第4話 座敷童顛末・兆し・その壱

不思議狩り。

癒し系あやかしサイト『姫蓄亭』の管理人漆目。

『まき餌』兼『妖怪探知機』の後輩、Kを引き回し、

あやかしと人間の共存を願いつつ。

今日も今日とて不思議狩り!

今宵の顛末、座敷童の弐。


東京駅で新幹線に乗る頃には盛大に降りまくっていた雪が、福島を過ぎる頃にはすっかり上がり、目的地に着いた頃には爽快なくらいに晴れ渡っていた。


「どうしますか?漆目さん。旅館までは駅から車で5分って書いてありますけど」


旧JR東北本線、現在は銀河鉄道なんて小洒落た名前の付いた第三セクター運営鉄道。

目的の旅館がある温泉郷の駅に着くなり、Kくんが地図を片手に頼りなげな声を上げる。

解らないでもない。


降り立った小さな田舎駅には駅員こそ居るが、客は私達2人だけ。

駅前広場と呼ぶにはあまりに狭い停車場のような敷地は、雪かきもされていない銀世界。

そこに、誰を待つというのかタクシーが2台停まっているだけで、こちらも人影すらない。



駅敷地の外には、くたびれた(失礼)居酒屋の建物が一軒、駅の敷地と道路に挟まれた三角形の狭小地に生気無くポツンと立っているだけで、駅前の商店街のようなものは見あたらず、駅前から100メートルほど先にある大通りまで続く道の両脇には、真っ白な畑地が続き、その中に点々と民家の影を見ることは出来たが、昼近くだというのに通りには人っ子一人歩いていない。

1㎝雪が積もれば交通機関が完全に麻痺してしまい、マスコミがテレビではしゃぎ回る世界から来たKくんには、こんなうら寂しい雪道の中を歩くと考えただけで心細さが臨界状態であったことだろう。

まあ、私にしてみても、この情景を見る限りでは、それは似たり寄ったりの心境が無きにしもではあったが。

車で5分という事は、徒歩20分といったところか。


「歩こうか」


「えっ?」


私が呟き歩き出すと、驚くような声を発しはしたものの、しっかり覚悟は決めていたらしく、Kくんは素直に私の後について歩き出す。


町を感じる。


ただの自己満足以外の何ものでも無いことは解っているが、まずは、理屈や形から入る。

日本人とはそう言う物だと言うのが私の持論(笑)


「こんな雪の中で、道に迷ったらどうします?」


心細げにKくんが尋ねる。


「それは無いな」


私は確信していた。


「こんだけ寂れた田舎町だ。お目当ての温泉郷以外に目立つものは何にも無いと思うよ。であれば、嫌でもたどり着くような案内がそこかしこにある筈さ」


「そんなもんですかねぇ」


凍り付いた雪の固まりがそこかしこに残る歩道。滑りそうな足下におっかなびっくりの足取りで、先に行くオイラの後を着いて来ながら千羽くんが不安げに呟いた。


「そんなもんさ」


私は、そんな千羽くんに前方を指差してみせる。

そこには、

道路上空に張り出して設置された案内標識。

道の法に立った3メートルはある巨大な三角柱の広告塔。

あちこちの電信柱に巻かれた派手な広告板等々……。

そのいずれにも。


『座敷童の里○○○温泉郷』の文字が踊っていた。


ほかの季節ならば、まわりに展開する野山の深緑や、或いは紅葉の中に溶け込んで、それなりに観光地の情緒も感じたかも知れないが、白一面の殺風景なこの景色に己を主張するように乱立するその看板達は、あまりに滑稽。

そしてあまりに興ざめなお出迎えであった。


「わあー、ほんとだあ!ありがたいですねぇ、漆目さん!」


馬鹿発見。


「漆目さんて凄いですねぇ、なんでも解っちゃうんですねぇ」


「うるさい!黙れ!喋るな!馬鹿が染る!」


「もーう、漆目さんてばツンデレなんだらあ」


「今度なんか言ったら置いていく」


「あっ!待ってくださいようー!」


「さっさと歩け!大体なんだその格好は、セーターやらフリースやら着込みやがって!オマケに分厚いスキー用みたいなジャンパー。そんなだからモタモタとしか動けないんだ!」


私にそう言われると、Kくんは心外だと言うように立ち止まって口を開いた。


「そんなこと言いますけどねぇ漆目さん!さっきの駅にあった温度計見ましたか?0度ですよ、0度!今、お昼ですよねぇ!漆目さんがおかしいんですよ!薄っぺらいセーターにレインコートみたいなマウンテンパーカーなんて……。あんまりやせ我慢すると身体壊しますからねー!」


このやろー。物を知らない奴に言われたくないわ!


「オイラのセーターは特別製だ!繊維が中空になっていて熱をため込むんだ!オマエみたいにクズ布重ね着してるのとは違う!このパーカーだって裏地に反射繊維が縫い込んであって体温で暖が取れる様になってるんだ!動きやすさと身体への負担を考えた上での組み合わせだ!」


「ああ、まあ、おトシですしねぇ」


ウ・ル・サ・イ……喰ッチマウゾ……。


まあ、そんなKくんのお陰でか。

駅から旅館までの雪道はまったく退屈することなく、あっと言う間に目的地に着くことが出来た。


「ほんとに、ただただ普通の田舎道だったなあ」


呆れるほどに何もなかった今来た道を振り返って、私が呟く。


「人にも会わなかったし」


「そんなことより、漆目さん。これからどうします?まだ12時になったばかりですよ?たぶんチェックインて3時頃ですよねぇ」


まがりなりにも温泉郷を名乗っている観光地である。

暇を潰すには何かしら名所か名物があるだろう。

としても、すっかり晴れ渡ったこの空の下、散策するには、家から持ってきた傘が邪魔だ。


「とりあえず旅館に顔を出して近くの食堂でも紹介してもらおう。チェックインの時間も確認したいし。それに、荷物ぐらいは預かってくれるだろう。少しまわりを散策したいが荷物はおっくうだ」


特に傘が。


まわりはこれ以上に無いくらいな晴天なのだ。

土地柄、傘を持ち歩いていたところで観光客とは感じてくれるであろうが、厳つい傘を杖のように突きながらの姿はあまりに辺りと釣り合いが悪すぎで、みっとも無いし、うざい。

Kくんに同意を求める様なのは口ぶりだけで、返事は待つこともなく、オイラはさっさと旅館の敷地へ進み入る。


旅館の駐車場は一面が白い雪で覆われており、はずれには宿泊客の送迎用と思われる旅館の名前が入った白い自家用車が一台停まっていた。が、車のまわりに積もった雪にはタイヤの跡が無く、車の下の地面は雪もなく乾いていることから、この天気と雪の積もり加減からみて、2、3日はそのままその場所から動いていないであろうと推測できた。

ほかにも車は二台駐車していたが、二台とも県内ナンバーなので客の物かどうかは不明。

ただし、こちらは積もった雪の上に駐車されていたので最近移動した物と思われた。

玄関の前には円形の花壇が設えてあり、枝振りの良い松の木が植え込まれている。

松の脇に、道標のような木製の標示物が立ててあり、その松が皇族の者が手植えした物である旨が示されていた。



はめ込みガラスの引き戸をあけて旅館の玄関に入る。


「ごめんください」


寒々とした暗い玄関は、しんと静まりかえり人の気配すらしない。


「ごめんくださーい」


Kくんが私に続いて声を張り上げると、緑色の旅館の半被を羽織った中年の男性が2人、返事をするでもなくのそりと現れ、何事かと戸惑うように私達を見た。


「申し訳ありません。今夜お世話になります漆目と申します。じつは少々見当を違えてしまい早くに到着してしまいました。チェックインまでの間、辺りを散策したいと思いますが、出来ましたら荷物だけでも先に預かってはいただけないでしょうか?」


「ああ、そうですか、勿論かまいませんよ」

男の一人がそう言って手を差し出す。

私とKくんはバックと傘を男に渡し、身軽になった私が話を切り出す。


「それと、チェックインは何時になりますか?」


「はい、4時になります」


これは予想外。

考えていた時間よりもずっと後だ。

まあ、でも、これは致し方ない。チェックインの時間を確認しなかったこちらの責任。

あとで、Kくんを叱りつける事にする。


「でも……」


旅館の男が、12時を少し回ったばかりを指している、壁にかかった時計を見ながら口を開いた。


「3時頃なら。準備を整えておきますので、お部屋にお通しできると思います」


さすがに4時では気の毒だと思ったのか、男はそう言って相棒の男に目配せすると、相手の男が同意するように小さく頷いた。


「ああ、それはありがたいです。それと、時間をつぶせるような観光場所か施設が近くにあれば教えて欲しいのですが、出来れば食事が出来る施設がいい」


「この旅館までは車で来られたのですか?」


先ほどから応対している男が尋ねてきた。


「いいえ、違います」


と、私。


「電車の旅です。駅からは歩いてきました」


私がそう答えたのを聞くと、男は表情を曇らせ、一瞬、別の男と顔を見合わせる。


「このあたりには、なにも……何もありませんよ……」

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座敷童に会いに行く 漆目人鳥 @naname

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