第11話 ちょっとだけ暇?
キャンディのお母さんを前に、
月曜の朝、定時に仕事に向かうと、そのまま会議だ、調整だ、書類作りだ……といつも通り、仕事が次から次へとやってくる。キャンディの方も
もちろん、火曜も水曜も、そんな風にあっという間に時は過ぎていくのだけれど……
でも、なんかね、ちょっと違和感があった。
忙しいながらも——ちょっと緩くないか?
と、俺は感じでしまったのだった。
いつもなら、ちょっとでも仕事の余裕ができたなら、次から次へと新しい仕事をつっこまれてしまうところを、今週は、ちょっと抑制された感じで仕事が来るような気がする。
おかげで、暇というほどではないが、木曜くらいになれば、仕事を丁寧に……というか焦らずに普通にやるだけの余裕が生まれて、金曜には、ずっとやらなきゃと思いつつできていなかった、過去の
いつもの、質より量的なやり方にに比べたら……なんとも幸せではないか。
なにがって、仕事がである。
その質を考えて落ち着いてできるのである。
少なくとも、俺にとっては。
自分の作った
すると、自分の作ったものに合わせて、自分の再認識をできるのである。
自分がどんな者であって、どんな間違いをしていた、ああこここは自分冴えてたなとか……
そして自分を見直すことで、自分が成長できる余地を知ることができるのだった。ならば次はもっと良い魔導ができる。
もちろん、俺は聖人でも、心底のお人好しでもなく、良い魔導ができたことそれ自体だけを求めて喜ぶ……というわけにはいかない。
評価されたり、自慢できたり、昇給しないかななんて……
いろいろと雑念、煩悩はいろいろある。
でも、でもそれでこそだ。
そういう雑念や、ドロドロした欲望があるなかでこそ……
それこそが全ての雑念を排除したあとに残る、純粋なる魔導に対する俺の思いなのだ。
そんな風に自分を見つめ直せる有意義な時間を、今週の俺は持つことができたのだった。
まったく、たまにはこんな時もあるのだなって、偶然に感謝するのだが……
——不穏な感じも実はした。
一応、たまたま仕事が少なくなった谷間が今週だったってことだけど、どうにも、少し不自然な感じがするのだった。
こう言うのって——いきなり仕事が振られなくなったりするのって——転勤の前兆だったりするが……それにしてはどうもおかしい。
おかしい……って何がというと——俺だけじゃない。
何が俺だけじゃないかっていうと——なんかみんな仕事に余裕ができているように思える。
もちろん個人差はある。
今、仕事が佳境にあった者。もともと、マイペースでしか仕事をせずに、その範囲でしか仕事を与えられて無かったので、あんまりペースの変わらない者。人により、その変化の感じ方は様々であった。
でも、少なくとも、キャンディなんかは『あれ、今週はなんか余裕ありますね』と思わず口に出してしまうほどの違いがああった。他の同僚も、妙に無駄口が多くなったり、笑みを浮かべる時間が増えたり、明らかにいつものせっぱ詰まった様子から変わっているもの多数なのであった。
これって……職場全体が転勤?
自分が転勤前で振られる仕事の量が制限されているのでなければ、職場全体が廃止になるとか担務が変わるとか、そんな激変に備えて仕事の量の調節を行っているのでは?
そんな疑いが俺の心の中にちょっと芽生えるのあった。
自分のいる職場って結構大所帯だ。
これが全部部署替えとかなると、少なくとも、ちょっとは噂が出ていても良いのではないか? その規模になると、
でも、そういうのが全然無いとすると……職場の廃止や、統合でないとすると……
実は、ここで、カンの良い同僚の
そんな、同僚を見て、おれは少しあきれながら苦笑をした。
あまりに、あからさまで、見え透いたアピールであった。こんなの、よっぽどカンの悪い親方でもすぐに気がつくだろ? 不真面目な奴なので鍛え直そうとか、評価はつけれないとか思われたらどうする?
やっぱ、自然体でやれるようにやる、自分を大きくも小さくも、実体を超えて、忙しそうにも暇そうにも見せないのが一番だろ。
俺は——キャンディも——そう思って、自分のやれる事のベストをこの状況でも行ったのであった。
しかし……
時と場合によっては、普段は、損するようで結局得をする、清廉な志も……。
地獄へと自らをたたき落とすことに、その時の俺は、まだ考えがいたらないのであった。
*
というわけで、なんだか不気味なほどに余裕があった一週間であったが。その最後、金曜日の夕方は、たまたまキャンディと一緒のユーザ訪問で終わったのだった。
案件的にはたいした話ではなかった。
ある
営業のグランジだけでは、ユーザ側魔導師の要望の聞き取りが難しいかもということで、キャンディと俺がくっついて行ったのだが、まだまだ提案も初期段階で、先方も要望をまとめている真っ最中と言うことで、正直、身のある話となるには相当先なのかなと思わせるような状況であった。
つまり、現段階ではあまりやることも考えることもない。
で、ちょうど夕方で勤務時間も終わりで、今日はこのまま直接帰ることを工房の同僚には伝えてあったのでそのまま帰宅して良いのであったが、
「先輩、少し話していきますか……」
「ああ」
同意したのは、もちろん、サブルーチン、構造化などの概念を導入して、魔法式に革命をもたらそうという俺らのプロジェクトのことであったが、
「この間はすみませんでした」
キャンディ的には他に話したいこともあるようだった。
もちろん、半ばだますような形で彼氏をやらされたこと。
結局、キャンディのお母さんに、ばれていてしまったようだが、とちゅうハラハラ野しっぱなしであった。なんとかとりつくろっていたつもりでも、時々つじつまの合わないことを何度も行ってしまう度に、神経をどっと削れた感じだった。
そもそも、偽彼氏役をやらされるならば、それはそれで前もって打ち合わせておかないと、いきなり言われても無理があるというものである。
いや、前もって言われてたら100パーセント断っていたが。それはキャンディもわかっていて、あえて言わなかったのだろうけど……
そもそも、キャンディがどんな子なのかも俺は実は良くしらない。
会社以外でのキャンディどんな風に普段過ごしているか……は会社以外は寝てるか魔法式の事考えているかしかないかもしれないが……
——どんな風に育ったのか。
出身地もしっかりとはしらないな。北の方とは聞いたが。
何が趣味だとか、何が嫌いだとか。
会社で発揮するポンコツぶりが、私生活では豹変するとは思ってはいないが、それでも普段はどんな雰囲気の子なのだとか……
俺は……知りたいのかな?
「?}
「いや……なんでもない」
俺は、知らず知らずキャンディの顔をぼんやりと眺めていたようだ。俺の様子を不思議そうな表情で眺めているキャンディに向かって取り繕う様に言う。
「ともかく……この間はだますような事をしてすみませんでした」
キャンディは、黙り込んだ俺が、怒ってしまっているのかと勘違いしてか、随分とすまなさそうな口調で言う。
「まあ……あの時はびっくりしたが……もう終わったことだし……」
なんか終わってみれば、むしろ良い体験だったっておおえる類の出来事であった。キャンディのお母さんをだましっぱなしで終わったわけではなく、偽彼氏は気づかれた上で、それでも一日を楽しんで帰ってくれたようだし。
「でも、ごめんなさい……お母さんは来る前はもっと怖い感じだったのですが……」
と言うわけでキャンディ曰く。
俺が、親を騙す片棒を担がさられるに至る経緯。
娘の将来が心配な母が言うには……
このポンコツ娘をもらってくれる物好きの男なんてそうそういるわけがない。もう二十代も半ばも過ぎたけど、きっと結婚なんてもってのほか、彼氏もいないにちがにない。
おまえのような子は、もっと後でであせってももう遅いのだ。
まだ彼氏もいないようなら見合いでも何でもして結婚相手を見つける。
嫌なら、実家につれてかえって、そばで見ていないと心配だ。
「……今、実家に連れ戻されたら大変だと思って……ふりさせてしまいすみませんでした」
「ああ……まあ、過ぎたことだし」
正直あの調子だと、本気でキャンディを実家に連れ帰ろうとまではさすがに思っていなかったと思われるが、なにぶん親子仲がぎすぎすしてプロジェクトに影響がでてくるのもまずいかならな。キャンディ、なんだかんだでお母さん子っぽかったから、母親の不興をかうと落ち込みそうだからな。
ただ問題は、
「お母さん、先輩のことを結構気に入ったようでしたね。結構好き嫌い激しいのですが助かりました」
うん。なんか確かに妙に気に入られたというか、妙な圧力を感じたのは事実なんだよな。
「気にいられすぎて、お母さんに……あの人は絶対逃がさないようにとか言われてしまったのですけど……頃合いを見てちゃんと説明しますから……今はしばらくすみません……」
「ああ……まあ、しょうがないが……」
実は、偽彼氏なのがばれてしまった上で、まだそんなことを言われてるとはちょっと事態は思ったより重く受け止めないといけないのかもしれないが、
「……キャンディに本物の彼氏ができるまでな」
俺も、軽口で自分の不安を隠したら、
「……彼氏なんて……」
なんだかちょっとうつむいて、ちょっと頬を赤くするポンコツ女。
「……? 先輩? どうかしましたか?」
「あ、いや……」
なんか、キャンディの下向いて恥ずかしがっていた仕草がちょっとかわいいと思ってしまったのは秘密だ。
それに、今は、
「それよりも……」
俺は、今週末にもリルさんが完成させてくるだろう魔法式の革命、構造化言語についての受け入れの計画を打ち合わせ始めるのであった。
そしてら、ちょうど、そんな時に、
「え……リルさん? はい……?」
キャンディの
「……完成したんですか」
どうやら忙しい週末となりそうだなと、俺はちょと興奮した様子のキャンディの顔を見ながら思うのであった。
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