ヤンデレなダンジョンに死ぬほど愛されて大迷惑な冒険者の話

@12monkeys

第1話

 ある所に1人の冒険者がいた。名をサイラス。丁度今年で25歳を迎える冒険者である。


 彼は年相応の実力を持つ中堅冒険者と言った所。ダンジョン探索を食い扶持とする冒険者としては、割とありふれている部類である。


 だが、彼にはただ1つ。他の冒険者とは異なる特徴があった。それは――――――とあるダンジョンに偏執的に愛されている事である。



 ■ ■ ■ ■



「ふー……」


 とある酒場の片隅。サイラスは憂鬱な顔で葉巻を燻らせる。何か良くない事が起きる気がする。こんな日は……決まってアイツが訪れる。そんな予感がサイラスの胸に渦巻いていた。


「おーい、サイラス。そろそろダンジョンに行くぞ……って、どうした。そんな変な顔をして」


「アルド……」


 そう声をかけるのは冒険者仲間のアルド。顎髭が特徴的な冒険者である。


「今日は……何か良くない予感がする。多分、アイツが来る」


「またまた」


「アルド、俺の予感は当たる。分かっているだろう」


「だが……彼女とは昨日あって来たんだろ。その後、6日は大丈夫なんじゃねえのか?」


「アイツは気まぐれなんだ……。後、彼女とか言うのはやめろ」


「へいへい」


「……アイツが来てない事を神に祈ろう。よし、行くか」


 サイラスは十字を切りながら、立ち上がる。そうだ、何も必ず予感が当たるとは限らないのだ。サイラスは気持ちを切り替える。


「……ん?」


 酒場の外が何だか騒がしい。とてつもなく嫌な予感がサイラスを襲った。思わず眉間に皺が寄る。いや、まだ分からない。もしかしたら酔っ払い共が喧嘩をしてるだけかもしれない。きっとそうだ。そうサイラスは自分に言い聞かせる。


 だが、予感は当たってしまった。


「…………ああ」


 外に出ると、酒場のすぐ目の前に洞窟が出来ていた。地面が盛り上がり、地下へ続く洞穴がぽっかりと穴を開けている。


 サイラスが酒場に訪れた時にこんな物はなかった。この洞窟はつい先程できたのである。地下世界へと続く入り口。これはダンジョンだ。それもサイラスの為に出来た特別性の。


「サイラ……うわっマジか」


 後から続いて出てきたアルドは思わず声をあげる。


「残念ながらマジだ」


「いわゆる、来ちゃった……ってやつか」


「ぶっ殺すぞ」


 サイラスはアルドを睨みつけるが事実である。このダンジョンはサイラスに会いたくて来ちゃったのだ。


「……はぁ。仕方ない。アルド、今日の探索は中止だ」


「まあ仕方ねえか。行ってこい」


 こうなってしまった以上、サイラスの選択肢は一つしかない。このダンジョンに潜ってあげる事である。 



 ■ ■ ■ ■



「まったく……昨日探索してあげたじゃねえか」


 ブツブツと文句を言いながら、暗い道を進む。ここは先程の洞窟――ダンジョンの内部だ。


 巷でここは《サイラスのダンジョン》と呼ばれている。別にサイラスはこのダンジョンを所持しているわけではない。なのに何故サイラスのダンジョンと呼ばれるのか。理由は3つある。


 1つ目。このダンジョンはサイラスしか入れない。装備や能力で侵入者を制限するダンジョンはあるが、1人を指定するダンジョンなど他に無い。


 2つ目。約6日間、サイラスがこのダンジョンを探索しないと直接会いに来る。先程のように酒場の前など、場所を問わずサイラスの近くに入り口を出現させるのだ。


 1度探索すれば、大体6日は会いに来ないのだが……さっきのように気まぐれで会いに来る事もある。きっと寂しくなったんだよ、とアルドはサイラスに言うがサイラスにとっては迷惑極まりない。


 ちなみに放置すると、たまに物凄くめんどくさいことが起こる。


 そして、3つ目。このダンジョンには通常、外の武器防具は持ち込めない。《サイラスのダンジョン》で手に入れた装備品しか持ち込めないのだ。なんとも不便な事だとサイラスは嘆く。


 特に突然現れた時、いちいち装備を変えに家に帰らねばならないのだ。凄くめんどくさい。アルドは、『いじらしい女みてえじゃねえか。他のダンジョンの匂いが装備は着けて欲しくないんだろ』と笑うが生憎、相手は女じゃない。ダンジョンである。


 つまるところ、サイラスはこのダンジョンに付きまとわれているのだ。このダンジョンはサイラスに探索してもらう事に執着している。もはや愛されていると言っても良い。


 何故こうなったのかサイラスには分からない。3年程前から突然こうなったのだ。


「俺だって俺の都合があるんだからよ……」


 ブツクサと言いながらも、スイスイとサイラスは進む。もう何度も来ているのだ。ここで、エンカウントするモンスターやトラップは見慣れている。不本意だろうが、サイラスにとってダンジョン内部は庭みたいなものなのだ。


「ん……ドロップ品か。お、これはレアだな」


 それと、悪い事ばかりではない。拾える物やドロップする品は粗悪品ではないし、たまに貴重な物も拾える。


 特に、今日みたいに突然来た時はドロップ品が良い。少なくとも突然押しかけた事に対して悪いと思っているのだろうか。


「まぁ……一応礼を言っとく。ありがとな」


 うっとおしいとは思うが、何と無くこのダンジョンの事を憎めないでいるサイラスであった。



 ■ ■ ■ ■



「……どうだ、サイラス?」


「ああ、良いもんが沢山拾えた」


 とあるダンジョンの内部。サイラスは仲間のアルドと探索に来ていた。かなりレアなドロップ品があるとの情報を手に入れ、このダンジョンをサイラス達は訪れた。


「後1日ぐらい粘るか」


「そうだな……ってサイラス。良いのか?」


「何がだ?」


「何がって今日で8日目だぞ」


「…………」


 サイラスは8日、《サイラスのダンジョン》に潜ってない。当初は5日で戻る予定だったが、あまりにドロップ品が良い為に日が伸びてしまったのだ。


「……まあ大丈夫だろ」


《サイラスのダンジョン》は気まぐれである。10日程潜らなくても良くない事が起きなかった事もある。


「なら、良いけどよ」


「よーし、じゃあ早速………って、ああああああああ?!」


「さ、サイラス?!」


 突然、サイラスの足元に魔法陣が現れる。そしてサイラスは光に包まれ消えた。どうやら、全然大丈夫じゃなかったようだ。



 ■ ■ ■ ■



「……マジか」


 気付くとサイラスは先程とは違うダンジョン内部にいた。ここはサイラスにとって見知った場所。《サイラスのダンジョン》である。


 だが、いつもとダンジョンの雰囲気が違うのをサイラスは感じた。


「あー……怒ってんな……」


 ダンジョン内が殺気立ってるのが分かる。これはめんどくさい事のパターンか、とサイラスは理解した。


 放置して別のダンジョンに潜っているとたまにこうなる。強制的に《サイラスのダンジョン》に飛ばされるのだ。


 何がどうやってダンジョンからダンジョンへの強制移動を行っているのか。サイラスにはさっぱり分からないが、こうなってしまうのだ。


 更にこの時に限り《サイラスのダンジョン》の難易度は上がる。具体的には罠が増えたりモンスターが強くなったり……。まるで自分を放置して他のダンジョンにかまけていた怒りをぶつけるかのように変貌するのだ。


「ちっ……仕方ねえな」


 こうなったら、取れる方法は1つ。ダンジョンを攻略する事である。怒りを収めるにはダンジョンの最深部にいるボスを倒せば怒りは収まる。


 難易度が上がったとはいえ、見知ったダンジョンである。奥に辿り着く事は、サイラスにとって難しい事ではなかった。


 敵や罠を突破し奥に進む。そして最深部のボス部屋に辿り着いた。


「……よお」


 そこに鎮座していたのは石の巨人。ゴーレムだ。このゴーレムが《サイラスのダンジョン》のボスである。


 普段ならばサイラスにとって、そこまで手強い相手ではない。硬いが動きは鈍重なので、どうにでもなる。


 だが、このダンジョン状態の時は別だ。何故か動きが機敏になり、硬くて速い凶悪なボスへと変貌するのだ。


「はぁ……めんどくさい」


 だが、倒さない事には解決しない。サイラスは心を奮い立たせゴーレムに向かっていく。


「……っ。相変わらず硬えなぁ!」


 強化状態のゴーレムとは言え、サイラスにとって勝てない相手ではない。ただ、硬いし速いし中々死なないのだ。探索途中に無理矢理呼ばれたのもあり、非常にイライラする。


「このっ……いつもいつも自分勝手な事しやがってよ!」


 特に今日はフラストレーションが溜まっていて、それをゴーレムにぶつけるようにサイラスは剣を振るう。


「お前が付きまとうせいでなっ、彼女も出来ねえんだぞっ!」


 これに関してはダンジョンが全ての原因ではない。


「このクソダンジョンが! 馬鹿野郎! ボケナス!」


 薄暗いダンジョンの中。硬いものがぶつかり合う音と、サイラスの心の叫びが響いた。



 ■ ■ ■ ■



「はぁ……はぁ……疲れた……」


 バラバラになったゴーレムの横にサイラスは倒れこむ。ゴーレムは倒したがサイラスは疲れ果てていた。


 だが心は少しスッキリしていた。言いたいことが吐き出せからだろう。声がダンジョンに届いていたかは分からないが。


「ん? な、何だ?」


 光がサイラスを包みこむ。体力が回復して行くのをサイラスは感じた。これは、今までに無い事だ。


 そして、ゴーレムが消滅しアイテムがドロップする。そこにあったのはいつものドロップ品より数段ランクが高い物だ。


「お前……」


 普段と違う出来事にサイラスは驚く。もしかしたら、あの叫びを聞き悪い事をしたと思ったのだろうか。


「ふっ……お詫びか」


 変なところで人間らしいダンジョンだ、とサイラスは思う。まるで良心があるかのようだ。


「まぁ程々にしてくれよ」


 やっぱり何たかんだこのダンジョンが憎めないでいるサイラスであった。

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