第9話


「あのね、付き合うことになったんだ」


登校して教室に入るなり、きえちゃんにそう打ち明ける莉子の声が聞こえた。

いつもの窓際の特等席に、ふたりで腰かけている。

「私、こういうの初めてだしさ、よく分かんなくて」

照れたような仕草で髪をいじりながら、莉子は甘ったるい声で話す。

そんなふたりの元に、私は駆け寄る。

「ふたりとも、おはよー」

「ともか、おはよ」

「おはよー」

「莉子、相手はだぁれ?聞こえてたよ~」

「えっ、まじで?」

「莉子、声でかすぎ~」

はは、と笑う私の声が、曇っていくのがわかる。莉子も、何となくぎこちない。

「で、相手は誰なの?」

もてる莉子のことだから、そこで誰の名前が出てもおかしくないと思った。

そこであの名前が出るなんて、想像してすらいなかった。


「…仲元、くん…。」


………え?

仲元?

「そ、そっかぁ、まああいつ莉子のこと狙ってたっぽかったしねー、」

「しかももうやっちゃったんだって、莉子ってば進んでる~」

「ちょ、ちょっときえちゃん!」


…ふたりって、そんな仲良かったっけ。


「どうだったのさ、具合は」

「具合ってそんな、きえちゃんてば」

「まぁまぁ。でも、昨日初めて話したのにさ、仲元ってば意外とやるじゃん。」

「そんな、仲元くんからってわけじゃ」

「じゃあ莉子から誘ったの?」

「で、でも…」

「あ、莉子から誘ったんだ」


そんなことを、意識半分で聞いていた。

仲元と莉子が付き合って、セックスをした。

付き合ったその日にするのが悪いとかじゃなくて、誘ったのが莉子だからとかじゃなくて、元々仲が良かったわけでもないってとこでもなくて、


ただ、


「……ともか?」


涙なんて、流れるはずないのに。

「ふ、はは」

涙が溢れる。

「莉子、よかったじゃん、おめでと」

精一杯、にっこり笑う。

「いやー、ついに莉子も彼氏できたのかーって思うと、私だけ何か寂しくて、つい」

乾いた笑いかたになっているのは、嫌でもわかった。

喉がいたい。

ふたりの様子なんて、気にする余裕すらなかった。

「あ、わたし今日提出物あるんだった。ちょっと行ってくるね」

そう言って鞄を持ってふたりの元を去った。

待って、と莉子が言っている気がした。

本当は提出物なんてない。

今日は学校を休もう。


廊下で、和樹と会った。

おはよう、と言おうか迷ったけど、やめた。

おめでとうと言うのも変な気がした。

「よ、」

和樹が片手を挙げて挨拶をした。

「…おはよ」

私はうつむいて小さく返した。

そしてそのまま、早足で出口へ向かった。




昨日莉子を抱いたであろう手、莉子の名前を呼んだであろう声で、私に話しかけないで。




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君と僕と思春期。 わーるどおぶぺいん。 @kh3840

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