第13話 リルさんの店に到着

 ジャンピング土下座をするチンピラを見て、呆然としていた時は知らなかったのだが、首都ソーン一番の歓楽街ソドにおいては、リルさんに迷惑をかけるということは、死よりも過酷な運命が待っているとして最上級の禁忌として扱われているとのことであった。


 ——なのであのチンピラの、土下座までしての慌てようなのであった。


 何でも、前に、リルさんの店に客を奪われ経営が危ういと、近くのアマゾネスのエッチな店がその筋のものに頼んで嫌がらせをしてきたことがあったそうだ。まずは店に乗り込んで恫喝。それでも、リルさんがまるでビビらなければ、この商売を続けたければソドの街から出ていけと直接間接に嫌がらせ 。

 店の前で悪評を喚き散らす。店のサキュバス嬢の帰りに拉致まがい。無言電話。身に覚えがない、ピザや寿司の大量デリバリー。再度乗り込んでの恫喝。

 これを、やめてほしければリルさんの店もその連中に金を払えばとりなしてやらないでもないようなことを言い出して……


「あなたたち、 この現実では強気に出ればなんでもできると思っているのだと思うけど……」


 リルさんは、店先に並んだガラの悪い男たちに向かって舌なめずりをしながら言ったのであった。


「心の中まで、自分を守れるのかしら」


 決断してからのリルさんの行動は早かった。その日、リルさんの店から帰った男たちは、夜、どこか不安になりながらも、いつものように大酒を飲んで女たちと遊んで眠ったあと——地獄を見ることになる。

 夢の中、それは現れた。

 心中までゲスな男たちが、思い思いの暴力的な淫夢にふけるうち、なんでも思いどおりとなるはずの彼らの夢の中に異変が起きた。彼らの下で弱々しく泣きじゃくっていたはずの女が突然口を三日月のように大きく開きながら笑い——股間に激痛が走った。

 男のものは、女の下の口に生えた牙によりかじり取られていた。


 ——いや夢だ。


 男たちの中には、自分たちが今眠りの中にいることをすぐさま思い出し、その痛みから、目を覚ますことによって逃げようと思う者もいた。

 しかし……

 男はその痛みから逃れらることはなかった。

 先程まで弱々しい少女であったはずのベッドの中の女は、妖艶な夢魔サキュバスへと変わっていた。

 男は、まるで火に飛び込む夜の蛾ででもあるかのように、死の誘惑から逃れることができない。

 激痛の中、しかし性欲にかられて男は女に飛びかかる。

 女は、薄笑いを浮かべながら、男の腹に手を差し込み、そのまま宙へ持ち上げる。

 その瞬間、男の顔は苦痛に、そしてそれを超える信じられないほどの愉悦に歪む。

 ハートを直に掴まれて、握りつぶされる。

 それは心の中の、彼の快感そのものを、直に触れられて破壊されたかのようだった。

 男は、悲鳴を上げながらも、それをもう一度懇願する。

 もう一度、その絶叫を叫ばせて欲しいと望むのだった。

 ならば、慈悲深き夢魔は男の望みにこたえる。

 男は、男たちは、何度となく精神を握りつぶされて、何度となく叫んだ。その度に精を差し出して、命を削り取られ……

 朝には、大量の、ヤクザ者たちが廃人となっておのおのおののベットに横たわることになるのだった。

 この後、リルさんの店への嫌がらせはぴたりとやむことになる。

 面子を潰されたこの組織は、その夜の夢で被害に合わなかった下っ端どもを中心に、それなら昼に襲撃して落とし前をという復讐も企んだらしいが、関連する組織の隠居たちから慌てて止められることとなる。

 若いものたちは知らないんだな——と。

 かつてリル姉さんに逆らって、壊滅させられた組織が一つや二つではきかないことを。

 夜にではなく昼に襲いかかれば良いというものではない。

 かつて、数十人が目を覚ましたまま、リルさんの夢幻に囚われて、生涯忘れることのできない恐怖を心に刻まれた光景を目撃した老人は語ったという。

 それ以来、この街ソドで、リルさんは、地域を仕切る荒くれ者たちにもアンタッチャブルな人物として語り継がれて、忘れられた頃におイタをした者は、自らのうかつさを呪うことになってしまう……というのが繰り返されているようだ。


 って、リルさん、いったい何歳?


   *


 ……と、まあ、女性の歳を勘ぐるという虎の尾を踏むような行為は置いといて(リルさん怒らせて悪夢を見させられるのは嫌だからね)、話は戻ってリルさんの店。裏口から入って、リルさんの事務室に入った俺とキャンディの前には少し前まで、店長自らが接客していたそうで、半裸で興奮覚めやらずといった感じで体を紅潮させている、やけに艶っぽい夢魔サキュパスがいた。


「ついに完成したんですね!」


 まあもっと興奮している女が俺の横にもいるが。

「完成したって言っても試作品プロトタイプだけどね」

「それでもすごいです。早速動かしてみましょう!」

 前のめりというか、もうリルさんの顔にふれんばかりに近づくキャンディであった。

「まあ、それはすぐにでも……だけど……その格好のままなの?」

「え?」


 ——プシュー!


 兜を脱いで大変な目にあったからと、暗黒卿にしか見えない格好に戻って歌舞伎町……じゃなかった、ソドの街を歩いていたキャンディは、そのままの格好でリルさんの店に入ったのだが……

 裏口からでなければつまみ出されても文句をいえないような残念女の姿であった。


「すみません……」


 慌ててコスチュームを脱ぎ始めるキャンディであるが、


「えっ……!」


 絶句する俺。


「ほう、中々……じゃやね」


「へ?」


 部屋の中に入って暑かったのか、兜だけでなくマントだかローブだかわからないような怪しげな衣装も脱いだのだが、汗でひっついていたのか、その下にひっついていたのかワンピースも一緒に脱いでしまい、


「ひゃあああああ! 見ないでください! 見ないで!」


 下着姿のキャンディが目の前にいるのだった。



   *


 ところで、その金曜の夜。仮想魔導回路の世界を一変させるような歴史的瞬間が歓楽街の一角で起きていたのと同じその瞬間、だいぶ種類は違うのだが、それが振りかかかった当人たちにとっては世界が変わるよりも重要な……というか深刻な大事件が起きていたのだった。


「……どうしても納得いただけないでしょうか」

「……」


 場所は「俺」氏とキャンディたちがいるソドの街からは少し離れた、転生前の世界で言えば赤坂に当たる——この世界での名前はルベル——でのことであったという。彼らの会社と長年の取引のあるタケミカヅチ商事の中でも、我が工房こっちよりの役員が、この日の会食の最後の料理が運ばれた瞬間の会話であった。

 だまり込んでしまった相手に、上等の米酒サケをついで、


「こちらの、方はいかがですかな」


 工房の偉い人は、行き詰った話をごまかすように言う。


「……おおこれは」

「どうですかな? 10%まで精米した超大吟醸を10年寝かした一品です」


 タケミカヅチ商事の偉い人が酒の説明をする。

 お互い呑助の役員同士は、ひとまず喫緊の話題を忘れ、酒の味の話をしばし……

 あわせて、酒のアテの料理も慌てて追加。

 場の雰囲気は一気に良くなって、ほっと胸をなでおろす工房の偉い人、

 しかし、事態は別に良くなっていないのだ。悪くなるをを防いだだけ。

 核心には入れないままである。

 お願いしたいのは、今、大炎上のプロジェクトとなっているタケミカヅチ商事在の庫管理システムの件である。

 無理筋のプロジェクトを、金の魅力にまけて請けおってしまうというのは、我らの世界のITでも良くある話であるが、この魔法の世界でも、もちろん、同じように度々見受けられることである。

 で、我らの世界と同じように、こういうのって悲惨な結末をむかえるんだよね、

 魔法の世界だからって、魔法のように・・・・・・すべてがあっさりと解決するわけじゃない。結局、情報技術ITなことに違いはない。科学を基礎に作られたITなのか、魔法を基礎に作られたITなのかだけだ。起きることは、良いことも、悪いことも同じ。無謀なプロジェクトには、相応の結末が待っているのも同じ。できもしないプロジェクトを過分にも請け負ってしまったエンジニアがたどる運命は同じであった。

 ただ、こういうのって、どこまでが野心的なチャレンジで、どこからが無謀な自殺行為あなのかの線引が非常に難しい。

 結局、結果論でしか成否が判明しないことも多いのだ。少々危なそうに見えても大きな利益が見込める案件ならばチャレンジしないと、臆病と言われるのに、チャレンジした結果、大失敗したら馬鹿者と言われる。

 ある経済雑誌が大企業が経営者たちがやった重要な判断の成功率を調査したことがあったというが、それはちょうど50%——つまり偶然と何ら変わらないものであったということだった。

 まあ、世の中の大抵の仕事は、そんな重要な判断の元にやっているというよりは、過去の成功をずっとなぞっていて、そこそこに利益もとれてるので特に大きな変革も必要とされていないものか、過去に失敗をした仕事の後始末か……

 ともかくチャレンジというよりは日々のルーティン——お勤めとなっているものが多い。自分の会社の、自分の将来の命運がかかっている仕事をしているなんてことは、経営者層ででもなければ、そうそうあるものでもないのだ。しかし、運良くなのか悪くなのか——そんな仕事に関わることになってしまう人も中にはいる。そして、成功して大きな評価を受けたり、失敗して酷く貶められたりするわけだが……

 正直、そんなプロジェクトに入ることをを好んで選ぶ人は少ないのではないかと思う。結局、多くの人は、安穏に気楽に過ごしたいのである。

 あえて、大変なことに首を突っ込んだりしたくないものなのだ。

 少なくとも、もしかして出世につながるようなし成果が得られるかもと言われても、自ら進んでブラックになってしまう可能性が大きな仕事に行きたがる人は少ない。

 でも——そういう意味では、今問題となっている、このプロジェクトはそう・・は見えなかったのだ。

 もう十年も安定して工房が納入し続けていた在庫管理用魔導回路システム。その定期的な更改であり、安定した稼動は求められるものの、逆にそれゆえに、冒険なしの手堅いシステム構築が求められる案件なのであった。

 プロジェクトには普通に人が集められて、普通にルーティンを回せば、普通に仮想魔導回路の納入となる——とみんな思っていたのだった。

 ただし、そこに油断があった。実は、一見なんのへんてつもないような、今回のタケミカヅチのシステム変更要求には、今の工房の仮想魔道士エンジニアが総出でやっても危ないくらい工程が隠されていたのだが……

 そんな事態が分かったのは、プロジェクトもだいぶ後になってからであったのだった。

 だから、


「……最後に、今一度、今回のご依頼の件を考え直してもらうことはできませんか」


 工房の偉い人の最後のお願いも、


「…………そのお話は、酔っていない時にしっかりとお返事を」


 ていよくはぐらかされる。


 つまり、もはや、時すでに遅しであるのだった。

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 転生しても、俺は……またSE? 時野マモ @plus8

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