第22話 父

 気がつくと、僕はさっきの部屋にいた。ソラのお父さんのAIのある部屋だ。

 うう……、と重い頭を上げる。見るとセイリュウが僕の後ろに立って腕を掴んでいた。

 気を失っている僕を無理矢理立たせていたのか。無理な力が加わっていた為に腕の関節が痛い。

 少し動いてみたが、手はガッチリと掴んでいて外れそうにない。

 カタナは部屋の中ほどにある大きなモニター機械の前に立っている。モニターは目まぐるしく明滅しているが、カタナは時折タッチパネルのようにモニターに触れるだけだった。

 その隣にソラが表情を失くして立っている。

「やあ、気がついたかね」

 カタナは作業を中断して僕の方へとやってくる。

「ソラは? 本物のソラはどうなったんですか?」

「んん? 本物? ……ああ、君はこれがソラに似せたロボットだと思ったのか。これは正真正銘、君の知ってるソラだよ」

 だが無表情に立っているソラはセイリュウと同じように微動だにしない。

「まったく、チビロボットが話の腰を折るからだ」

 講義を聞かない生徒はきちんと処罰しなくてはならないな。

「そもそも私の遺伝子技術は成果が現れるまでに時間がかかるものだというのは話したな」

 それは研究に時間がかかるという意味ではない。研究対象者が成長するのにかかる時間だ。

 14年前。政府は極秘裏にカタナ率いる遺伝子研究所に、遺伝子操作を施した人間を作る実験を持ち掛けた。そして政府協力の下でいくつかの病院で実験が執り行われた。

「そ、それは……」

「そう。ソラはその時の遺伝子実験で産まれた子供だ」

「そんな……」

「もちろん極秘だが正式な認可の上で危険な実験ではない。我々だって数十年ごしの計画になるのだ。失敗の可能性は限りなく低くなるようにしてから行っている。現にソラは健康無事に成長しただろう?」

 気になるのはそれがどんな実験だったかという事のはずだと続け、その通りなので黙って聞く。

「もう想像がついていると思うが、人間が電磁波の干渉を受けるようにする為のものだ」

 人間の脳も電子機器も微弱な電気信号によって動いている事は同じ。

 だがその構造は似て異なるもの。ロボットは電波でコントロールできるが人間はそうはいかない。ロボットは始めから操作できるように作られているからだ。

 ならば遺伝子を操作する事で同じような回路を持った脳を作れないか、というのが始まりだ。元々人体も電磁波の影響を全く受けないのではない。より受信力を高める事で可能な事だと言われていた。

「まあ、君にはSFかファンタジーにしか聞こえないだろうが、要は脳の周波数を設定する実験だと思ってくれればいい」

 やっぱり分からない。

「つまり人間を自由に操れるという事だ。そんな力を手に入れたら、君なら何をするね?」

「えっと……、争いのない、平和な世界を作ります」

 カタナは訝しい顔をしたが、すぐに大声を上げて笑い出した。

「子供らしい考えだ。しかし操作された感情で、偽りの平和を押し付けられた世界に何があるというんだ。人々は意見をぶつけ合い、傷付けあい、争ってこそ始めて思いやる心が生まれ、競う事で進歩していくんだ。たった一つの意志で統一された世界に発展はありえないだろう。そうは思わんかね」

 いや、極めて正論だとは思うんだけど、この人のやっている事とは矛盾している気がする。

「そして計画は段階を経て進行していく」

 鉄で出来たロボット。

 人の皮を被ったロボット。

 ほとんど人間のロボット。

 完全に人間のロボット。

「こう言えば分かりやすいかな。だがここで一つの矛盾点に気がついたろう」

 多分さっき感じた矛盾点の事ではないんだろうな。僕は講義を聞きに来たのではないので口をへの字に結んで黙る。

 カタナは出来の悪い生徒でも見るような目で鼻を鳴らすと話を続ける。

「この実験が行われたのは14年前だ。その時に完全なロボット人間を作れたのなら機械部品を使ったロボットやAIは必要ないだろう?」

 そうだ。それはおかしい気がする。

「元々この実験はロボット人間を作る為のものではなかったのだよ」

 本来は人間の脳と機械の回路を繋ぎ、人間の脳波で機械をコントロールする為のものだ。考えるだけで機械を動かし、機械が検知した情報を得る。キーボードを叩き、画面の文字を読む今の速度とは比べ物にならないレスポンスを実現する為のもの。

「政府が、軍隊が欲しがりそうなシステムだろう?」

 だが人間が成長するまで時間がかかる上に、育った人間が使えるとも限らない。あまり効率的でない上に、代替技術が研究され始めた為に切り捨てられた。

「それがこれだ!」

 カタナは、自分のこめかみを指差す。

 そこには黒い物が付いているのかと思ったが、よく見ると金属物が頭に埋まっていたのだ。

「これはアンテナで、脳と直接繋がっている」

 これによって同様の能力を既存の人間に持たせる事が出来るようになった。人道的な問題もあり、まだ公にはなっていないと言う。

 カタナは、これで何にも触れる事無くセイリュウやソラを操ったんだ。

「ソラを含む遺伝子操作された子供達は、その時113人生まれた」

 それだけの人間が、ソラと同じように成長していると言うの?

「ソラの……、ご両親は知っているの?」

 僕は声を震わせながら問う。

『すまない、トモくん。身内を避けて、他人の子供だけで実験する訳にはいかなかったんだ。だがその時は、人類の発展の為と信じていたんだよ』

「母親も人類の為の貢献だと信じているよ。献血みたいなものだとね。実験体となった子供達の親は皆そうだ。そしてそれは間違いじゃない。皆世界の安定の為に役立つんだ」

 さっきこの人何て言ってたっけ?

「そしてロボットを操る計画を立てた時に、それが応用できる事に気が付いた。私は彼らの事を『ハイブリッド・ノイド』と名づけて呼んでいる」

 だが政府は既に計画を放棄しているし、子供達が成長するのにも時間がかかる。だからそれまでの準備を進める事にした。

 人の皮を被ったロボットを作り、医療機関などに紛れ込ませて新しいハイブリッド・ノイドを産み出し、世の中を動かすのに都合のいいポストに就ける為の準備をさせる。

 現時点でこれから生まれてくる者も含めれば三千人以上存在するはずだと言う。

 そしてロボット暴走の騒ぎを起こして世の中を混乱させ、ロボットに対する不信感を与える。

 人間の中からロボットが見つかり、人間同士の間にもそれは広まる。

「そしてロボットを完璧に見分ける方法を見つけ出す英雄は必ず現れる。現れなければハイブリッドにやらせればいい。不要になったロボットも片付けられて、人々は自分達で人の世を取り戻したと信じる」

 全ての人類をハイブリットに入れ替えるには気の遠くなるような時間が要るが、世の中を操作するだけなら集団の中の数人でいい。

 ロボットに対する不信感という共通の思念を与えれば、それだけ人心を統一するのも容易になる。電波など受けなくても、世の中の大半は周りに合わせて生きているだけの連中だ。

 とても合理的だとは思わないか、と初老の講師は陶酔したように語り続ける。

「さて、講義はここまでだ」

 カタナは仕切り直すように手を叩く。

「なぜ私が君にこんな事を話したと思う」

 それは、教えるのが好きだからじゃ……。

「これから自分の身に何が起こるのか知っている方が、成功する確率が高くなるからだ」

 起こる事って……。

「今までの話を聞いて、不思議に思った事があるだろう?」

 カタナは質問を投げかけるも、答えを聞く気はないようでそのまま話を続ける。

「まるで支配者になれる方法みたいな事を言ったが、それが真に成されるのは気の遠くなる時間がかかるという話をしたね。ハイブリッドの世界には支配者が要る。だがはたして、人類の大半がハイブリッドになるまで私は生きていられるだろうかね?」

 そう言われればそうだ。

 カタナは自分の頭に埋め込まれた電極を指して言う。

「そこで君の脳に私の意識をダウンロードするんだ。兄がAIに意識をコピーした方法の応用だ。君は私に生まれ変わる。私自身が生き続けるのとは違うが構わない。私の意志がそのまま受け継がれる事が大事なんだ。ソラもその方が喜ぶだろう」

 そんな事が!?

『成功する可能性は限りなく低い。失敗すればキミは廃人になるだろう。何十人も臨床実験をして成功の兆しがあるかどうか』

「なら十分な実験をしてから被験者にしてやろう。ハイブリッドを実験体にすればもっと成功率が上がるんだが、数が限られているからね。出来るだけ無駄にしたくないんだ」

『まず君に薬物を投与して精神的ストレスを極限まで与え、一度廃人にしてから新しい人格をインストールするんだ。電極も、頭に埋め込まれるんだぞ』

「はっはっは。AIの言う事など真に受ける事はない。痛くないよ。むしろいい気持ちのはずだ」

『何が起こるのか教えた方が成功率が高まると言ってただろう。苦しみを与えて早く意識を乗っ取られた方が楽だと思わせる為だ』

「やれやれ、スピーカーにスイッチを付けとくべきだったかな。AIとは言え兄弟のよしみと思ったのが甘かったか」

 あまり現実感のない話に今一つ恐怖もわいてこないが、どちらにせよ僕に選択肢はないらしい。

「あ、あの……、僕の意識はどうなるんですか? ソラに対する気持ちは……」

「それは変わらない。君は私の遺志を受け継ぐだけだ。ソラをどうするかは君の自由だ。ソラは君の言う事を、何でも聞いてくれるんだぞ」

 ソラが? 僕の思いのままに?

 ここで脳のダウンロードとやらを受けて、それを僕の強靭な意志で跳ね返す。操られているフリをしながら隙を窺い、ソラを自由にする。

 そんな展開を想像してみる。……けど無理だろうな。

 それともそんな事はそもそも不可能で、失敗するかもしれない。

 いや、失敗はそのまま僕の意識の喪失を意味するみたいだ。無事だったとしても家に帰れるわけではない。

 やはり、僕はソラの叔父さんになりきるしか、生き残る方法はないんだろうか。

 でもソラと共に生きていけるなら、案外悪くないのかもしれない。体は僕に違いないんだし……。

 いや、そんな事はない。ソラはソラのまま。僕は僕のままでなければ、何の意味もないと思う。

 僕の中で一つの決意が芽生えた。

「分かりました。僕、言う通りにします」

「ん? おお、そうか? 物分りがいいじゃないか。まあ抵抗しても結果は同じなんだ。なら少しでも痛みがない方がいいだろう。中々合理的じゃないかね」

「あの、ソラの顔をよく見てもいいでしょうか」

「ん? まあ、いいだろう。君のままでソラを見られるのは今だけだからな」

 セイリュウの手が離れた。痛みを確かめるフリをしながら体を確かめるが、持ち物は全て取り上げられたようだ。

 僕は腕をさすりながらソラの元へと歩く。

 ソラ、君は言ってくれたよね。

 もし、僕がロボットだとしても何も変わらないって。それでもいいって。

 僕も同じだ。何であろうと君は君だ。

 ごめんよ。もっと前に言ってあげられなくて。

「ソラ。好きだよ」

 そう言ってソラを抱きしめる。

 ずっと、ずっと、力強く抱きしめる。

「あまり力を入れすぎないでくれ。やれやれ、見てるこっちが恥ずかしくなってくるぞ」

 カタナはその後も何やら作業を続けていたが、いい加減痺れを切らしたように立ち上がる。

「いつまでやってるんだ。人が仕事をしてる前でイチャつくんじゃない」

 カタナは僕の腕を掴んで引き離す。

 僕はその腕を、彼の頭に向かって振り上げた。

 ソラが持っていた武器、僕のあげた手製のボルトガンをカタナのこめかみに当て、そのスイッチを入れる。

 パチン!

 と軽い音が鳴る。普通の人なら「痛っ」となる程度の衝撃だ。

「ぐ……、がぁ……ああ」

 カタナは白目を剥いてガクガクと体を痙攣させた。オモチャの微弱な電流は、電極を通して彼の脳に直接流れ込んだ。

 ドカン! と遠くの方で何か爆発する音と振動が響き渡ってきた。

「きゃっ! 何!?」

「ソラ! 正気に戻ったの?」

 僕はソラの顔を覗き込むように見る。正気の、いつものソラの目だ。

「あれー? オレどうなってたんだっけー?」

 間の抜けた声に振り向くと、セイリュウが頭を押さえている。そこは傷になっている部分で、そのままその血のついた手の平を見る。

「あー、そっかー。オレ、ロボットだったんだー」

 自分の正体を知ってしまった? セイリュウ? ……と恐る恐る近づこうとする。

「ま、いっかー。トモもソラも、それでもいいんだよねー?」

 ニカッと笑い、僕もはは……と笑い返す。

 また爆発。

『防衛システムが暴走してしまったようだ。早くここから出なさい。ここは爆発する』

 僕はリモコンで白菊を再起動する。

 状況を理解した白菊はナギハシAIと同じ事を言う。

「ロボットは人間を担いで。ここを離れますよ」

「えー? お前一人でみんな担げんのー?」

「何を言っているんです。アナタはこちら側ではないですか。アナタはソラを担ぐんです」

「えー?」

 白菊は僕を担ぎ上げようとするが、

「いいよ、僕は走る」

「私も、白菊は叔父さんをお願い」

 白菊は反論する事無くカタナを担ぎ上げて走り出す。

 セイリュウが続き、僕とソラも走り出す。

 だがソラが足を止めたので、どうしたのかと僕も倣う。

 ソラは部屋に据えられた大きなコンピューターを見上げた。

『さようなら、ソラ』

「さようなら、お父さん」

 爆音がすぐ近くで聞こえ、僕達は走り出した。

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