ほうかごはからふるに

 今日も変わらず、オレンジに包まれた見慣れた廊下、窓から見える高校生は部活動で生き生きとする。


 部活動のかけ声に、吹奏楽部の音色が混じりそれらを中和するように響く本のページをめくる一定の音。これぞ、青春の音色とでも言えるのではないだろうか。

 耳を傾け身を委ねながら涼しげな夕方の秋風に癒される放課後。

 その放課後は、今日も5時のチャイムで強制終了される。


「さぁ、閉館の時間だ。帰ろうか、立夏。」


 今日も変わらず立夏のとなりには赤間優太。


「んっ……もう5時か!はやいですね、放課後の図書室での時間は」


 白崎立夏は、奏汰とのことで悩んでいた。あれ以来気まずい関係のままで一言も交わしていない。

 そもそも、姿を見ていない。いや、視界に入れないようにしているだけだろう、お互いに。


 いつものなにも変わらず、読んでいた本を棚に戻し図書室を後にする。


 ところをした。


 一気に勢いよく腕を後ろにひかれた。


「わぁっ!?」


 立夏は体制を崩す。

 それを、ふわりと優しい腕で受け止める優太。


「おっと。」


 自然に2人は密着する形となる。

 目が合った。ひとつおいて、立夏は顔を火照らせる。

 お姫様抱っこの前の段階くらいの体制で、顔が近い。優太のあたたかい吐息が立夏の熱くなった顔にかかる。


「あ……。」


 無音の図書室。

 時計の針だけが鳴り響く図書室。

 夕陽のオレンジだけが注ぐ図書室。

 いつもとなんら変わらない、嗅ぎなれた本のにおい。

 いつもとなんら変わらない、見慣れた天井。

 その、【いつもとなんら変わらない図書室】で起きた、鼓動を速く激しくさせる出来事に、立夏はなんの感情も抱かないわけにはいかなかった。

 立夏の頭には一気に血が登る。沸騰でもするんじゃないか、というくらい。


「……キス…。」


「ふぇっ!?」


 立夏の頭には、よくみる少女漫画のワンシーン。男子生徒と女子生徒が放課後の教室で誰にも邪魔されず、互いの火照ったやわらかな唇が重なり密着しあう様子。


「さっごい大きな蜘蛛がそこにいた気がしたから。」


「あ……あぁ!あぁあぁ!な、なるほどですね!はいはい!は、ははは~……!」


 いままであんなこと考えていた自分がすごく恥ずかしく思えた。

 むしろそれでさらにもう一段階顔を赤くする。

 身体は火照った汗と冷や汗、緊張の汗で、もうどうなっているのだか。


「……どうしてそんなに赤面しているの?……キス、されるかと思った?」


 図星をつかれる。目を泳がせる。

 い、いやぁ……なんて隠せもしない表情を隠しながら顔を背ける。

 背けた頬に熱い吐息がかかるのがすぐにわかった。


「へぇ……。キス、してほしいの?」


 思わず顔を戻した。否定するとかしないとか、言い訳を考える暇もなく、ただただ身体が勝手に反応した。

 その瞬間、優太と立夏の鼻先の距離は1cm以下だった。触れるか触れないか、そんなギリギリのライン。


「っ……!」


 立夏は思わず目を瞑り息を止める。

 の、瞬間に唇に刺激を覚えた。

 においに覚えがある、安心するにおい。

 ちょっと柔らかい、でもちょっとかたい、人肌のあたたかいもの。


「ふふ、かわいい。大切な人に、そんな簡単に手をつけるわけないでしょう?」


 優太の人差し指は、立夏の唇を悪戯に押さえていた。

 何事も無かったかのように、優太は立夏を離す。

 立夏の頭はまだ追いつかない。

 すぐそこにあった吐息、ふわふわとしたあたたかくて安心するにおいは、図書室のにおいではなく優太のにおい。至近距離で、触れるか触れないかだった鼻先は熱く。

 いつも本をめくっている人差し指に触れられた唇は、自分でもわかるくらいに熱を帯びていた。


「さ、帰るよ。下校時刻に生徒が残っていたら、先生方に迷惑だからね。」


 扉を開け振り返り、手招きしながら笑う優太。その顔は、オレンジの光に照らされ陰影が激しく、いつもと違った表情に見えた。


「はい……。」


 いつもより気の抜けた返事をし、無造作にカバンを掴み図書室をあとにする。


 先輩のとなりで歩くと、他愛もない会話をしながら先輩は手馴れた様子で手を繋いできた。

 さきほどまで私の唇に触れていた人差し指も、私の手の甲に触れる。


 魔法でこうなったことなんてもう忘れつつ、幸せに浸りながら帰り道を楽しむ。


 曲がり角を曲がった。

 すると、前方に人がいたのを知らずに肩がぶつかってしまった。


「あっ、すいま……」


「あっ、わり……」


 それは、奏汰だった。

 お互いに目が合い、すぐに逸らす。

 互いに足を止め、互いに相手の発言を待つかのように。


 オレンジ色の夕暮れ空には、遠くに夜の青さが見えた。

 これから青が包み込むぞ、夜が来るぞとでもいうように、風が廊下の3人を吹いた。

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