第7話 五月雨愛士の遭遇 (3)

ハーピーの意識を《反転》させた池の畔からすこし歩いたところに小さな古ぼけた小屋があった。扉は薄く空いていて、中を覗いてみると閂の金具はすっかり腐って取れており土埃が満遍なく積もっていた。使う人がいれば床に足跡ぐらい付いてもおかしくないし金具が腐っていれば取り替えるくらいするだろう。


(イトシ:という事は、ここは長年使われていない……。拷問には絶好の場所だね)


(エリ:周囲に知的な生物の類は居ません。狼やら盗賊やら悪魔やらに襲われる心配はありませんよ)


(イトシ:りょーかい。おあつらえ向きだね)


まだ気絶したままのハーピーを地面に座らせて、閂の金具と同じく一部分が腐っている手近の鎖で両手(両翼?)両足を縛り上げる。多少心もとないけど、軽く引っ張ってもちぎれなかったし多分大丈夫だろう。


「さてさて、もうそろそろ起きてもらおうから」


僕は一度会敵してしまえば相手に容赦しないし、全力で戦いに行くのだがそれ以外での暴力やら殺生やらはあまりしたくない。自分や他人の為になるなら躊躇しないけど、無駄なことをして時間やら体力やら浪費するのはゴメンだ。


なので……


「フゥッ……」


「ウヒョッ」


細く長く先端が鋭利に肌をくすぐるイメージをしながら耳に息を吹き込んだ。

僕には様々な特技があるが、例え相手が気絶していても息一つで起こしてしまう脅威の吐息はクラスの女子に好評だった。何故かこの特技が知られると、前後左右の女子達に「私が居眠りしていたらその方法で起こして!」と頼まれてしまった。それから数日は次々に居眠りする女子達に半ば酸欠状態になりながら息を吹きかけて起こした。クラスの担任から禁止されるまでその地獄は続いたのだった。


余計なことを思い出していると、口をムニャムニャさせながら起きたハーピーが戸惑い始めた。


「くすぐったいなぁ……って。何だここ。俺は確か天界人を…トドメ刺そうとしたら急に…意識が……」


「やあ、おはようハーピーの少年」


「だっ誰だよお前…ふぇ!?天界人!?俺が半殺しにしたはずなのに!?」


「そうさ、僕が君から受けた攻撃の一切を受け流した上で返り討ちにしてあげた少年さ」


「くっそがぁぁぁ」


プライドを傷つけられて叫びながら暴れるハーピー。それを見てついつい薄笑いを浮かべてしまう僕は我ながら本当にSである。


「さて、本当はこんな真似するのはどうかなと思ったんだけど。やっぱり僕はこの世界に来たばっかりな訳だし現地の人間である君に情報確認と行きますか」


「はぁ?この世界に来たばっかり?お前ひょっとして天界人じゃ……ってお前やめろ!何するムゴムゴ」


ハーピーのボロボロ上着からちぎりとった布で一度猿轡を咬ませておく。


「さーて、これから拷問の練習をしようと思っているんだけど……ぶっちゃけ戦い以外で血は見たくないので特殊な拷問がこの世界の奴に通用するのか実験しようと思います!」


「モガっ!?モガモガモガァ!?」


「その拷問とは……ズバリ『くすぐり』だぁ!!」


事前に解しておいた両手の指を総動員してハーピーの脇をくすぐりにかかる。


「ゴフッゴッヒョ、ヒョフッ。ヒョフォフォフォ。ゴヒョヒョヒヒヒャヒヒャ!!」


思っていたよりも簡単に笑い出すハーピー。これはやはり地球の人間よりもハードな環境に生きるせいで感覚が鋭敏だからなのか?それとも単にくすぐられる事に慣れていないのか。


(イトシ:興味は尽きないな……)


(エリ:この変態ドS野郎め)


(イトシ:甘んじてその呼び名は受け入れよう)


褒め言葉である。


(エリ:もうそろそろ止めないと、そこのパーピィさん死んじゃうかも知れませんよ。割と冗談抜きで)


「ゴビュヒュヒャヒュ、ヒャヒュ、グビュ」


エリに注意されてふとパーピィのことを思い出して単調にくすぐっていた両手を戻す。口から泡を吹いてぐったり白目になっているパーピィの姿は見ている者に涙を誘う。


パーピィに咬ませていた猿轡を一度ズラして、呼吸が何とか止まっていた所でパーピィに話しかけてみる。


「で、何か話す気になった?」


「は、はひ」


涙目のパーピィを見てもう少しいじめようかと思ったが、それは内緒だ。


(エリ:この外道)


……エリには筒抜けだったけど。


「僕の知っている情報なら何でもお話いたしますハイ僕はもう全身くすぐられたりなんてしたくないですのでお願いしますどうか僕の話をしっかり聞いてくださいではどこからお話すればいいでしょうかそうだまずこの世界のことをほとんどご存知ないのであればまずは世界の名前から「ゆっくり話そうか?」


「はひぅ!?」


何故か流暢でビックリするほどお喋りになったパーピィをたしなめてから話を聞くと、自分の読んだ本よりも詳しく状況が分かってきた。やはりこういうことは天から見下ろす神様に聞くより現地で生き足掻く人間に聞くほうがいい。


~・~・~・~


この世界――僕のいた世界を「地球」と呼ぶなら――「アトモスフィ」に生きる人間たちは様々な種族で分けることができる。希少種であるハーピィや人魚族などを除けば五つの勢力が有名らしい。


まず器用貧乏ながらその生まれながらに持つ頭脳と稀に生まれる特別な存在に頼ることで生き残ってきたトルク族(詳しい特徴を聞くと、どうやら地球人とほぼ同じ特徴を持つらしい。目や髪の色は様々)。世界を乱すと判断した他の種族を弾圧するので他種族からは目の敵にされたり少し頼りにされたりする。謀略や嘘が他種族に比べて上手いので、歴史を紐解けば黒幕は大抵トルク族。ちなみに黒幕を倒す代表者もトルク族。


次に手先が器用で様々な武器を生産することで莫大な利益を得ていると噂のダウス族(白髪で瞳が茶色である事が特徴で、成長がトルク族で言うところの10歳前後で止まるので年齢が分からないのだとか。合法なアレの趣味を持つ人にとっては天国)。お金を貯めることとそれらを消費して新しい物を作ることが至上の喜びなんだとか。


そして代々に渡って特殊な魔法や弓術などの戦闘技術を継承しているフォーレン族(ずばりエルフ。髪の色は様々だが瞳が緑色で耳が少し尖っているらしい。平均して背が高めで美形が多いらしい)。傭兵として様々な他種族に雇われることが多く、森の賢者としてのイメージは全く無いそうだ。


トルク族から派生したと考えられている種族がアニール族(一見して様々な種族やモンスターの集合体に見えるが、特徴としてトルク族に獣耳や尻尾を生やし、その元となった動物の身体能力を活かせるという珍しい種族。同じ種族なので狼と兎のカップルも珍しくないそうだ)。トルク族に迫害された過去があるが、トルク族側で考えを改めようと活動した人物がいるらしくお陰で全滅は免れたのだとか。森に隠れ住んでいて、賢人と呼ばれるアニール族も存在するらしい。


最後に謎に包まれた種族としてノワイル族(青白い皮膚に紫系統の髪、青い瞳が特徴。全体的に魔法に長けた者が多い)。魔物を操り世界を侵略する輩もいれば正義や平和の名の元に暴走するトルク族を止める輩もいる、よく分からない種族。よって悪人の割合こそ高いが善人である可能性も捨てきれないので悪即斬っ!とする前に話を聞くといいらしい。性格が極端なので裏表がなく、悪人なら正々堂々と悪を、善人なら正々堂々と正義を語るそうだ。


~・~・~・~


「それでですねこの種族たちは互いに平等な関係を結び協力し合うこともあれば敵対することもあり今まで僕が知る限りにおいては争いもしばしばだったそうでしかし近年においては平和な時代が「黙れ」


「ムギュッ」


エリ相手に振るったそれと比べれば親の肩を叩くより弱く当てた手刀はあっさりパーピィを気絶させた。どうやらこの世界に来てから身体能力がおもったより上昇しているらしい。最悪ハーピィの頭から上が飛んでいた手刀だったが、何とか手加減に成功したらしい。


「しかし、こいつどうしようかな」


仲間に入れるには弱すぎるし、奴隷は趣味悪いし、逃がすと何か面倒になる予感がするし。まさに未知との遭遇。敵でも味方でもないこの捕虜はどう扱おうか。


悩んだ挙句に当分は生きた辞書として飼うことにした。ハーピィは意外と頭が良さそうだ。なぜ天界から降りてきたばかりの僕に頭悪そうな感じで襲ってきたのか分からないが、その理由はおいおい聞くとしようか。

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