第10話 思い出の場所

 転生前の元の俺の世界で、日本の銀座に当たるのがヌンムスの街である。銀座と同じように、古くからの商業街、歓楽街であって、高級なブランドや料理屋などが軒を並べ、若者というよりは二十代後半以降の落ち着いた大人のくる街といったたたずまいである。


 あ、この頃大きく経済発展の近隣諸国、中国にあたるシァン国なんかの爆買いの観光客が多いのも同じだ。今、こうやって、その街中を歩いている途中でも、外国からの観光客らしき集団が列をなして歩く姿に度々遭遇するし——と思えば、大型バスが道端に止まって、その中から新たな観光客がぞろそろと現れてくる。


 まあ、銀座……じゃなくてヌンムスが観光客で騒がしい感じになるのを嫌う年配の方も多いと聞くが、これがこの街を、日本……じゃなくてソーラの経済を支えてる面もあるし、なんか活気もあるし良いんじゃないかな?

 

 ……と断言できるほどに、俺はこの辺に良く来るわけではないが、前の世界の日本同様、否応無くグローバル化の波にとらわれているこの(異)世界では、外国の人が観光で歩く光景が日常になっていることに今さら文句を言うのが馬鹿らしいことであるとは少なくとも思っている。


 この世界でも、20世紀後半くらいからの経済のグローバル化の波は止まらずに、否応無くその全地球的なテラ経済に各国が組み込まれて行ったのだから。


 それは、旧来からの魔導工学の積み上がりによる技術の集積、二度の魔法大戦を経ての世界の新秩序構成、自由経済国家と魔導共産協会ギルド側の国との冷戦の崩壊、新興国の勃興……いつのまにかこの世界も、転生前の日本同様、そのような経済システムが出来上がってしまっていたのだった。


 そのせいで、この世界でも俺の住むソーラ国は、かつて世界を回尽くすと言われたバブル時代の好況などは望むべくもなく、長期低迷経済中であるというのまで同じ。


 ……とはいえ、あるところにはある、持ってる人は持っているのが金である。


 この銀座……じゃなくてヌンムスには、観光客ではなさそうな感じであるが、高そうな服を着て、ブランド物のバックを持って闊歩している人が多数歩いている。


 やはり、銀座は、老舗百貨店や高級料理店の建ち並ぶ大人の街。それはこの世界でも変わらない。


 そして——更に言えば、その周りの街も似たような感じでソーラの首都ソーンの中に位置している。


 近くでいえば霞ヶ関にあたるハゼには官庁街が広がる。そして、官庁街を取り囲むようにビジネス街が何個もできている。そこから北に向かい、聖皇の居城を過ぎれば、秋葉原にあたるアルボの魔法道具街、神田神保町にあたるリブロの魔導書街。その先の魔法学校アカデミアの立ち並ぶ文教地区抜を過ぎれば、後楽園のビッグエッグ似よく似たドームスタジアム。


 ちなみに、この世界の野球にあたる、冥球メイスボールは、魔法使用可のため、元の世界ではマンガの中にしか出てこないような魔球や超絶打法のあらしであるが……


 もちろん、消える魔球とか普通にできてしまうと、それでは圧倒的に投手が有利になってしまうので、その場合はバッターが振らなければボールになるとか、ゲームが成り立つように工夫は加えられているのだけれども、元の世界の記憶を思い出した俺からすれば、この世界のスポーツは、まるでマンガの中の世界のように見せるのだった。


 まあ、スポーツの話はまた機会のある時にでもとして、そんなドーム球場の先は古くからの住宅地が連なり、それは郊外のベットタウンまで続く果てしなき人口密集地帯となる。


 では、その反対側、首都ソーンの西側はどうなっているのかといえば、官庁街の先の同じようなビジネス街の連続から、赤坂御所や新宿御苑、代々木公園にあたる大きな公園を何個か越えて、日本の新宿にあたるアウルム、原宿にあたるヴィリディ、渋谷にあたるルブル……この何十年かで発展した街ができている。


 ほんと、元の日本にそっくりの街ばかりが形成されている異世界のソーラ国の首都ソーンであった。


 ——まあ、異世界と言っても、もともとの地形はほとんど同じだというのはあるので、そのせいで街の機能が似て来るというのはある。


 元の世界で皇居のあった場所は、もともと戦国の武将、太田道灌おおた どうかんの居城の会った場所だが、それが江戸幕府での江戸城となり、そのまま皇居となった。太田道灌の当時は、今の大手町あたりまで、ぐっと内陸に延びていた入り江から上る小高い丘の上という、天然の要害となっていた。


 城を造るのに適した土地に城が作られたということなのだった。


 ならば、同じ地形で、同じように騎士達による戦国時代があったこの世界でも、同じような場所に城が作られて、同じように、聖皇に主権を戻す革命後に、その居城となるのもおかしくはない。


 立憲君主制をとるこの国では聖皇の居城の近くに官庁街ができるのも当然だし、官庁街を中心としてビジネス街が広がっていくのもあたりまえ。


 そのまま街が発展、拡大していくと、その辺りの土地だけでは手狭になって、副都心となる場所が求められて、それがちょうど交通の要所であり開発できる土地も豊富な新宿の辺りになるのもまた道理だ。


 そして、ビジネス街に近い銀座が行楽街として発展するが、その高い土地代、建物の賃料を払えない若者文化の担い手は、まだ開発の行われていなかった新宿、原宿、渋谷とその中心地を作る。


 元々の土地の形状——地形の作り出したと思えば、この偶然の一途はさほど驚くべきものでは無いのかもしれない。


 ただね……それにしても、ここまでぴったし一致するって、やっぱり、全部偶然にしては合いすぎだろ?


 そもそも、元の世界の日本で東京が首都になったのだって相当偶然が重なってるだろ。


 たまたま、徳川家康が、豊臣秀吉に睨まれて関東に本拠地を移さなければ江戸も東京もできなかったかもしれないし、当時は寒村に近い状態だったと言うそんな場所でなく、小田原あたりに本拠地を作る可能性だって随分あったろう。


 ……いやいや、そもそも、この異世界で、元の世界の日本と同じような時期に騎士達による下克上の戦国時代があり、そのなかで同じように東京——ソーンのあたりに本拠地を移したものが天下をとるなんてのは、いくらこの辺の平野がその後の発展の基盤になりうる土地だったっていっても、やっぱり偶然に偶然が重なりすぎているだろう。


 なので、この異世界って、元の世界となんか繋がりがあるんだとどうしても俺は思ってしまうんだよね。


 見た目は違うし、科学と魔法が入れ替わっているのだけれど、あまりに同じような歴史と世界がここにある。


 それは、この二つの世界を繋ぐなにか法則、力のようなものがあるのか……


 それとも……


 たまたまそのような・・・・・世界に俺は転移した?


 でも、そうなら——本当にたまたまなんだろうか?


 もしかして幾万とも幾億、もしかしたら無限にあるかもしれない異世界の中で、俺がたまたまこの世界——魔法が科学の代わりに現代生活をささせている世界に来たというのは何か意味があるのであないのだろうか?


 コンピュータのような仮想魔導技術もあるが、その発展がどうにも遅れているように思えるこの世界。


 そこに前の世界でSEをやっていた俺が転移したと言うのは、それなりの意味があることなのではないだろうか?


 そんなことを俺は考えてしまうのだが……


「……先輩? なにか考え事ですか?」


「あ……」

 

 キャンデイとそのお母さんと一緒に歩いていたこともすっかり忘れて考え事に夢中になっていた俺であった。


「ふふ。構いませんよ。キャンディと話こんでしまって……ごめんなさい」


 銀座からの移動中、ずっと娘を質問……というか詰問している母親の姿を見て、こりゃあまり関わらない方が良いなと、一歩退いて歩いているうちに暇でついつい色々考え事をしてしまっていた。


 でも、一応キャンディに彼氏のふりを頼まれているのだからあまりつっけんどんなのもまずいよな。


 なんだかよくわからんが、ここで疑われると、今一緒にやっているプロジェクトのとの危機なそうだから、もう少し話に加わるかと思いきや、


「……目的地に着きました」


 と言うと、キャンディのお母さんは娘から前のビルに視線を移し、無言になる。


 それは、ヌンムスの繁華街から少し海側に向かった、元の世界の日本であれば東銀座と日本橋の間ぐらいの場所であった。


 この世界でなんと言う場所になるのか、この辺の土地に詳しくないのでしらないのだけれど、ソーン駅から多分十数分も歩いたあたりにある、古いオフィスビルの立ち並ぶ通りであった。


 立ち止まったのは、なんの変哲もないビルの前であった。


 特に変わったところのない雑居ビル。

 

 その入り口には、あまり聞いたことのないの輸入品問屋の看板、他に魔導品制作工房の営業所らしき看板、あとは何の業種かよくわからない魔法コンサル業らしき店の看板。


「もうここには、ないのですが……私が昔、最初に就職して働いた工房がここにあったのですよ」


 感慨深げに、少し寂しげにキャンディのお母さんは言う。


「……当時はとても忙しかっけれど、何もかも活気があって……」


 そして、また黙り、そのまま数分の無言となったあと、


「お手間を取らせました……」


 とだけ言うと歩き出すのであった。


   *


 後に、その時のキャンディのお母さんが何を思っていたのか聞く機会があった。


 就職で初めて首都ソーンに出てきたお母さんは、当時働いていた思い出の場所がどうなっているかなというほんの軽い気持ちで、列車の時間待ちと思い向かったその場所なのであったが、いざ現地に来てみると、溢れ出る思いが抑えきれずに無言になってしまったと言うのであった。


 駅に向かう道もほとんど何も喋らず……話せなくなってしまったのでった。


 キャンディのお母さんが、就職した当時のソーラ全体が狂騒状態にあったバブル経済、その中で彼女が体験した様々な青春の一コマ、一コマ……


 そして、この街で生涯の伴侶とお思える男性と知り合い、その男性の家業相続にともなって地方に移り住み、キャンディが生まれ、そのキャンディもまた首都で様々な出会いを……と思えば……


 会話のあまりないままに歩き、列車の出発の数十分前にソーン駅に到着。構内でお土産買ったりしてから、余裕をもってホームに行きたいからと、改札前を通ることになったキャンディのお母さんに俺はこっそりと耳打ちされる、


「ふふ、今度会うときは娘の本物の彼氏になっててくださいね……」


「……?」


 どうやら全部バレていたらしい。


「あの子は……とても迷惑かけているかもしれないですが……私の希望なんです……」


 そして、その後娘な不思議そうな顔を背に、一度振替り手を振ってから駅の雑踏の中に消えるお母さん。


 ——希望。


 その言葉の本当の意味を俺が知るのは、そのあとだいぶ時間が経ってからになるのであった。

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