうしたんだ?」よろける二見を後ろから抱き留めた城田。
「あ、あ、あ、あの中に、中に――」
「中に?」
見当くらい付きそうなものなのに、無防備に中をのぞき込む城田と新内。二人とも弾かれたように後ずさって、
「なんということだ」
「せんせい。一体これは?」
「おそらく、これがあの真菌に冒された患者の末期症状なのだろう。すさまじいね」
「その通り」と声が掛かって――。
トンネルから、まず女性二人が転がるように。ふらつく由里子さんは妙子に支えられている。それから、彼女たちを銃口で小突くようにして鉄吉、続いて眠宮寺博士が登場する。
「ああっ! 由里子さん、妙子さん」
鉄吉に銃で突き飛ばされて、倒れ込んだ女性陣を城田と二見が助け起こす。
「何をしやがる」
「ようこそ。我が研究室へ。我が偉大な研究のために、その身を捧げてくれようという志願者が、新たにこんなにも集まってくれて、わしとしても大変嬉しい」
「なんだと!」と、つかみかかる勢いで、立ち上がろうとする城田の鼻先に鉄吉が銃口を突きつける。「くそっ」
「ふふふ」と博士もポケットからピストルを取り出す。この「ピストル」は「ベレッタ」で、あれ? さっきは「ワルサー」じゃなかっけ? というのは、ちょっとしたトリビア。
二丁の銃を突きつけられた一同は手術台の方に追いつめられ、博士たちは牢獄と左側の壁にもあったトンネルを背にする。
「僕らをどうする気だ」
「わしの話を聞いてなかったのかね。君らにはアマニタ・サピエンスの人体への感染実験のモルモットになって貰う。実験材料はたくさんあって困るというものではないからな」
「畜生!」
「そんなことをしてばれないとでも思っているのか。僕らはともかく、新内先生がいなくなれば、島の人たちだって騒ぎ出すぞ」
「ふん。バカな島民どもなどなんとでもなるわ。それより妙子、おまえは前に出ろ」
「ええ?」
「散々かわいがってやったというのに、このわしを裏切りよって。おまえにはこのわしの実験材料になる栄誉など与えてやらん。この場で犬のように撃ち殺してやる。前に出ろ」
「ダメだ」言われるままに前に出ようとした妙子を庇って、城田がその前に出る。「そんなことは僕が許さない」
「バカめ。それならおまえから先に撃ち殺すだけだ。どけっ!」
「嫌だっ!」
凶悪な笑みを浮かべ、ぐぐっと力を入れて、顔の近くで銃をかざす博士。それでも動こうとしない城田。「城田さん!」と由里子が叫び、まさしく銃口が火を吹かんとする、その刹那――。
「あっ」妙子が城田を背後から突き飛ばし、同時に銃声がガーン。胸を押さえて崩れ落ちる妙子。
「妙子さん!」
「ハハハハハハハハ」
博士が高笑いを漏らしたその時、牢獄の扉が吹き飛ぶように開き、そこからぶよぶよとした着ぐるみ怪獣たちが現れる。着ぐるみは人間大の空豆に短い手脚を生やしたようなシロモノで、体型だけ見るとゆるキャラに近い。それじゃあ困るから、表面にはケロイド状の処理を施されていて、なんとかグロテスクさを演出している。あとは触手で、繰演は大変だなといった感じで、何本も体中から伸ばしている。しつこいようだが、ピアノ線など探さないように。
怪物は手近にいた鉄吉に襲いかかり、彼は怪物の身体に半ば呑込まれてしまう。
「ひいいいいいっ! せ、先生、たっ助けてくだせぇ!」
「く、来るな! 来るな!」
怪物ごと近寄ってくる鉄吉を無慈悲に射殺する博士。
「うわあああああ」
その博士の腕を背後から捕まえたのは、左側のトンネルから現れた怪物。顔や手は他の怪物同様の表面処理に覆われているものの、衣類を身に纏っていて、まだ人間らしさが残っている。
「な、何をする? は、放せ! 放さんか」
「博士。あなたはもう終りだ」
怪物の声にハッとなった由里子さん、顔を上げて、「まさか、真一兄さん?」
「僕はもう、あなたの兄ではない」そうは言うものの、やはり真一である怪物、跪いて妙子の身体を抱き抱えている城田を見やって、
「遅れてすまない」
その言葉にも城田は顔を上げず、「しっかりするんだ」
「いいえ。わたしはもうダメ。わたしのような悪い女はこれでいいのです。……城田さん。お嬢さんと、お幸せ……に……」
「ああっ! 妙子さん……」
こんな感じで、主演は確かにあのコかも知れないが、一番美味しいのはわたしだぜ的なベテラン女優の渾身の演技が終わって――。
妙子の亡骸を静かに横たえた城田は、そのまま立ち上がって真一キノコに対峙する。
「彼らは既に視覚や聴覚を失ってしまっているので、僕がいないと動けないのだ。僕が間に合ってさえいれば、彼女は死なずにすんだ。残念だ」
「君は由里子さんの問いかけに兄ではないと答えた。君は本当に浅黄真一ではないのか」
「厳密に言うなら、僕の一部は今でも浅黄真一だ」
「それじゃあ――」と前に出ようとする由里子を制して、真一キノコは続ける。
「ただ、それだけではない」と着ぐるみたちに腕を伸ばして、「僕ら5人はアマニタ・サピエンスの力を借りて、新しい生命体となった」
「それはつまり」と新内医師。「君たちはキノコがもたらす一種のテレパシーのようなもので、結びつけられて、一個の生命体として、新しい生を生きている。そう解釈していいのかね」
「そうだ。あなたの解釈は正しい」
「兄さん……」
「それで、君……いや、君たちは、これからどうするつもりなのだ」
「僕らはここを、この身体ごと焼き払ってしまうつもりだ」
「何だって?」「兄さん!」「本気かね?」「ええっ?」
「落ち着きたまえ」と真一キノコ。
「君らは僕たちを外へ連れ出すつもりだろう? しかし、そんなことになったらどうなると思う。外の人たちは僕らの姿形を見ただけで、驚き怯え、僕たちを滅ぼそうとするだろう」
「それは……」
「人類は未だ、共食いのようなバカげた戦争を克服することさえ出来ない、愚かな生き物だ。アマニタ・サピエンスはそうした争いを克服し、人類をより上の段階へ連れて行けるかも知れない。けれど、今はまだ早すぎる。僕らの存在が明らかになれば、それは大きな争いの素となり、多くの不幸を生み出すだけだろう」
「しかし」
「僕らは滅びようとしているわけではないんだ。アマニタ・サピエンスの菌糸はこの島の地下で、巨大なネットワークを形成している。それは既に数万年を生きた一個の生命なのだ。そこには無数の生き物の記憶と生が眠っている。僕らは死ぬのではない。身体を捨てて、その一部になりに行くのだ。僕らの記憶と人格は、そうした形で、これから先数十万年を生きるだろう」
「……」
「君たちが人としての生に疲れたり、どうしても僕らに会いたくなったら、そのときはこの島へ来て、僕らの仲間になってくれ。君たちなら大歓迎だ。僕らは何時までも待っている」
「しかし、博士はどうするつもりなのだ?」
「この男だけは許せない。彼にだけは滅びてもらう」
その一言で、今まで大人しくしていた博士が暴れ出す。
「た、助けて。助けてくれ! わしが悪かった。頼む。助けてくれ。き、君、城田くん。わ、わしをみ、見捨てないでくれ!」
「浅黄! 君たちも聞いてくれ」と前に出る城田。
その時、城田の叫びのために、キノコ人たちに隙が出来たのだろうか、身をもぎ離すことに成功した博士。一同に銃口を向けると、
「ハハハ。バカめ。わしは天才だ。おまえら如きに、このわしが裁けるものか!」
「博士」真一キノコが語りかける。「かって僕らは皆、あなたのことを尊敬していた。あなたの研究者としての誇りが残っているのなら、僕らとともに来るか、研究を封印するか――」
「やかましい!」博士、最後の銃弾を真一キノコに打ち込む。むろん、キノコは平気。
「このキノコ風情、化け物風情が、天才のわしに指図をする気か。貴様らなど、実験動物に過ぎん! 身の程を思い知れ!」
「……」
「ハハハ」
無言で見据える真一キノコにピストルを投げつけた博士、高笑いを残すと身を翻して、左のトンネルへ駆け込む。
「ちっきしょう。館の方へ逃げる気ですぜ」
その時、ゴーッという音とギャーッという悲鳴が聞こえる。
「あ?」
「急ぎたまえ」と真一キノコ。「自爆装置は既に起動してあるのだ。館の方はもう火の海だろう」
で、もがく博士と燃えさかる炎を合成した画が差し込まれる。最後は白衣を着た人形が火だるまに。そう思って見れば、博士に見えないことはない。
「た、助けてくれ! 助けてくれ! 助けてくれえ」
「ここも後数分で火の海になる」元の地下室に帰って真一キノコ。
「何だって?」
「兄さん」
由里子に向き直った真一キノコ、一瞬兄に戻って、「由里子。城田と幸せになれ」
トンネルが火と煙を吐き始める。
「た、た、大変だあ!」
「いかん。もうダメだ。逃げましょう」
新内に肩を掴まれた城田、それでも真一に向かって一歩を踏み出しかけるが、目を閉じて、顔を逸らし、妙子の亡骸を担ぎ上げる。もちろん、トンネルに入るときは由里子と揃って、もう一度振り返ることを忘れない。
崖みたいなところで、内側から出火して、焼け落ちていく館と、トンネルの出口から煙が出ているのを眺めている一同のカット。
「折角の君のスクープも台無しだね。それとも、あえて発表するかね?」
新内の問いかけにへへっと笑った二見記者。鼻を擦ってから、
「こんな話、実物がなきゃ誰も信用してくれませんよ。それに、今度の顛末はキノコ人間抜きでも大スクープだ。あたしはちゃんと社長賞を取るつもりですよ」
一方、大樹の根元に妙子の亡骸を横たえた城田の背に由里子は声を掛ける。
「城田さん……」
「浅黄の言っていたことは本当なんだろうか?」
そう言って城田はトンネルからの黒煙に目を向ける。
「彼らは世界と人類のために、自分を犠牲にしたのかも知れない」
「……」
城田に寄り添う由里子。けれど、答えたのは新内医師。
「そうかも知れませんね。彼も言っていたように、彼らはもしかしたら、エゴイスティックな我々人類より、ずっと優れた、新しい生命体だったのかも知れない」
この言葉を切っ掛けにカメラは燃え落ちる館にパンし、いきなりという感じで――。
「終」の文字が浮かび――。
じゃあああーん。で、フェードアウト。
本編が終わってから延々とクレジットタイトルを垂れ流したりしない、潔さが昔の流儀。
と言うわけで、このお話も、ここまで。
最後までお読みいただき、感謝感激雨あられ。
映画「悪女とキノコ人間」 南枯添一 @Minagare_Zoichi4749
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