第8話

 妙子の部屋のドアがバンと内側から突き開けられ、頭を押さえた鉄吉がよろけながら出てくる。

「ちくしょう。あのアマ……」

 廊下をヨタヨタと進む鉄吉はその時、鍵束を床に落としたことに気付かずに行ってしまう。と手前の扉の下にある隙間から、白っぽい触手がズルズルと這い出してくる。多少空気圧も使ってるかも知れないが、基本吊り繰演らしい動きで触手が伸びていく……そこ、ピアノ線とか探さないように。触手が鍵束に絡みついたところで、フェードアウト。


 診療所にフェードインして。妙子が、

「館の地下室から長い地下道が延びていて、コンクリートで固められた防空壕のような、病院のようなところにつながっているんです」

「昔の軍の研究施設ですね」と新内医師。「地上部分は撤去されたんですが、地下はそのままなんでしょう」

「学生さんたちの症状が進行して、まともに会話が出来なくなると、そっちへ連れて行って、独房みたいな部屋に閉じ込めてしまうんです」

「なんてひどいことを」

「でも、これで眠宮寺も年貢の納め時って奴ですよ。彼女の証言があれば、警察だって動いてくれるし、そうなりゃあ、証拠はゴロゴロ出てくる」

「待って」ふと何かに気付いたらしい妙子嬢、眉根をひそめて、「今思い出しました。その地下室には爆薬が仕掛けてあるかも知れません」

「なんですって?」

「一度、鉄吉が隠れて煙草を吸って、こっぴどく叱られたことがあるんです。博士が、万が一の時は何もかも、跡形も消し飛ばせる仕掛がここにはあるんだって」

「そりゃあ、まずい」と新内医師がパイプを口から外して、「博士が彼女の裏切りに気付くのは時間の問題だし、もしその仕掛を動かされたら何もかもが終りだ」

「うん」城田は決意も露わに、「せんせい、その施設に地上うえから行けませんか」

「そうですね。確か、施設跡の廃墟に地下に通じるトンネルが残されていた。うん。いけるでしょう」

「閉じ込められている学生たちだけでも救い出さないと」

「よしきた。こうなりゃ、善は急げだ。城田さん、あたしも行きますぜ。せんせい、案内をお願いします」

「分りました」

 二人にうなずいて見せた城田は妙子を振り向いて、

「妙子さんはここで、彼女に付き添っていてあげて下さい」

「分りましたわ。でも、城田さん」

「え?」

「無事にお帰りになって下さいね。あなたに何かがあると、お嬢さんが悲しみますわ」

 妙子のどこか切ない笑顔がフェードアウトして。


「あら」と部屋に入ってきた妙子嬢。「まだ立っちゃダメよ」

「いいえ。わたしはもう大丈夫です」

 視線の先には、床を離れ、衣類の乱れを直している由里子さん。青ざめた顔で無理に微笑んで見せて、

「地下の研究室というのはどこにあるんです? わたしも行きたいんです」

「そんな無茶を言って。足手まといになるだけ――」

 不意に言葉を切った妙子嬢、驚いたように振り向くと、そちらからヌッとばかりに鉄吉、続いて博士が現れる。鉄吉は猟銃を構え、博士も「ピストル」を手にしている。

「ああっ」と女性二人。

「奴らはそんなところに向かっていたのか。却って好都合だ」

「そんなものまで待ちだして、どうするつもりなんです?」

「ふん」と尊大に博士。「そちらのお嬢さんの望み通りにしてやろうというのだ。わしの地下研究室を見せてやるぞ」

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