第3話 座敷童顛末・事の前

不思議狩り。

癒し系あやかしサイト『姫蓄亭』の管理人漆目。

『まき餌』兼『妖怪探知機』の後輩、Eを引き回し、

あやかしと人間の共存を願いつつ。

今日も今日とて不思議狩り!


今宵の顛末、座敷童の壱。


今回の目的地は、東北のと或る温泉郷。


そこに、妖怪『座敷童』の住まわす旅館が有るという。




そこの旅館の特定の部屋に出現するらしい。


その座敷童に逢えると幸運にあやかれるという風説のせいもあり、残念ながらその部屋は、もはや来年まで予約で一杯とのこと(!)


なので当然、オイラ達が泊まるのは、同じ旅館ではあるがの噂の部屋とは別の部屋。


件の部屋に泊まったからといって絶対に現れるという物でもないそうだし、縁があるのならば廊下ですれ違うこともあるだろう(笑)。


と、言うことで自分的には全然OK。

座敷童のでる宿があるという話はなんとなく聞いていたが、オイラはそれが岩手県の『遠野』だと思い違いをしていた。


当初は、冬の遠野も情緒があっていいかもと、計画した旅行だったが、調べるうちに遠野よりもさらに北の地であると判明。


あんまり遠すぎて、そこがどこなのか把握しきる前に計画が進んでしまったという次第。


途中で何度か中止しようかとも思ったが、何か楽しげなお膳立てについつい流されてしまいました(笑)


東京駅am6:30




出発当日はなんと、関東でも久しぶりの本格的な降雪模様。


関東から東北へと行くに連れて雪景色に移り変わる車窓の情緒を楽しもうとしていたのにどこもかしこも最初から真っ白けと言うなんとも残念な結果の中の出発となってしまった。

それにしても。

電車で5時間。


「遠いなあ、Eくん」

「逢えますかねぇ、座敷童」


東北新幹線『はやて』の指定席、通路側に座っているEくんが期待に目を輝かせながら、それでもどこか不安げに呟く。


「逢う?」


何やら勘違いをしているEくんの言葉尻を掴んで私が尋ね返した。


「ええ。だって会いに行くんでしょ?座敷童」


Eくんが困惑気味に答える。


「逢うというのは何に逢いに行くのだ?キミは?」

「だから、座敷童ですよぉ」


Eくんはオイラが何か悪質な冗談を言っている物とでも思ったらしく、にやけた笑いを返して来た。

いまさら説明するのも面倒なくらいの基本ではあったが、少々退屈していた所だったし、呼び水に乗ってみることにした。


「では聞くがEくん、キミが座敷童を見たとしよう。で、キミの見た物が座敷童であると一体どうやって確認するのだ?」

「え?」


Eくんは短くそう言うと少し考えた風にして続けた。


「えーと、おかっぱ頭の和服を着た小さな子供で……」


悩んでいる。

それはそうだろう、見たことの無い物を表現できる筈がない。


「漆目さん、座敷童ってどんな格好をしているんですか?」


あえなくギブアップ。


「例えばEくんの言うように、座敷童はおかっぱ頭の和服を着た小さな子供の姿をしているとしよう」

「?」

「その子供が今から行く旅館の座敷をうろついていたら、それは座敷童か?」

「そうでしょう?」

「では、そんな子供がEくんの家の居間にちょこんと座っていたら、それは座敷童か?」

「はぁ?」


Eくんの顔がどんどん難しくなっていく。


「Eくんの家の居間に居る、おかっぱ頭の和服を着た小さな子供が座敷童か、それとも近くのガキがいたずらに上がり込んだのかをどうやって区別するのかと聞いている」

「何いってんですか!漆目さん!そんなのは近所のガキに決まってるでしょう!」

「なぜ?」

「私のうちに座敷童がいるはずないからです!いわれがありませんよ!」


Eくんがきっぱり言い切る。


「突然目の前に降って湧いたように現れてもか?」


私がそうたたみ掛けると、Eくんは一瞬怯んだが、すぐに気を取り直したように口を開く。


「そ、それじゃ、それは幽霊でしょう?」

「では、おかっぱ頭の和服を着た小さな子供の姿をした『幽霊』と、おかっぱ頭の和服を着た小さな子供の姿をした『座敷童』はどうやって区別するんだ?」


私の言葉にEくんは頭を抱えて激しく振り出す。


「なんなんですか一体!私はなんて答えればいいんですか!もう勘弁して下さいー!」


もう少し苦しめてやりたいキモチもあったが、そろそろ大概にしてやることにした。


「例えば、『小豆洗い』という妖怪が居る。これは川の側を歩いていると、どこからともなく小豆を洗う音がして来て、その姿を探そうと音のする方へ進み入ってみると、川に落ちておぼれてしまうと言う伝承の妖怪だ。では、もしも……。もしも、川で小豆を洗っている小汚い爺をみつけたらそれを小豆洗いと判断、もしくは小豆洗いで無いと判断することが出来るだろうか?だいたい、そのジジイが洗っている物が小豆か米か川の玉砂利かを遠くから判断する事なんて出来るはずがないだろう?」


Eくんの困惑ぎみの表情を薄ら笑いながら、私が同意を求めると、彼は小さく頷く。


「妖怪というのはその姿を言うのでは無いと言うことだよ。その『出来事』が妖怪なのだ。つまり、川で小豆を洗っているジジイはあくまで物好きなただのジジイであり、川に落ちておぼれてしまったと言う『行為』こそが、『小豆洗い』と言う妖怪の姿なのだよ。Eくん」


そう言って意地悪い笑いを浮かべてみる。千羽くんは、それすらも救いであるかのようにホッとした表情になった。


「つまり、妖怪の場合「妖怪『に』あったよ」と言う表現は必ずしも正しくない。正しくは「妖怪『が』あったよ」とするのが正しい」

「と、すると」


Eくんが考えた風に尋ね返す。


「と、すると、まずは妖怪。座敷童と言うものが一体どんな伝承なのかと言うことを知る必要が有るというわけですね?」


Eくんと言う男。

まあ、確かに人並みにとろいと言うところはなきにしもあらず、ではあるにはあるが。

ただ物を知らないだけで、ことさらにとろい奴と言う訳では無い。

実際、彼のこの非常に当を得た質問からもそのことが伺えると言える。


「まったく、まったく、そのとおりだ。そのとおりではあるが。Eくん。オイラはキミに予習をしてくるようにと言っておいた筈だがね」


私の軽蔑するようなまなざしに、Eくんはただ、愛想笑いをしながら頭を掻いた。そんな姿を見て、やれやれと思いながら、私が話を続ける。


座敷童の住む家。


「一般に言われる座敷童とは、民俗学者の柳田国男が遠野物語の中で紹介した姿。すなわち、東北地方の旧家に住むと信じられている家神で、髪を垂らした、顔が赤い子供の姿をしており、住みつけば家が栄え、居なくなるとその家が衰えると言われると言ったものが有名で、実際、その紹介が座敷童の名を世間に広めることとなったのは紛れもない事実だ。しかし、それはあくまで、座敷童の伝承のうちの一つの姿でしかなく、実際には、ただ軒から座敷に這い上がってくる物、家鳴りや、どこからともなく聞こえてくる子供の声や足音、遊んでいる子供達の数が一人増えてみたり、真っ赤な赤ん坊の姿をして座敷でのたうっている物等千差万別で、中には、箪笥の引き出しの中から平べったくて白い手が、ながーく座敷に延びていたなんて物もある」


「何でもいいってわけですか?」


呆れたようにE君が言った。


「Eくん。キミは私の話を聞いていたかい?」


「?」


「いいかい?Eくん。妖怪というのはその姿形を言う物ではない。あくまで風土が妖怪を作る。先に言った柳田国男の言葉を借りるなら、『妖怪は土地につく』のだ。その土地で川で溺れる事を『小豆洗い』と言うのであれば、それは『川で溺れた事故』ではなくて『小豆洗いに遭った事故』と言う、つまりそういう妖怪なのだ。逆に、例えば古い図書館に子供の格好をした『何か』が出現したとして、それを妖怪『図書館童』などとつけるのは愚の骨頂であって、それは、『子供の格好をした『何か』以外の何ものでもない。もしくは子供の幽霊だ。しかし、その地方に座敷童の伝承が有るならば、それが書庫に出ようが、倉庫に出ようが、土地の人間が伝承に基づき、座敷童であるとするのはなんら問題はない。つまり、それが妖怪が土地につくと言うことなのだよ。何度も言うが、妖怪とはその姿なのではない。その土地だけで成り立つ、色濃く民族性の反映された『奇妙な現象に対する言い訳』それこそが妖怪なのだよ」


「つまりは、なんでもいいんですね?」


Eくんがそう言って意地悪い微笑みを浮かべた。

私は彼のこういう妙に鋭いところが嫌いだ。

小さく空咳をして場を濁す。


「なかなか面白い見解として、座敷童の正体が河童であるなんて物がある」


「へえー」


何とかEくんの興味を逸らすことが出来たのに気をよくして少しばかり横道に入る。


「その現象の多様さに負けず劣らず、その正体も千差万別。中には口減らしにあった赤ん坊の幽霊だと言う物まであるぞ」


「うへえ~。もはや『福の神』的イメージからは遠いですねぇ」


「もともと、する事と言えば悪戯だけだしな。『住めば栄える』と言うだけで、座敷童が富を運んでくるのかはわからない。『居なくなれば衰える』わけだし。この伝承は、或いは気まぐれな妖怪だと言うことを言っているのかも知れないが、考えようによっては、『住めば栄える』のではなくて『栄えそうなので住む』のかも知れないし、『衰えそうになると居なくなる』のかもしれないよな」

「そんな。ネズミじゃないんだから……」


ひょっとしたら、Eくんのその言葉が一番当を得ているのかも知れないなどと考えつつ、車窓から色濃くなった雪景色を眺め、ただほくそ笑む私なのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る