友達……いや、小間使いから始めましょう

御手紙 葉

友達……いや、小間使いから始めましょう

「一言いわせてもらうけど」

 彼女はスターバックスのコーヒーを飲みながら、フローリングの上に正座し、小さく言った。

「あなたの書いた作品、まるで宇宙語で書かれた怪文書みたい」

 僕は彼女のその言葉に、体が硬直して手足が冷たくなっていくのを感じた。ある日突然小説を書いてきて、と頼まれて、うんうん唸って悩んでやっと書きあげた処女作。出来は期待できないと覚悟していたものの、怪文書とは、ひどい言い草だった。

「これじゃあ、文芸誌には載せられないわね」

「え? 文芸誌?」

 僕がそう掠れた声を出すと、彼女はストレートの黒髪を梳きながら、全く気にした様子もなくうなずいた。

「そう。うちの部、部員が少ないから、君を入らせようと思っていたんだけど。レベルの高い文芸誌に、この古文書が一緒に入ってたら、皆目を点にするわよ」

「え、ええ? なんで僕が文芸部に入るんだよ」

「いいの。もう終わったことなんだから」

 彼女はそう言って僕の作品の用紙を放り捨て、スマートフォンを弄り始める。

「これはあんまりじゃないの? だって僕、これ徹夜して書いたんだよ」

「物にならなければ、切り捨てる。それが作家としての姿勢でしょ。違う?」

 いや、違いません。違いませんけど……。

「それとも、何? まだリベンジしたいって言うの?」

「リベンジとまでもいかないけど、どこがどう悪いのかわからないんだ。誰だって処女作は出来の悪いものだろうし、書いていくうちにうまくなるかもしれないだろ」

 彼女はコーヒーを飲んで顔を上げると、僕をじいっとその突き刺すような視線で眺めてきた。やがて、一つうなずき、言った。

「わかった。もう一度挑戦するチャンスを君にあげるわ。期限は一週間。短編を一本で。これでいい?」

「う、うん」

 僕がそううなずくと、彼女は早くも立ち上がり、玄関の方へと歩いていこうとする。

「あの、ちょっと。帰るの?」

「そうだけど」

 彼女はきょとんとした顔で首を傾げてみせる。

「時田さんが来ると思って、昼ご飯作っちゃったんだけど」

 彼女は鼻をひくつかせて匂いを嗅いだ後、もしかして、と言った。

「この匂い、パスタ?」

「そうだよ。ナポリタン」

 彼女はしばらく迷った末、再び靴を脱いで引き返してきた。

「せっかくだし、ごちそうになるわ」

 彼女は相変わらずの無表情でそう言い、テーブルの前に腰を下ろした。僕はほっと息を吐いた。

「良かった。作った甲斐があったよ」

 僕は流しで手を洗うとすぐに盛りつけ済の皿を手に取り、レンジにかけた。口に合わなかったらまた何か罵られるんだろうなと思いつつ、できたものを彼女に出すと、彼女は無言でそれを食べた。

「ど、どうかな?」

「そうね。素直に美味しいわ」

 僕はほっと息を吐く。良かった、彼女に少しでも喜んでもらえたようだ。

「それより、君も食べたらどう? 一人で食べているのもなんか悪いし」

 彼女はそう言って僕がレンジから自分の皿を持ってくるまで待ってくれる。

「うん、やっぱり美味しくできてるみたいだね。時田さんに食べてもらえて本当に嬉しいよ」

 僕がにっこりと微笑んでみせると、彼女は少しだけ口元に笑みを浮かべて、うなずいてみせた。

「まあ、文芸部に一人だけ料理担当がいるのも悪くないわね」

「え、ああ……やっぱり時田さんは僕を小間使いぐらいにしか思ってないんだね」

 僕がそんなことを冗談半分に言うと、彼女はきょとんとした顔を浮かべる。

「自覚がなかったの?」

 自覚はありましたけど。でも、本当に僕をそんな風に思っていたのかと項垂れる僕。

「それより、三郷君ってなんで私に構うの? 前から不思議に思っていたんだけど」

 彼女はパスタを口に運ぶ手を止めて、じっと見つめてくる。

「え、ええと、それは……時田さんが気になるって言うか」

「気になる? どんな風に?」

 僕は視線を彷徨わせて言葉を探した後、上擦った声で言った。

「時田さん、どんな人なのかなって。いつもミステリアスな雰囲気があるし、興味があったんだ」

「ミステリアス……私ってそんなに宇宙人みたい?」

「いや、宇宙人なんてことはないけど、大人っぽいしさ」

 彼女はスプーンを置くと、顎先に拳を近づけて考える仕草をする。

「何? どうしたの?」

「私達、似ているかもしれないわね」

 彼女がどこか唸るような声でそう言ったので、僕は少したじろいでしまう。

「似ている? 僕達が?」

「そう。私も三郷君のこと、不気味でよくわからない、説明不能な不思議ちゃんだと思っていたから」

 そんなにはっきり言わなくてもいいような気がするけれど。

「でも、なんていうかな、三郷君は悪い奴じゃないね」

 彼女はパスタを再び口に運び、うなずいてみせる。

「だって、こんなに美味しいパスタを私に振舞ってくれたもの。人に対して思いやりのある行動ができる人が悪いはずないもの」

 彼女はそう言って顔一杯に笑みを浮かべた。僕ははっとして彼女の顔を食い入るように見つめてしまう。

 その笑顔はずるいな、と思った。そんな顔をされて、言葉を返すことができる男などこの世にいないだろう。

「そういうことだから、もう少しパスタくれない?」

「え、ああ。いいよ、もちろん!」

 僕はすぐに台所へと回るが、そこで彼女が言った。

「それに私、一人小間使いが欲しかったからね。これからよろしく」

 僕は皿にパスタをよそりながら、少しだけ絶望する。

 彼女にこの想いを告げることができるのは随分先になりそうだ。でも、完璧な絶望じゃないだけましだ。

 まずはお友達……いや、小間使いから始めよう。

 僕はそっと溜息を吐くのだった。

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