2-4. 再編・上

 『皇国全史』にはソメイヨシノ皇家は太古の神代に絶えた半神の最後の血脈であるとされている。このアエテルタニス世界ワールドにおいて一際異色を放つソメイヨシノ皇国では一般にそう信じられている。


 ――備考:最後の血筋といった言い方はやや極端でありアエテルタニス世界においても神の血筋を自称する皇族、王族は多々ある。例を挙げるならかつて存在した神州プトレマイオスの神王家ファラオも亡国の憂き目に遭うまで自らを半神の末裔と称していた。


 無論、今となっては半神の血など確かめる術はない。しかし歴代の皇家が類のない特別な力を有していたのは紛れもない事実。得体の知れない力ではあるがそれ故に臣民から敬われそして畏れられた。その力が神代からの血筋とした方が何かと納得の行くものだ。皇主の権威を利用する人間からすれば尚更だ。

 その皇家の特異性も代を経るごとに弱くなっていた。今となっては僧が女神の加護を得て行使する魔法に毛が生えた程度の力しかない。半神由来の力ならヒトと交わり神の血が薄まるにつれその神通力も衰えていくと考える事ができる。

 自然なことだ。大衆から受け入れられる為の理屈は常に単純明瞭シンプルである方が望ましい。『皇国全史』を通してみる世界は皇民の周囲を取り巻く形而下の現象となんら矛盾するものではない(無論、魔王や勇者諸々含めて)。このことは皇家の権威を承認することで自らの支配権の正当性を保持しようとする有力貴族にとってこの上なく都合のいいものであった。


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 何ら建設的な案が出ないまま結局は元老院会議は閉会した。マエダ家当主は困り果てていた。

「さていかがなさいましょう。殿下」

「そう急かすな。いまそれを考えておるのだ」

 トシイエと密談を交わしているのは皇位継承権第二位のトキヒト親王である。武力を以て台頭した地方豪族が元老院に於いて特権を振るう貴族階級となったのは些か込み入った歴史的背景バックボーンを有する。むろん、その中に血を血で洗おう権力抗争も含まれている。こうして武家と皇家が腹を割って話し合うこと等、異例中の異例だ。今回の魔王襲来はそれほどの緊急事態ということである。


「聞かれてはおらぬだろうな」トキヒトは当然の懸念を示す。

「モウリ辺りに聞かれたら面倒なことになる」

「その点はご心配には及びませぬ。諜者のたぐいは予め我が忍衆らが洗い出しておりまする」

「まぁ、貴殿なら当然か。要らぬ世話であったな」


 マエダ家は代々、忍を擁している武家である。元老院の承認を得ずに行動できる皇軍の独立部隊であるがその実はマエダの私兵に近い。各武家とも私有の兵は有するがマエダの場合は書類上は皇国軍の一部隊である。しかもそれが暗殺や間諜を生業とする部隊であるため、マエダ家は他の貴族らから疎んじられる。かと言って汚れ仕事の際は手を借りることも多いためぞんざいに扱うこともできない。難しい立場に置かれているのだ。特に同じく権謀術数に長けるモウリとは犬猿の仲である。


「で、あのミフネとやらをけしかけて魔王を討ってもらうと貴殿はそう考えておるのだな」

「ええあの男、噂に違いなければ魔王に一太刀浴びせたほどの達人とのこと。それも女神の力も何も借りずに独力で」

 トシイエは続ける。

「そのような御仁が神託の剣を以てすれば魔王の首を討つことも夢ではありませぬ」

「だが、根本的な解決にはなるまい。今の魔王はかつて我らが擁したあのノブナガの成れの果てとのことではあるまいか」


「そこが厄介なのです。魔王を殺したものが次の魔王となる。救国の梟雄が次の日には新たな国難となるのですから」


 トシイエもトキヒトも表情を曇らせている。二人ともクロデア僧の主張を鵜呑みにして手痛い目に遭ったのだ。これほど苦い経験は無い。トシイエに限っては自らの見込みの甘さの為に断琴の交わりを結んだ友を失ったのだ。彼はアシカガの死からずっと自責の念に苦しめられてきた。あの小姓がアシカガの首と共に彼の遺言を持ち帰らなければ殉死を考えたほどだ。

 今はまだ命を賭すときではない、か。つまりは何れは死に場所の方から此方へ来ることへの裏返しなのだ。その布石は友が整えてくれた。


………………

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 このアルテルタニス世界は強大な覇権国家は存在しない。中央集権的な権力機構がありながら、様々な外因に阻まれ勢力拡大が望めずにいるのが現状だ。それ故に有史以来、小国家群が乱立した戦国時代が続いている。その要因のほとんどは魔王らに依るものである。

 群れを作る社会型の動物は蟻のような小型の昆虫から大型のネコに至るまで戦闘の際は陣形を組む。

 当然、ヒトもその例外足りえない。火砲技術が成熟するまでヒトの戦争とは互いに兵を集結させた方陣を衝突させあう決戦であった。そしてこの決戦方式は決戦であるがゆえに国家のすべてを動員する経済戦としての一面も存在する。

 この決戦方式をとるためには徴兵による国民皆兵制を導入し強大な国家の庇護化の下、男子らは一つのコロニーにて集団生活を送る必要に迫られる。その中で、兵となる男児は剣や槍といった殺しの手練と共に行軍の為に協調性という物を嫌というほど覚えさせられる。それもそのはず、戦争において陣形の一部分のみが突出したり、或いは遅れたりして足並みが揃わなくなるとそれだけで群全体が瓦解し全滅する恐れがあるからだ。極限状態の中で人は個を殺されただ軍隊という殺人機械の機能ファンクションにまで貶められる。英雄を必要としない戦いだ。

 これらは相手が同じ人間の場合の話。相対する敵が化け物どもとなれば前提から変わる。魔王とその眷属には劫火や雷といったヒトが遠い未来に発明するであろう機関式重火器エリア・ウエポンの如き攻撃手段を有する。そんな相手に群れで挑むと一網打尽にされる結果が目に見えている。その上に魔王が放つ瘴気から穀物が不足気味になる。そのため経済的な効率性の悪さから国民皆兵制度をとる国家組織は皆無に等しい。

 勿論、ヒトもむざむざとやられるだけではない。組織として勝てないのなら強い個を以って決戦に挑むというのが人類の導き出した答えだ。


 選定の勇者の登場である。

 

 勇者ら一行パーティは勇者も含めてそれぞれ役割の異なる四~六人編成で組まれる。これはかつて国家間の衝突或いは魔王相手に総力戦を行っていたときの名残である。アエテルタニス世界の戦術に関しては古代の時から既に究極ともいえる完成を見ていた。

 重装歩兵と機動力に秀でた軽装歩兵を交互に配置し互いの弱点を補いながら自らの長所を活かして攻撃に移る。

 総力戦の際に多用していたこの密集陣形ファランクスを少数精鋭の組が魔王を攻撃するのに向けて応用したのだ。

 



 

 

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アエテルタニス・サーガ 角口総研 @0889_

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