第21話 ナギハシ
僕達は白菊の運転する車に身を押し込んでいた。
「なんでこんな小さいんだよー。科学主任って給料安いのかー?」
僕達を乗せているのは赤くカラーリングされた可愛らしい車だ。二席並列で後部は小さな荷物を乗せられる程度だ。
運転している白菊以外は身を重ねるようにして詰め込んでいる。
「ミズキは無駄を嫌う人ですからね。小回りが利いてバッテリーが大容量なのです。ちなみにエアバッグもありませんので注意してください。自分には必要ないとかで」
運転に自信があったんだろうか。
「平らな道を選んでくれー、苦しい。あー畜生! せめてあと一人少なけりゃあなぁ」
一番下になっているセイリュウが珍しく毒を吐く。
「何よ。文句があるわけ?」
一番上に乗り掛かっているソラが食ってかかる。
文句はないけど僕だって反対だ。
問題の廃施設はソラもよく知っている。
何しろ父親の持ち物だったのだ。
まだソラも小さかったが、お弁当を届けたりしていたので入り方も内部の道筋も知っている。
僕も何度かついて行って、迷子になった事もある。結構大きくて入り組んでいた記憶がある。確かにソラの案内があれば安心だ。
だが僕達の目的を話したら案の定ソラは怒りだした。
身内が世間を騒がしている事件の首謀者だと言われたのだから当然だろう。叔父さんが首謀者なら危険だから連れていけない、首謀者でないんなら何もないんだから無駄足なので連れていく必要がない。
どう転んでも大丈夫な対応を用意して当たり、暗証番号と怪しい所の道順を聞き出して置いて行こうと思っていたのだけど、そう簡単にはいかなかった。
こうなってはむしろ無駄足あってほしいとさえ思う。その時は、後で僕達が大変な事になるんだけど……。
キキッとブレーキ音と共に車は停車、僕達は前につんのめった。
「到着しました」
窮屈な車から降りて思いっ切り息を吸う。
一息ついてから辺りを見ると、そこは確かに何かの施設のようだ。第一印象で言うなら飛行場。
小さいが滑走路も確かにあるようだ。開けた場所に倉庫のような建物が並び、変電所のような物も隣接している。
ただ真っ暗で、完全な静寂に包まれている。
「電源は生きているようですね。ただ最低限の防犯設備の為のものかもしれませんので、クロかどうかは分かりません」
入って確かめるしかないのか。
「どうしてこんな所で停まるの? 研究所の入り口アレだよ?」
ソラが開けた場所の向こうにある建物を指さす。
「何を言っているんです。敵の本拠地かもしれない所で、見通しの良い場所を車で走る潜入がありますか」
走るの? あそこまで? 200メートル以上はあるよ。
では行きますよ、と白菊は車から装備を取り出し、さっさと行ってしまう。
僕達も後を追うが、入り口まで直線ではなく、建物の陰に隠れるように回り込むので一層距離が長い。しかも身を屈めながらだ。僕とセイリュウは普段からやっているし、学校体育よりはキツイ訓練を受けているがソラはそうはいかない。
ソラを置いて行かないように加減しているが、白菊からも離れるわけにはいかない。丁度その間に位置するような感じで歩を進める。
ソラは早々に中腰を諦めているが、体が小さいので大丈夫だろう。
「入り口です。その為だけに連れてきた人の出番ですよ」
ぜーぜー言いながらソラは白菊を睨み付ける。
ソラはドアの前に立ち、電子ロックの暗証番号を押す。その後、読み取り装置に人差し指を当てた。
この為に、ソラには直接来てもらう必要があった。しかしかなり前の話だし、まだ登録が残っているかどうか分からなかった。閉鎖されて放置されている施設なら、と望みをかけた。
ロックのランプが緑に点灯する。解除されたようだ。
「行きましょう。ソラさんにはここに残ってもらうことを提案しますが?」
僕も賛成だ。それでワザとキツイ潜入の仕方をしたのかな。
「いいのー? 中にはまだ網膜スキャナーがあるよ?」
重要な部屋にはソラがいないと入れない。ソラはそんな部屋に用はないが、小さい頃のソラが、面白がってやりたがったので登録してもらったのだそうだ。
「そうですか、では片方でよいので眼球を貸してください」
ソラは手の平を差し出す白菊に舌を出して応える。
「仕方ありません。しかし武器も持っていない女の子まで守り切る自信はありませんよ」
白菊はドアを開けて中に入っていく。
「武器ならちゃんと持ってますよーだ」
毒づくソラの後に続いて僕もドアを潜った。
ソラは僕が守るしかない、とアークブラスターを握り締める。
しかし予想に反して中は真っ暗だ。
倉庫くらいの広さだが、ロビーだろうか。薄っすらと機械が並んでいるように見える。
電子ロックされていた割には、稼働している設備には見えない。このまま奥へ進めばいいのかな。
とにかく網膜認識の部屋へ行けば何かあるはずだ、と足を踏み出した時、部屋の明かりが一つ点いた。
また一つ、と順に明かりが点いていき、部屋全体が見渡せるようになる。
人の入室を感知して自動的に照明を点けるシステムが生きていたんだろうか。
でも部屋はかなり長い間使われていなかったように閑散として埃っぽい。所々サビもある。
そして部屋の隅に鉄製の旧型ロボットが並べられている。
この会社の製品なのだから、廃棄品が保管されていても不思議はない。
でも、なんか。異様な光景だ。
ソラも怯えたように僕の背に隠れる。
でもこれくらいで怖がっているようじゃあ、と背筋を伸ばす。
「トモ。女の子の前で格好をつけたい気持ちは分かりますが、恐怖というのは本能で危険を察知しているという事なんです。あなたの本能は、並べられたロボットがただ保管されているのではなく、何か意図を持って配置されていると感じとっているからです」
「意図って?」
僕が感じとった恐怖は……。
正面にあるロボットのLEDが光り、照明と同じように広がっていく。そして機械の駆動音と共に順に起動し始める。
「そう。侵入者の歓迎です」
ロボット達は、僕が襲ってきそう……、と感じた通りに一斉に迫ってきた。
白菊がライフルを発射し、近づいてくるロボットを薙ぎ倒す。
その激しい爆音に耳を塞いだが、ロボットは暴走しているのではない。明らかにこっちを攻撃してきている。僕達も加勢しないと。
「敵は数が多いです。ライフルを装填している時に隙ができます。その時に援護してください」
「これはもう。当たりって事でいいよなー」
セイリュウが叫ぶ。廃棄施設にこの警戒ぶり、確かにそうだろう。
「そうですね。ですが今の段階では警備システムの暴走で片付けられる可能性があります。有力な証拠とは言えません」
破壊したロボットの残骸をバリケードにしながら奥に進む。
ドアを潜り、廊下を抜けると更に広い部屋に出た。
三階吹き抜けで、今は水はないが噴水がある。
現役時代は羽振りのよさを示すゴージャスな空間だったんだろうと思わせる。
正面には大きなシルバーメタリックのメダルがドラのように張り付けてあった。
「あそこ。あのドアを通った先にあるの」
ソラが指すのは二階だ。ドラの下を通って階段を上らなくては。
噴水を通り過ぎ、階段に差し掛かった所で白菊が足を止めたので僕達もそれに倣う。
白菊はドラを見上げながら、僕達を守るように両腕を広げた。
途端、ドラが唸りを上げて壁から離れた。
「わっ」
落ちてくるのかと思って後ずさったが、ドラはゆっくりと壁を這う。
ドラは四本の足を延ばし、クモのような動きで壁を移動する。
ゆっくりだがかなり大きいのであっという間に目の前まで降りて来る。
「建設作業用のロボットのようですね。ビルの外壁に張り付いて溶接を行う」
「落ち着いて解説してる場合かよー!」
逃げないと。僕はソラの手を引いて走る。
「へっ。デカすぎだよ。真下が安全地帯だぜぇ」
セイリュウがクモロボットの腹の下に入り込む。
「そこは危ないですよ」
白菊の声に「え?」と反応する間もなく、セイリュウの目前に光の線が落ちた。
高熱を帯びた線は金属製の床にコゲ跡を残す。
「わあっ!」
ジジジとにじり寄って来る熱線を尻餅をついたまま逃げる。
「外壁溶接用だと言ったでしょう」
そんなんで分かるか! と毒づきながら射程圏から逃れ、腹にアークブラスターを打ち込むが、びくともしないようだった。
なんて固い装甲だ。僕はクモのように細い足の関節部を狙うが、常に動き回っている為に狙いがつけられない。
白菊もライフルを連射するが、関節も硬く効果が薄いようだ。
「無理だよ、逃げよう。いったん戻ろう」
奥へは進ませてくれないが、戻るならできるだろう。狭い廊下は追ってこられないはずだ。
「逃げた後にドアを溶接されたら、侵入の手段を失いますよ。それにもう侵入がバレている以上進むしかありません」
うう……。
「仕方ありません。ロボットから離れてください」
白菊は言うと、バックパックから取り出した分厚い円盤をロボットに投げつける。
円盤はロボットのドラの部分に吸い付くように張り付いた。磁石のようだ。
「伏せて」
白菊の言葉の意味を理解してソラの手を引いて走る。スライディングするように足を踏み切るが、滑ってソラの手を放してしまった。
「ソラ!」
慌てて振り向くが、僕の体はもう宙を飛んでいる。反応できずに立ったままのソラの体はどんどん僕から離れていった。
ソラの背後でクモ型ロボットが光に包まれた。僕は堪らず目を閉じる。
爆音、衝撃。
僕の体は爆風で更に飛ばされ、体に金属の破片が突き刺さる。
ほとんどはプロテクターで防がれたがそれでもかなり痛い。いくつかは打ち身になるほどの衝撃だ。
「ソラ!」
爆発が収まると直ぐに体を起こして振り向く。
煙の中に、丸くなった繭のような影が浮かび上がる。その影は起き上がると、防弾布の下にある小さな影に声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
白菊が髪のようなマントでソラを守っていたのだ。
「う……。ええ、大丈夫。ありがとう」
ソラは目が回っているように頭を押さえていたが、白菊はソラの頭を両手で挟むようにして顔を覗き込む。
「ふむ、網膜は傷ついていないようですね。さあ扉を開けてください」
投げ捨てるようにソラを放して扉に向かう。
ソラは白菊を指差し、僕に何か言いたそうに口をパクパクさせたが、AIのやる事だから……、と苦笑いを返すしかなかった。
ソラが網膜スキャナーに目を当てると扉は開いた。
こちらもそのままだったようだ。当時の背丈ではスキャナーに届かなかったので問題にされなかったのかもしれない。
扉を抜けた先は研究室のようだった。
正面中央には大きなコンピューターが据え置いてある。ただ型が古いというか、即席感があるというか、大昔のアニメなんかの秘密基地のコンピューターを連想させる。
だけどパネルには光が明滅し、ガラス管はプラズマのように光り、飛び出した電極は落雷のように放電していた。
このコンピューターは動いている。これが、ロボットに指令を与えているのだろうか。
「これを破壊すればいいのかー?」
「しかし大きいですね。破壊する為の爆弾はさっき使ってしまいました。爆裂弾だけでは心許ないですね」
それにコンピューターを破壊しただけではただの器物破損だ。また同じ物を作られたらそれまでだし、これが元凶なのかどうかも分からない。
まずは調べてみなくては分からないのだが、こんなコンピューターは見た事がない……、と白菊も難色を示す。
だが、ソラが訝しげにそろそろとコンピューターに近づく。
『ソラ?』
突然コンピューターから音声が発せられる。
「……お父さん?」
僕は驚いてセイリュウと顔を見合わせ、ソラとコンピューターを交互に見比べる。
『大きくなったね』
「お父さん……」
ソラはふらふらと吸い寄せられるように歩いて行った。
「これは……、AIです。大昔にソラのお父さん、ナギハシ博士が作った人工知能です。おそらくは博士の意志を移し替えた……。あの当時に、既にそれを完成させていたんですね」
『そういうキミはミズキの作ったAIだね? 彼女はワタシの生徒の中でも一番優秀だったからね。彼女なら、いつか完全に意志を移し替えたようなAIを開発すると思っていたよ。もっともそれが危険視される事を恐れて、ワザと機械的な物言いをするように作るかもしれんがね』
「さすがは博士ね。でもそれはハズレよ」
どこが!? やっぱり主任の分身なんじゃないか。
ソラのお父さん、名木橋の意識を写し取ったAI、ナギハシAIは、名木橋が研究を進めるサポートをする為に作られた。元々名木橋の思考がベースな上に、名木橋の下で学習していった為に限りなく本人に近い考え方をするが、やはりAI。全く同じ存在ではないのだと言う。
「お父さんじゃないの?」
ソラは両目から涙を零す。
『ああ、ソラ。そうだよ。キミのお父さんは死んでしまった。ワタシはその残滓(ざんし)に過ぎない。だけどね、お父さんはキミを愛していた。それだけはワタシが保証しよう』
「一つ質問です。ロボット騒ぎの犯人はアナタですか?」
白菊は単刀直入に聞く。
『その答えはイエスでありノーだ。ロボットを作ったのはワタシだし、それを動かすAIを作ったのもワタシだ』
「そ、それは生前のソラのお父さんがやったって事? アナタはただのAIだと?」
ソラにとっては酷な答えが返るかもしれないが、今は重要な事だ。
『いや違う。ロボットの暴走は彼の死後だ。彼は関係していない』
「そんな事はどうでもいいです。アナタは博士の意志なのでしょう? やったのが本人かAIかは置いといて、犯人はアナタなのですか?」
『ワタシは科学者だ。ナギハシの遺志を受け継いで、人間のように行動するAIと、骨格となるロボットを作った。人間の中に完全に溶け込めるロボットを作る事が出来て嬉々としたのは事実だよ。だがワタシはただのAI。ワタシに出来るのは、この部屋にある物を見聞きする事と話す事だけだ』
「つまり黒幕は他にいるという事ですね」
「その通りだよ。私が黒幕だ」
奥の扉から出てきたのはスーツを着た男。かなり年配の人だ。
「叔父さん!」
「やあ、ソラ。しばらくだね。また大きくなったんじゃないか?」
これが……、ソラのお父さんの弟。ナギハシサイバネティックCOを引き継いだが、暴走騒ぎの責任のゴタゴタで表舞台から去った。
だけど、ここにいるという事はその後もずっとロボットの製造を続けていたという事になる。
「自白までして頂けるのは話が早くてありがたいのですが、あっさり認めるという事はここを見つけられて観念したのか」
白菊は一泊置いて、予想通りと言うか不吉な事を言う。
「ワタシ達をこのまま帰さない手段があるのか、という事になるのですが、ワタシとしては前者である事が望ましいのですが」
「そうだろうね。アッサリ認めるには何か裏があると? しかし君達もそんな物騒な物を持って、たまたまここに迷い込んだわけではあるまい。しかるべき根拠があっての事だ。しらばっくれた所で時間稼ぎにもならん。こっそり逃げ出しても、そのAIが何もかも話してしまうかもしれないしね」
以上がアッサリ黒幕だと認めた理由だ、と落ち着いた様子で語る。
「そして出てきたのは君達をこのまま帰す事が得策ではないからだ。子供とロボットの言う事を信じる者はいなくても、ここを壊されでもしたら大変だからね」
ソラは信じられないものを見るように口元を手で覆う。
「ソラ、心配しなくてもお前を傷つけたりはしないよ。どの道近いうちにここに招待するつもりだったからね。ここにはお前のお父さんもいるんだ」
『ソラ。ワタシはお父さんの意識を写し取ったAIだが完全ではない。ワタシは君に、何も与えてあげる事はできない』
「他の者も何も傷つけようってわけじゃない。ただ邪魔さえしなければいいんだよ」
ソラの叔父さんは優し気な笑みを浮かべて、敵意がないように振る舞っているが、何か不穏な空気を感じずにはいられない。
「いずれバレるものとは言え、私の予想よりも遥かに早かったな。どうしてここが分かった?」
警察は何度もここを調べてもう気が済んでいるはずだ。警察機関にも息がかかっているので疑っていれば分かるはず、と付け加える。
ハッキングして回線が繋がった時に、ここのモニターに僕が映った。その時マイクも有効になっていた為、ナギハシAIの僅かな呟きを拾ったんだ。
「そうか。あの時のアークが、ソラの友達だったとはね。よくソラと遊んでいた子だね、覚えているよ」
意図的に暴走させたのなら立派な殺人未遂だ、と白菊は告げる。
「叔父さん……。叔父さんは、トモを殺そうとしたんですか?」
ソラが震える声で言う。
「おおソラ。お前の友達だと気付いていればそんな事はしなかったよ。それに私は計画の妨げになる物を排除するようにシステムを構築しただけだ。私は何もしていない」
そしてこれからも何もしない、と続ける。
「君達だって私を殺しに来たのではないだろう? そしてここは私の居城、いわば君達は敵の腹の中にいるんだ。そして私はあっさりと姿を現した。不利なのは君達の方だと思わんかね」
あれだけのロボットが襲って来たんだ。それにもっと強力なロボットもいるのかもしれない。
僕達に彼を殺す事が出来ない以上、立場は対等か、若干不利なのは否めないんだろう。
「アナタの目的は何?」
「それを聞いてどうするんだね?」
「ワタシ達はここに来たワケを話したのです。アナタもネタバラシをしてもいいのではないですか? 冥土の土産だと思えば安いものでしょう」
「そんな事をして、私に何の得があるのかね? と言いたい所だが、私も教壇で講義をしていた事もあるからね。人に教えるのは大好きだ。特に私の話で人が驚く様を見るのはね」
ソラの叔父さん、名木橋 カタナは遺伝子工学を専門とする科学者だ。
そしてソラのお父さんはロボット工学。畑は違うものの二人の仲は悪くなかった。
カタナは遺伝子の組み換えやクローン技術に精を出し、ソラのお父さんはロボット技術、AIの開発に専念した。
ソラのお父さんは機械で人間を作り、カタナは培養器で人間を作る。道は違っても到達点は同じだ等と言い合っていた。
そしてソラのお父さんは人間とほとんど同じように考えるAIを作った。それがナギハシAI。
その時点ではとても大きなもので、速度面などの問題点もあったが、ソラのお父さんとナギハシAIは、ツインCPUのコンピューターのように互いを助け合い。ロボット技術は加速度的に進歩した。
一般家庭にロボットが普及し、ロボット産業の時代がやってきた。
だが、ソラのお父さんはその功績が認められる前に事故で亡くなってしまう。
「誓って言うが、その事故は私が仕組んだんじゃないぞ。私を安い三流小説の悪役と一緒にするな」
少なくともその時点ではカタナの研究に兄の支持は必要不可欠だった。兄を失ったカタナは打ちひしがれたが、現実はもっと残酷だった。
元々二人とも政府の援助で研究を始めたものだ。
カタナの研究はまだまだ時間のかかるものだったが、ソラのお父さんが亡くなった時点で政府はプロジェクトから撤退した。
現在のロボット技術で技術躍進は十分だと切り捨てたのだ。
納得はいかなかったが、遺伝子技術が身になるにはまだ時間が必要だったし、成果を見るまで支えてくれるはずだった兄はいない。
止むを得ず、ロボット技術を公開して、カタナは表舞台から消えた。
だがカタナにはまだナギハシAIがいた。
ロボット技術で得た富で研究を続け、ついにナギハシAIと同等の人工知能を持つロボットの骨組みに、クローン技術を応用した人の皮を被せる事に成功した。
だがこの時点では金属の骨格に肉を被せただけの物。人としての生活をしていればいつかボロが出る。
食事、排泄、入浴など擬似的に行えるくらいにはなるも、まだまだ不完全だった。実際結構見つかっている。
だがカタナとAIの結束のおかげで、クローンの内臓をそのまま利用したロボットを作り上げる。骨格もカーボン製で、より判別が困難な人間に近いロボットができた。
それらを人間の中に溶け込ませ、AI自身も自分がロボットだとは知らずに生活する。
だが必要な時には彼らを自由に操る事ができるのだ。
「政府、銀行、軍隊。それらの中に潜り込んだロボットが、都合のよい時に自由になる。すばらしい事とは思わんかね」
「そんな事させるか! その為にオレ達アークがいんだよ」
セイリュウがカタナの前に立ち、アークブラスターを向ける。
「悪りぃけどなおっちゃん。抵抗する者には発砲の許可が下りてんだぜ」
それは本当だ。場合が場合なんだ。カタナは僕達の罪と引き換えにしてでも止めなくてはならない存在だ。でも……、ソラの前だ。
「撃てもしない銃を向けるもんじゃない。さぁ、こっちへ渡したまえ」
カタナもそれが分かっているのか、銃口を向けられても物怖じせず歩み寄る。
「く、来るな! 本当に撃つぞ!」
セイリュウは後ずさりしながら警告するが、誰が見ても撃ちそうにない。銃口もやや上に向けて狙ってもいない。
セイリュウは観念したように銃を引き、顔の前に持ってくる。やはり白菊に任せた方が得策だろう。
「ロボットは私には逆らえない」
「白菊はあなたの思い通りには動きませんよ」
いやいやそっちじゃない、とカタナは首を振る、とその時、バン! と銃声。
セイリュウが発砲!?
上に向けて撃った為、弾は天井で爆裂したようだ。だけど……、今、顔の前で撃ったように見えたけど……、とセイリュウの後姿を凝視する。
「ほら言わんこっちゃない。子供がそんな物持つとケガをするんだよ」
セイリュウは、顔の辺りから煙を出しながら固まっていたが、突然グキッと首を変な風に傾ける。
そのままこっちを振り返るとノイズ混じりの声を発した。
「やっぱりー?」
その顔は一部焼け焦げ、その内部を顕にしていた。片方の目はレンズで、カーボン製の骨格の中に配線が見える。
「な!? そんな!」
セイリュウが!? そんなバカな。
頭の中が真っ白になっていると、セイリュウは腕を突き出し、手に持っている物のボタンを押す。
その先にいた白菊はビクンと体を震わすとそのまま糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「このロボットはやっかいだからね。スイッチを切らせてもらうよ」
僕は事態が理解できずに、ふらふらと後ずさる。
「子供だからロボットじゃないと思ったのか? 確かにロボットをこのサイズに縮小するのは困難だ。クリアすべき問題が沢山ある割には目的もメリットもない。追求する必要がないんだ」
だが……、とカタナは嘆くように頭を振る。
「やはりAIになっても科学者だね。不可能だと言われると追求してみたくなってしまうんだよ。無理だと言われるほど対抗意識を燃やしてしまう。そしてついにやり遂げてしまった。技術は日々進歩しているんだよ。金と時間を無駄使いして……。だがそのおかげでアークにも紛れ込ませる事が出来た。まあ良しとしよう」
『トモくん。もうワタシ達にはかかわるな。君だけでも逃げてくれ』
その声に我に返り、ソラの手を取ってその場を逃げ出す。
ソラは手を引かれて走りながらも、何が起きたか分からず呆けているようだった。
まだ動いているロボットと出くわし、道を変えて走り回っているうちに迷ってしまった。
僕は手ごろな物陰にソラと隠れる。
息を整え、少し落ち着いてきたが、事態は悪い方に向かっている。
セイリュウが、白菊が……。僕だけで、ソラを無事に連れ出せるのだろうか。いや、それだけではダメだ。
逃げおおせても、カタナの計画が本当ならいずれ捕まる。警察にもロボットを紛れ込ませているような事を言っていた。
僕はソラを落ち着かせ、真っ直ぐに向き合う。
「ソラ、聞いて。僕はこれから叔父さんを、……倒さなくちゃいけないんだ。そうしないと、僕らだけじゃない、多くの人が不幸になる」
ソラはおろおろしながらも僕の目を見る。
「それにはまず白菊を起こさなくちゃならない。僕も再起動のリモコンは持っている。それには奴らの背後から近づく必要がある。君の案内が要るんだ」
そして……、僕はセイリュウを処理しなくてはならない。彼もリモコンを持っているんだ。
今持っているのはカタナかもしれないが、その時は? 僕が? 彼を?
そうならないでほしいが、まずは接近しなくては。
「よし、ロボットはいない。監視カメラもないな。ロボットに見つからないように行こう」
僕は物陰から身を乗り出すと、背後にいるソラが呟くように言った。
「ワタシが……、ミテルよ」
一瞬、言葉の意味が分からずにソラを振り返る。
だがソラの目は、その両の目はそれぞれがあらぬ方向を視ていた。まるでカメレオンのよう。
な!? と驚くよりも早くソラの手は僕の首へと伸びた。
そしてその手に力がこもる。凄い力だ。
ソラが!? そんなバカな、と思うも、僕の意識は暗い世界へと落ちていった。
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