エピローグ

 二年後――。

 世の中は混乱という意味ではそれほど変わらないけれど、以前のような混沌ではなくなってきていた。

 あの後、人の姿をしたロボットの存在が正式に発表された。

 ソラの叔父さん、カタナは全てを話し、罪を償う事を選んだが、法整備が不完全だった事もあり、事態の収拾に協力する事で処分保留となった。

 科学的に証明されたわけではないが、脳に電極を埋め込んだ事によって機械の思考が流れ込み、冷酷で非道な性格になったのではないかと言われている。電極も取り除かれ、同時に極秘裏に進められていた計画の方も副作用があるという事で中止になった。

 世界はAIに人権を認めるのか、という方向に動いている。

 どうなるのかは分からない。今の所『混乱の極み』だ。しかし機械が暴走する事件は起きていないし、それにまつわる大きな事件も起きていない。

 ロボットとの共存など絵空事だとして全てのロボットを破壊しようとする過激な集団もいるが、それには量産されたERシリーズが対応している。

 AIも完全に自分が人間だと思っているんだ。人間か、ロボットかをはっきりさせる事も、ロボットに真実を告げる事も義務付けられていない。

 ただ自身を診断する事は任意で、政府の提供する正確なスキャナーで調べる事は出来る。カタナ自身が開発したんだから間違う事はない。

 AIの場合でもカウンセラーがつく。

 人の姿をしたロボットは思いの外数が多くて驚いた。ロボットが勝手に量産して、本拠地は爆発してしまったので、正確にその数を知る方法はないらしい。

 本当は一つだけある。ロボットだけが反応する電磁波を流してそのエコー(返り)を検出すればいい。

 だが、ロボットを操作する電磁波を流す事は絶対のタブーとされた。それは政府がらみで取り締まり、またその政府をも取り締まる組織も設立する予定だ。いつ第二のカタナが現れないとも限らない。

 ロボットが、いつ電磁波の影響を受けて操られるか分からない、という事は世間には伏せられているが、やはり完全に隠蔽する事はできず、まことしやかに囁かれているのが現状だ。

 そして、ハイブリッド・ノイドの存在を知るのは極一部。



 アークは新しい組織となって活動中だ。

 人間、ロボット間のトラブルの仲裁が任務。以前のような武装はしていない。身一つで地道に説得し、理解を求めている。

 僕自身、それだけが今まで処理したロボットや、エリナの為にしてあげられる唯一の事だ。

 そんな思いを馳せながら、電動バイクに乗って街を散策する。

 前方にトラブル発見。ハンドルを切り、その一団に急行する、が既に仲間が対応に当たっていたようだ。

 何やら喚き散らす男と、その男に暴力を振るわれたらしいロボットが膝をついている。その間にマントのような髪をした白いロボットがいた。

「こんなのラジコンとどう違うってんだ? 電波で操れる機械じゃねえか。そんな連中を野放しにしといていいわけないだろうが」

 ロボットの暴走以前に、外部から遠隔操作する事で足のつきにくい間接犯罪が横行した事があった。未だにその事を取り上げる者は多い。

「現在のロボットに使用されているレベルA‐AIは、過去の家庭用ロボットとは違います。外部からプログラムを書き換える事はできません。彼らは既に人間とそう違わない存在なのです」

 そんな事分かるか、と尚も食って掛かる男に、

「昔、食用肉で中毒の噂が広まった際に、皆でこぞって肉を食べない運動が広まった事があります」

 白菊は過去のデータを元に話し始める。

 しかし彼らは自分達の身を食中毒から守る為の自己防衛からその行動に至ったのではない。

「なぜなら彼らは同じ原料で作られるゼラチン質の食品は平気で口にしていたからです」

 それもネットで調べれば簡単に分かる程度の情報なんだけど、彼らは自分で調べる事はせずに噂に流されただけだ。

 それによって酪農家が不幸になっても、彼らに自分達が加担しているという意識はない。

 正しい情報を入力しても一度した判断を覆さない。そこには自分の間違いを認める事が屈辱だというプライドしかない。

「それを誰かが意図して起こしたという証拠はありません。しかし事実は『誰かが多くの人心を操作して酪農家を窮地に追いやった』のですよ」

「機械がワケ分かんねぇ事言ってんじゃねぇ」

「あなたはAIを遠隔操作できる装置を作れるのですか? またはそのメカニズムを説明できるのですか」

「なんでそんな事する必要があんだよ!」

「ワタシには飛び交っている電波を全て解析してロボットが操られていない事を証明する用意がありますが、アナタには自分の考えが他者に感化された物ではないという事を証明できますか?」

「だからワケ分かんねぇ事言ってんじゃねえ」

 突き飛ばそうとした男の手首を白菊はいとも簡単に掴んだ。

「ならこれならどう? 『力で決めようぜ』。これならアナタも納得できそうね」

「う……」

 論破か暴力か、どちらでも好きな方を選べばいいと言う白菊に、男は文句を吐きながらもその場を去って行く。

 僕に気付いた白菊はやれやれと肩をすくめるジェスチャーをする。三つ目の選択をされた事には不満らしいけど、何にでも理解を得るには時間がかかるから仕方ない。

 誰かに人心を操作されるかもしれない。そんな危険はロボットやハイブリッドに限らず、誰しも持っているものなんだ。

 僕だって小さい頃にテレビでヒーロー物を見て、そうなりたいと思うようになった。

 革命やデモなども、扇動する者はごく少数なんだ。

 人の心に巣食うほんの小さな不満を察知して、自分の都合のいいように利用する。歴史を振り返ってもそんな事例は多い。

 大事なのは、それが本当に自分の意志によるものなのかを考えられる事。

 多くに流される生き方を間違っているとは言わないけれど、少なくとも僕は誰かのヒーローでありたい。

 ミニスカートに白衣を羽織った科学主任の話によれば、理論上はAIも学習する事によって、外部からの干渉に従うべきか否かを判断するように成長する事はできるらしい。

 それは人間もAIも同じなのだ。



 電動バイクを走らせていると、何やら道路上に人が集まっている。

 その中心にいるのはかつてアーク時代に僕とバディを組んでいた少年。

「なーんてね。全部ウソだよ。あんたは人間」

「本当か? 本当に俺はロボットじゃないのか?」

 男は黒いボックスに腕を突っ込んで震える声で言った。ボックスにはガラス窓が付いていて、中には切り裂かれて機械が露わになった腕が見える。

「痛いのはただの電気ショックだよー。腕を切開したように見えたのもホログラムを使ったトリックだ」

 ボックスの上に肘を乗せたセイリュウが、軽い調子で言う。

 男はボックスの中に入れた腕を恐る恐る引き抜く。ボックスの中の腕は機械の腕に見えていたが、抜き出した腕は人間の物だった。

「よ、よかった。……よかった」

「ビックリさせてゴメンなー。でもあんたにロボットの気持ちを分かってもらう為に一芝居うったんだー。ロボットだと思った時、どんな気持ちだったー?」

「もう……、自殺しようかと」

「このにーちゃんも、自分がロボットだと知った時、同じよーな気持ちだったんだよー。けどにーちゃんはそれを乗り越えて、ロボットとして生きて行く事を決意したんさ」

 セイリュウは、男とのトラブルの相手である人の姿をしたロボットの青年の方を向いて言う。

「うう……」

 男は、少しバツが悪そうにではあるが、青年に謝って去って行った。

「ありがとう。なんてお礼を言っていいか……。でも、どうしてこんな事をしてくれるの?」

「オレも、アンタと一緒なんだよ」

 セイリュウはいつもの軽い調子で言い、こちらに気が付いて手を振ってくる。

 苦悩する素振りなど一度も見せた事のないセイリュウだが、やはり心の内で葛藤があったのだろうか。

 セイリュウに手を振り返し、バイクを走らせる。

 ロボットと人間が、真に対等になれる日はまだまだ先の話かもしれない。

 だけど、僕達はその日に向けて一歩一歩進んで行くしかないんだ。



 さっそうとバイクを走らせていると、膝をついて子供と向き合っているロボットの姿が見えた。

「あれ? 桜花じゃない。どうかしたの?」

 修復されて任務に就いている白菊の二号機だ。

「トモ。8歳の子供とレベルE‐AIの喧嘩ですよ。お金を入れたのにジュースを出さないと言って子供が自動販売機を叩いたのです。ちょうどよかった、アナタ人間なのだから子供の方をお願いします。ワタシは自動販売機を説得しますので」

「ははっ、分かったよ」

 バイクを降りようとするとピピッと通信が入ったので、やっぱりごめんと通信機を取る。

『トモ。ちょっとやっかいな事件が起きたの。人間とロボットのトラブルなんだけど、人間の間でも庇護派と反対派が分かれてて……、多分、ハイブリッドが居るんじゃないかしら』

 バイクに備え付けてある通信機から聞こえるのは幼馴染みの声。

 ハイブリッド・ノイドが? ハイブリッドは人間と全く変わらないが、変に感受性が高い者がいるのだ。電磁波の影響を受けやすく、機械に異常な愛着を持ったりロボットの気持ちが分かったりする。なので人間とトラブルを起こす事もある。

『だから、みんなで向かって欲しいの。事件のせいでちょっと交通渋滞や通行止が起きてる。普通なら到着まで30分はかかる所だけど大丈夫、5分で誘導してみせるわ』

 幼馴染みの頼もしい言葉。

 ハイブリッドであるソラは、脳波で直接機械を操作し、情報を読み取れる。交通事情を瞬時に把握し、全員に効率的な順路を一斉送信できる。直接アンテナを埋め込んでいたカタナほどではないが、それは機械的な思考に心を奪われない事も含めてこれからの修練次第なんだそうだ。

 AIでも似た事は出来るのだが、世間にはAIによって社会を乗っ取られるのではないかと恐れる人もいる。

 今の所、特別強い脳波を持つ才能という事になっているが、いつかハイブリッドも世間に認知される日が来るといいと思っている。

 ハイブリッドとは正に、二つの種族を繋ぐ架け橋。

 ハイブリッドのソラ。

 人の姿をしたロボットのセイリュウ。

 完全なロボットの白菊。

 そして人間の僕。

 あらゆるトラブルに介入できる、僕達は全ての種族を合わせた(ハイブリッドな)チームなんだ。


『ハイブリッド・エンジェル。集合よ!』

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ハイブリッド・エンジェル -中性無機質の天使- 九里方 兼人 @crikat-kengine

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