第12話 ソドの街に再び
金曜の夜の繁華街。獲物を狙う蛇のような目をした半裸の女たちが路上を見つめる。その間を欲望に顔を弛緩させた男たちが歩き回っている。
この街の名前はソド。転生前の世界で言えば日本の新宿、歌舞伎町に当たる場所だ。場所が同じならば、その街の性質も不思議と似てくるのは、この世界に来てから、たびたび経験していることであるが……
この歌舞伎町……でなくソド。安全で清潔。き真面目で良く秩序を守る、そんな評判のこの世界での日本——ソーンのイメージとはだいぶ違う場所であった。
——ここでは秩序などくそ食らえ。
猥雑な混沌が街を満たしている。
それでも表通りは明るく、そんな危険もないが……一歩裏通りに入ったならば魑魅魍魎の跋扈する魔都なのだ。
おのぼりさんが興味本位に少し闇の深い方に紛れ込んでしまったら、飲み屋でぼったくられて有り金巻き上げられたりするくらいは可愛いもの、そのまま二度と戻れる底なし沼に沈んでしまう者も多数。
ましてや今日は、週末をむかえ、気のゆるんだカモたちが多数集まる夜である。ならば、欲望の狩人たちも通りに群をなし……
「お兄さん! どうですかエルフキャバクラ! いい娘いるよ!」
「いやちょっと、今日は行くとこ決まってるので……」
「いやいや、そんな殺生なこといわないでよ。ウチの店の方が絶対良いって。保証するから」
「いや……」
「ねえ、そっちのお兄さん……? ……も?」
「プシュー!」
俺と一緒にあるいていた、まるでダー○ベ○ダーのような鉄仮面の人物が、そのものの返事をする。
「……ちょっと。ウチの店には難易度高いかもな……こういう趣味の人」
いや、俺はこういうのの仲間じゃないから。一緒にしてほしくないから。
「……プシュー」
「——呼び止めてしまってごめんな。じゃあ、君たち(チラッ)楽しい夜をすごしなよ……」
キャッチのお兄さんは、どん引きした表情になったまま俺たちの前から消える。
「……プシュー?」
「いや、おまえ明らかに不者者だから」
「……プシュー?」
「前と同じじゃないから。この間より、レベルあがってるから」
「……プシュー?」
「しょうがなくないから。
「……プシュー?」
「前に来たときと違って、夜だからさらに気をつけないといけないのはその通りだけど……逆に目立って危ないから。警備隊の職質どころか、街の怖い人が怪しんでなんくせつけてくるかもしれないから」
「……プシュー」
「せめて、その仮面をとれ」
で、頷きながら、暗黒卿のパチモンのような鉄仮面を脱ぐのは、
「……プハー。中は蒸れました」
もちろん、俺が通りのど真ん中で説教している相手はキャンディだ。夕方、この
なので、一刻でも早くリルさんのところに駆けつけたいところであるが、仕事が終わった、そのままの格好で駆けつけるのは怖いと、キャンディが言いだしたのだった。
いやいや、ソドの街は、特に女の一人歩きなどするのならば気を抜いては行けない場所であるが、何事もやりすぎては元も子もない。
こんな街では、目立たず、騒がず、群衆に紛れてしまうのが一番良い。それなのに、鉄兜に鎧にマントの暗黒卿スタイルでは逆にろくでもない奴に目を付けられてしまうかもしれない。
「ヘイ! そこの彼女! 狂った格好の中身は結構可愛い女なんじゃん。いいね、そのギャップ。お兄さん好きだよそういうの」
ほらね。変なのが寄ってきた。
「……あ、わたし……用事があって」
「いいじゃない。こんな街に来ての用事なんて大したもんじゃないでしょ」
そうだな、魔導を、ひいては世界を変えるかもしれない程度には
説明するだけ無駄であるが、
「もう行かなくていけないんで……」
「つれないなあ……もうちょっと話聞いてくれてもいいんじゃない?」
「ごめんないさい。本当に用事が……」
「おい!」
「——はい?」
男の言葉に怒気が入る。それにビビって一瞬、体を降着させるキャンディ。まずいな。男に気づかれた。キャンディは
「……人が頼んでいるのにその態度はなんだ? え、おい!」
「……あ、ごめんなさい」
「は、あやまる具合なら断るなよな? ああん? お前悪いとおもってんのか?」
「……それは悪いとは」
「おい、悪いと思ってんだな」
「……はい」
すっかり萎縮してしまい、蚊の鳴くような声でかすかにうなずくキャンディ。それを見た男の口元に、かすかに、嫌らしい笑みを浮かぶ。
「悪いんなら、わかるな?」
「わかる? 何をですか?」
「はあ? お前が悪いんだよな」
「……それは、そう言う意味では……」
「そう言う意味? どういう意味だよ? お前が悪いんだよな。それに他の意味があるのか? ないよな」
「いえ……」
「おい! 悪人が偉そうに口答えするな! わかってるのか?」
「そんな、私は……」
「黙れ! このクソ女!」
「…………はい」
このやりくち、この手の男の良くやる手だな。何にも悪くないキャンディの、親切心につけ込んで、話をねじ曲げていく。
あり得ない前提を恐喝半分で認めさせて、それから自分に都合良いように論理を組み立てていく。
それにいくら反論しても無駄だ。とにかく、相手の言うことを聞かずに自分の言いたいことばかりで、根負けを誘うのが目的なのだから。話をまともに取り合った時点で負けなのだ。
負けてどんな目に会うのかはわからんが、キャンディが楽しいような事態では無いのは確かだ。本当は、彼女も大人なのだから、こんな男ぐらい軽くいなすのを期待したが、そろそろほうってはおけない状態になったのかなと思えば、
「お兄さん、そろそろ、それくらいにしといてくれませんか」
俺も介入することにする。
「ああん? お前誰だい?」
「このイカレた女のツレでして」
「ふうん……」
男は、俺を獰猛な獣のような目でジロジロ見る。
少し警戒するような、威嚇するような様子で頭屈めて、下から覗き込むように。鼻をひくひくとさせて、この街の住人であれば当然身につけているだろう嗅覚をもって俺を値踏みする。
ただの一般人なのか、もしかして、争ってはいけない裏の組織のものではないか? あるいは一般人だとしても、後先考えずに、自分に喧嘩をふっかけてくるようなバカ物なのではないか?
男は、このまま俺にも横暴な態度をとって良いのか一瞬考えたのだろうが、
「で、その失礼な女の彼氏さんよ。この落とし前はどうつけてくれる気だい?」
まあ、そうだよな。こういう連中にとって、俺は狩られる対象だよな。
ただ、
「か……彼氏……」
ポンコツ女の動揺は無視をして、
「落とし前って……何にもしてないと思いますが」
ただ狩られるままでいるつもりはない。
「はあ? その女が悪いと言ってんのに、何もしてないってことはねえだろ」
「だから具体的にそれは何なのか教えてもらえないですか」
「なにを……てめえ、逆らう気か?」
「逆らうというか……何に逆らっているかも分からないのですが」
「理屈を言うな!」
屁理屈を言うなだったらまだ分かるが、理屈を言うなか。結局逆らうな、言うとおりにしろということか。
つまり話しても無駄だということだから、後はさっさと退散した方が良い。
いくら歌舞伎町……でなくソドといっても天下の往来で拉致してまで落とし前をつけさせなければならないような価値は俺らにはない。騒ぎになれば都の自警団がやってるかもしれない。そしたら、叩けばホコリが出そうなこの男が好ましい状況とは言えなくなる。
そんな危険を冒してまで俺ら二人に関わり合うよりは、新しいカモを探した方が良いと思うだろう。
ならば、あと必要なのは、それを切り出す勇気だけだ。
ならば——俺は言う。
「……ともかく、急ぐのでこの辺で失礼させていただきます」
「おい、お前ら、勝手に話切り上げやがって、そんなことをしてどんなことになるのか分かっているのか!」
激高する男。
どんなことと言われても、どんなことにもなるわけもないだろうが……
男が具体的な手段を持っていなければ——持っていないからこそ、何が起こるか確定しないから不安になる。その不安につけ込んで男は俺らを逃がさないように脅しをかける。
まあ、こんな手合いにに繁華街で絡まれれば、少々っびってしまうけど、ビジネス置き換えたなら、茶飲み話ででもでるくらいの軽いジャブくらいのものだね。
まじめに相手するだけ馬鹿らしい。
議論に勝とうとか、説得しようとか思わない方が良い。
相手にせずに、さっさといなくなってしまうに限る。
なので、俺は俺は、男に背を向けてさっさとこの場を去ることにするのだが
「おい。急いでるってこの街でどこに行くっていうんだよ」
この質問だけは答えておいても良いかなと思い、振り返り言う。
すると、
「……リルさんに用事あるんだけど? リルさん? 知ってる?」
俺は(転生前も含めて)人生で始めてジャンピング土下座という物を見る羽目になるのであった。
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