第8話 五月雨愛士のモットー(1)

この世界について、まだまだ調べるべきことは沢山あるみたいだ。ハーピィ辞書(なお紙製ではない文字通りの生きた辞書)を紐に繋げて引き摺りながら、僕はのんべんだらりと見渡す限りの草原を歩いていた。足元には薄緑の草が生えていて、その上を僕の足が踏みしめ

続けてハーピィの尻が下敷きにしていく。


(エリ:ところでイトシさん。貴方は何処を目指して歩いているのですか?)


(イトシ:何処と言われても……適当?)


(エリ:少しは宿を目指して歩こうとか思わないんですか?食べ物も無い上、その天界製装備はもう1日も持ちませんよ?)


僕の今着込んでいるこの装備は、期間限定の装備品だ。天界で作られた装備は、その性質上この地上の空気に晒されている間に劣化してしまう。僕が天界では3日しか生きられないことと同じ理屈である。


この装備が消えないうちは、天界製ということもあり余程の攻撃を受けない限りは安心の作りになっている。「象が踏んでも壊れない」というCMを地球で聞いたことがあるけど、多分この装備ならシロナガスクジラが乗っても壊れない。


そして、僕が先程の戦いでハーピィを生け捕りに出来たのは主にスキルと装備のおかげである。


(イトシ:確かに僕は、制限時間までに安全な場所まで移動しなくちゃいけない。安全の要である装備が消える前に、そして腹がこれ以上減る前に)


(エリ:でしたら私がナビゲートするので、そこまで最短距離で歩いてください)


(イトシ:別にいいよ。僕は君に出来るだけ力を借りたくないし、それに宿ならここを辿ればなんとかなるよね)


(エリ:ここ?こことは何処ですか?)


(イトシ:ここだよ)


僕はどうせ見えているのだろうと考えながら足元の草を指さす。僕が先程から踏みしめている草は、周囲の濃い緑の草と比べて見た目が分かりやすく、そしてよく目を凝らせば道のように草原を曲がりくねっているように見える。


(イトシ:この草はよく馬車とか通る道に生える草だよ。周りの草と比べて色が薄いよね。この辺で馬車が定期的に走っている証拠だよ)


そして、ついでに僕は近くの木から棒を折りとって草むらをかき分けた。


(イトシ:それにほら、これって入念に消してあるけど多分焚き火の跡だよ。ここで野宿したって証だよ)


恐らくは行商人とかがこの辺で野宿したのだろう。つまりはそういう簡単な推理だった。


(エリ:それは凄い観察力ですね。確かにこの道を辿れば周辺一帯で最も近い、安全な街につけます。でも距離までは分からないでしょう?何故道を辿る時に逆の方向に行かなかったんですか?)


(イトシ:それは国の中心部がある方を目指したからだよ。距離はぶっちゃけ分からなかったけど、どっちがより離れているにしろ、辺境の村と少し小さな町ならそりゃ町の方が安全性が高そうだし飯にもあり付けそうだ)


この世界の地図は大体知っているし、木の枝の張り方などから方角と位置も予測した。自分の現在地が何処か分かっているし国の中心部に近いほど栄えている町が大きくなることも知っている。


(イトシ:要するに知識は何よりも重要な武器ってことだね)


(エリ:そのドヤ顔は辞めてください)


ついうっかりドヤっていたらしい。……以後気をつけよう。


「ああああ……いい加減辞めてくれーー……何か変なものに目覚めアグっ」


なお変なセリフを言いかけたハーピィは蹴り飛ばして黙らせておいた。我ながらひどい仕打ちである。


(イトシ:僕の記憶が確かなら、それぞれの街と街の間の距離は草原地帯でも最高20キロ程度でしかない。つまり、周囲に街が見当たらないこの状況でも普通は街が見えるはずだけど……)


薄緑の草が続く道を目線で辿っていくと、3キロほど先で急に途切れていた。


(エリ:気付きましたか、イトシ様?これは盗賊や獣の集団から身を護るための術式が作動している状態です。普段なら誰にでも感知できるようになっているのですが、現在それが働いているということは……)


(イトシ:……近くに敵がいる。分かっているよ)


っていうか僕自身が敵と認知されている可能性もあるのでは無かろうか。


……いやそんなはずは無い。だって考えても見て欲しい。少しボロい感じの学生服を着て、辞書にハーピィを一匹引き摺っているだけの少年だぜ?確かに髪はずっと切っていないからパッと見で目が合わないし、辞書を地面に引き摺って移動するのは少々常識ハズレかもしれないけど。


(エリ:それ不審者認定されるには充分な要素を満たしてますよね?まあ……イトシさんは不審者には見えても普通なら検問で取り調べするレベルになっている筈ですし、今のように結界が展開されるほどの大事にはならないでしょう)


(イトシ:するとやっぱり敵……か)


僕は目を開き、耳を澄ませて周囲を探る。敵の気配は何処から来る……。


……。


……。


……。


……ザワ。


(エリ:イトシさん!)


(イトシ:分かってるよ、エリ)


この気配は1つじゃない。ましてや獣が群れる程の数でもない。


(イトシ:忘れていたよ。この肌寒い時期、僕の故郷である地球でも有名だった凄まじい被害とトラウマを植え付けていく災害。自然の暴威。暴食の権化)


(エリ:この時期において極度に増加し、対策は逃げるしかないとされる――ッ!!)


おそらく目の前まで迫った町は、僕の姿を確認出来ているだろう。しかし僕を匿おうとすればイナゴの群れにまんまと襲われるハメになる。そしてこの世界のイナゴは地球のそれと比べ優に5倍以上の大きさであり、そして残忍に全てを食い散らかしていく。つまりイナゴであるにも関わらず雑食性なのだ。


目の前の僕の事も、食い物の一部と認識して喰いに来る。間違いなく。


(ヤバいヤバいヤバいッ!!)


僕は慌てて辞書を足元に引っ張りこみ、四つん這いにさせてその上に座り込んだ。


「《重力反転》ッ!!」


その上で自分を中心としたスキルの有効範囲ギリギリに――具体的には半径約1.5メートル――《重力反転》を隙間なく敷き詰めていく。


本当に隙間がないのか入念にチェックしていると、背筋がゾクリと震えた。


(来た……)


振り返ると、地平線の向こう側から死の叢雲が迫って来ていた。いや、死神の大軍と呼べばいいのか。それとも暴食の体現者だろうか?奴らを表す言葉は様々だが、つまり身を晒せば喰われて死ぬという事だ。


(エリ:すみません。こんな事くらい予想できたはずなのに。天界から降りる時に闇の眷属と戦闘になる可能性を踏まえて周囲に何も無い土地に降りていただいたのですが……こんな事なら、直接町の近くに降ろしていれば)


僕は落ち込むエリを励ます。


(イトシ:エリが《仲介神》なんて呼ばれている割にはおっちょこちょいで天然気質で稀にうっかりミスする事は知っているから、仕方ないよ。ドンマイドンマイ)


(エリ:それ励ましになっていませんよね!?どう考えてもディスってますよね!?)


急に騒ぎ出したエリは取り敢えず放置して、僕は対策を考え始める。取り敢えず隙間なく防護しておいたから、僕や辞書がすぐ死ぬ事は無いだろう。しかし神源スキルは使う度に体力を消費するはずだ。《意識反転》を使ってしまった為、このまま展開しておけば30分経つ頃には力尽きるだろう。


それなら……。


(イトシ:なあ、エリ)


(エリ:?急に何ですか?)


(イトシ:あのイナゴの群れなんだが)


(エリ:……はあ)


(イトシ:別に倒してしまっても構わんのだろう?)


(エリ:えっちょっと待ってくださいそれって死亡フラg)


(イトシ:倒される前に倒すべしっ!!)


(エリ:イトシさぁぁぁぁあん)


……それなら、30分以内に全てのイナゴを駆除すれば良いだけの話なのだ。

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暇つぶしに(神のスキルで)世界救っときます。 鷹宮 センジ @Three_thousand_world

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