第7話
診療所内部にフェードイン。
コーヒーカップを手にした3人の男たち、「やはり、駐在にも相談してみるべきだと思うんですけどねぇ」、「さてそれはどうだろうか」などと、適当な作戦会議を続けている。物音がして由里子が姿を見せる。
「やあ。由里子さん。どこへ行っていたんです?」
「……散歩です」
相変わらず眼差しに生気がない由里子さんは、書かれたものを読んでいるような口調でそう答え、少し訝しく思ったらしい城田青年は重ねて、
「やけに長かったですね」
「……」
「ああ。コーヒーがありますよ」と新内医師。「台所にポットがありますから、勝手にやってください」
「……はい」
去って行く彼女を見送った城田。「どうかしたのかな、彼女」
「さあ。お兄さんのことが心配で、落ち着かないんじゃないですかね」
「うーん」
場面変わって、台所。男所帯とは思えないほど片付いた台所に入り込んだ由里子さんは当然、十徳の上のポットなんかには目もくれない。しばらく見回した彼女が、手を伸ばしたのは包丁立て。
三本並んだうちの刺身包丁を手に取ると、由里子さんは居間の方をうかがう。また作戦会議に熱中し始めたらしい男たち。一番手前に城田がいる。
ここでカメラは由里子さんの目線に。こちらに横顔を見せている城田にカメラはふらつきながら、近づいて行く。城田の像が大きくなるとともに、画に被さる彼女の呼吸音も、大きく荒くなっていく。
ふと城田がカメラを振り向く。「由里子さん?」
「あっ!」
二見記者が飛び上がって、由里子の手の刺身包丁を指差す。
「どうしたんだ? 由里子さん!」
「わたしはキノコです」
呟くように叫ぶように由里子は言う。虚ろな眼差しは変わらないが、呼吸は乱れ、頬は上気して、うっすらと汗をかいている。口は半開き、小鼻もいきんだように膨らんでいる。それら全てがひどくなまめかしい。
「わたしはキノコになってしまいました。キノコはキノコの王に従う、絶対に」
「君は何を言ってるんだ?」
「キノコの王は言った。城田さんを殺せと。だから、わたしはあなたを殺す。殺さなければならない」
「由里子さん! 正気に返るんだ。君はキノコなんかじゃない!」
「いいえ。わたしはキノコです。なってしまったんです。だから、わたしは……あなたを……あなたを……」
そのとき、こっそり背後に回った新内が彼女の腕を押さえる。同時に城田が飛びかかって、包丁を取り上げる。
「あ、ああ……」脱力する由里子。
「しっかりするんだ! 由里子さん」
「ああ、城田さん。わたし、キノコに……」
ガクッと首を仰け反らした由里子が、そのまま気を失ったところでフェードアウト。
場面は一転して館の内部。廊下に椅子を置いて、仏頂面で腰掛けた鉄吉に部屋の中から声が掛かる。
「鉄吉。鉄吉ってば」
「鉄吉、鉄吉ってうるせえぞ。先生に部屋で大人しくしてるように言われたのを忘れたのか。いい加減にしねぇと、おまえもキノコにしちまうぞ」
「分ってるわよ、鉄吉。でもね、この暑いのにこんな部屋に閉じ込められてるのよ。着替えくらいさせてくれてもいいでしょう」
「ああ?」
不思議そうに鉄吉が中をのぞくと、妙子が下着姿で背中を見せている。彼女は背中を指差すと、
「ここンとこ、なんか引っかかってて外れないのよ。ちょっと手伝ってちょうだい」
瞬きをした鉄吉、素早く廊下の左右をうかがい、ニタリと好色そうな笑みを浮かべると、
「しょうがねえな」
そう言い残して、鉄吉が部屋に消える。しばらく物音とささやき声が続いて。
ゴン! 続いて、ドサッ。
またしばらくしてから、妙子が顔だけを廊下に突き出して、辺りをうかがう。
画面中央、妙子の顔に向かってアイリス・アウト。続いて、妙子の顔からアイリス・イン。
フラスコや試験管、メスシリンダーが立ち並ぶ、よく分ンないけど、取りあえずなんかの研究室ッぽいでしょ的な部屋で、彼女は薬品戸棚をかき回している。
「あった」
妙子嬢が小さな薬瓶を手にしたところでカットアウト。
続いて、由里子の目線なのか、苦しげな城田の表情を見上げるカット。彼の後ろには二見の姿が見える。
「せんせい。治療法はないんですかね?」
「うん。全く未知の病原体だからね。取りあえずは抗真菌剤で試してみるしかないだろうが、ここには使えそうな薬剤を置いていないんだ。薬剤を発注するか。それとも、彼女を本土の病院に運んだ方がいいのか。そうするなら、いろんなことをそちらの医師にも説明しなければならないが、果たして解ってもらえるだろうか」
「せんせい」と城田は顔を上げ、「僕は眠宮寺博士に会いに行くつもりです」
「博士に?」
「そりゃまた、どうして?」
「昨日も話しましたが、この菌に冒されて回復した例があるのです。つまり博士は治療法を知っているのです」
「なるほど。しかしだね、もとから彼女にこの菌を感染させたのが彼だ。治療してくれと言って、簡単に応じてくれるとは思えないが」
「ええ。分っています。けれど、博士を説得する以外、彼女を救う手立てはありません」
「いいえ。ここにありますわ」
慌てて皆が振り向いた先にいたのは、言うまでもなく妙子嬢。先ほどの瓶を手にしている。
「あなたは」
「これがそのキノコ病の治療薬です。使い方はここにメモしておきました。せんせい、お渡ししますわ」
「これはどうも。この薬品は博士の下から、あなたが持ち出されたのですか?」
「ええ。そうです」
「しかし、あなたがどうして?」と城田。
思わせぶりに視線を逸らし、ふと微笑んで見せた妙子嬢、「わたしは博士の秘書なんかじゃありません。そのことは疾うにお察しでしょうけど。わたしは悪い女ですわ。人に言えないこともいっぱいしてきた。学生さんたちのことではずっと、あの博士に協力をしてきました。けれど、そんなわたしでも限度というものはあるんです。さすがに付いていけなくなったんですよ」
立ち上がった城田。彼女の手を握って、「お礼を言わせて下さい」
妙子嬢がどこか寂しげな笑みを浮かべて、カットアウト。
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