英傑ノブナガ記
拝啓 トシイエ殿
(前文)
ご無沙汰しております。元来は帝の御足たる官吏を利用して公文と共に個人的な手紙を宛てることなど公私混同甚だしいことと存じますが、こうして都から離れた友と疎通を図るにはこの手しか無かったのです。
さて本題に入る前にまずは確認して頂きとうことが御座る。
トシイエ殿がこの手紙を受け取るにあたって余が印した封字が既に破られているのなら今読んでいる時点でこの書を破り捨て跡形も残らぬように焼却して頂きたい。
あの魔王に関してのことだ。余が遣わした忍びがある報を受けたといふのだ。それが事実であるならことは我々の存亡のみならず神代より続く皇帝陛下にまで累を及ぼすことになる。
して結論から述べる。魔王ノブナガとは我々が見出したあの勇者ノブナガと同一であると見て相違無い。
クロデリアンの坊主どもは我々に偽りを語ったのだ。見事に狸に化かされ贋金を掴まされた訳である。
余は今でも時折夢に見ることがある。あのうつけの傾奇者と軽んじられた奴が女神の宝剣を手にしたときのことを。そして、あ奴の異様にまでも生気に満ちた瞳を。
この先は少し長くなるが貴殿には辛抱して読んで頂きたい。
余が受けたある任についてである。
ご存知かも知れないが京の東に位置するミカヅチ御殿にはある言い伝えがあった。祭壇の台座にある宝剣を引き抜いたものは退魔の神通力を持つ侠客となるとな。
そして、古より國中から腕自慢が試したが遂には誰も抜くことが叶わなかったといふ。
元より下らぬ伝説と決めつけて誰も歯牙にかけなかったが五年前から事態は急変したのだ。
とうとう皇国にも魔王軍の手が迫ろうとしていたのだ。魔王が他の妖怪変化と一線を画する点とはその異常なまでの耐性にある。
各地の諸侯も挙兵して魔王を討たんとしたが幾ら傷を受けようとも奴は屁でもない様子なのだ。
我が精鋭たる武士らも蹂躪されるばかりであった。
そんな中、食客のクロデリアンの僧はこんなことを言ったのだ。魔王を殺せるのは選ばれし勇者のみと。
異国の僧が語ったことは見事にミカヅチ御殿の伝説と合致した。そこで元老院は藁にもすがる思いで我こそはというものを集いで宝剣に挑戦させたのだ。そして、余は物部(武器に携わる職人の意)どもを引き連れて各地を回り挑戦者を募る役を買って出た。
しかし、どんな大男が引っ張ろうとも宝剣は不動であった。誰もが諦めかけていたそのときである。
それは鶯が鳴く暖かな春のことだ。職にも就かずにぶらぶらとする男が剣を引き抜いたのだ!
男の名はノブナガ。地主の息子で地元ではうつけと名高い男であった。
男は力で宝剣の試練に挑んだのでは無かった。あろう事か剣が刺さった台座に楔を打ち込んだ後にひび割れた盤石から宝剣を引き抜いたのである。
無論だが多くのものは激した。公然と神の社を穢したのだから無理もない。そして、卑怯者よりも力ある我こそ勇士相応しいと腕自慢の荒くれ者がノフマナガに襲い掛かっかたそのときである。
宝剣から後光の如き眩いばかりの光輝が発せられ、触れる間でもなくその男を返り討ちにしたのだ。まるで剣に意志があって男を使い手として拒んでいるようにも見えた。
その男は盲となり光に焼かれた肌は今でも不治の皮膚病を患っているとのことだ。
そうなると誰しもノブナガを認めぬ訳にはいかなかった。だが、同時に余は畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
今にして思う。あのとき悍ましさは既に魔王として片鱗を覗かせていたものだったのだ。退魔の宝剣が魔王と同じく人を病にしたのだからな。
その後は貴殿も知っての通りである。ノブナガは城下町一つを囮にした焦土作戦で魔王を討ったのだ。
長々と綴ってしまったが、余が言いたいのはノブナガは魔王になった後でも人間であった頃の性とそう変わらないということだ。
奴は平然と禁忌を侵す。となれば半神最後の血脈たる我が君主の首も危ういであろう。
このことだけ、余の無二の友である貴殿に進言しようと思った次第だ。是非ともこの声を元老院の議題として挙げてほしい。
アシカガ
追伸
又余ハ爾第一子生誕ノ報ヲ聞キ給エリ
コノ鹿苑デ祝辞ヲ申ス
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます