きつねのおっかさん

卯野ましろ

きつねのおっかさん

 とある山に、化けることが大好きであり大得意である、きつねがいました。きつねは、自分が化けたことで人間たちがどのような顔をするのか、その様子を見ることが大好きです。あるとき、きつねは大変かわいらしい子どもに化けて、たくさんの人々の心を和ませました。またあるときには、きつねは大男に化けて、村の悪者たちをひるませ、悪事をやめさせました。そしてまたあるときには、きつねはたいそう格好の良い男性に化けて、道行く女性たちをうっとりさせました。

 



 ある秋のことです。きつねが住む山に、大きなかごを背負った男性がやってきました。その男性のかごの中には、たくさんのくりが入っていました。

「ようし。今日は、あの人の鼻の下でものばしてみよう。」

 くり拾いの男性を見つけたとたん、きつねは女性の姿に化けました。とても美しい女性に化けたきつねは、くり拾いの男性に近づきました。

「こんにちは。」

 きつねがあいさつすると、男性は後ろをふりむきました。きつねはにこり、と笑顔になりました。

「な、なんと。」

 目の前にあらわれた女性のあまりの美しさにびっくりしたのでしょうか。男性は目を大きく開いています。

 うふふ。今回も絶好調ね。

 男性のおどろいている様子を見て、きつねはうれしくなりました。

「一体なぜ、お前がここにいるのだ。」

「あらっ。」

 男性のことばに、きつねは首をかしげました。

「もう、くりはたくさん拾ったな。そろそろ帰っても良いだろう。とにかく、家に来てくれ。」

「あらあら。」

 きつねは、男性とともに山をおりました。そして男性は、美女を自分の家へと連れて行きました。




「ただいま。十郎じゅうろう。」

「おとっさん、おかえりなさい。」

 男性が家の戸を開けると、子どもの声が聞こえてきました。十郎は、男性の息子です。

「くりは、たくさん拾ったかい。」

「ああ、もちろんだ。それはそうと十郎。よろこべ。」

 そう言って男性は、山から連れてきた美女を、十郎に見せました。

「わあっ。」

 十郎は、おどろきました。そしてすぐに、美女のもとへ行き、だきつきました。

「おっかさん、ひさしぶり。」

 今度は、きつねがおどろきました。

「わたしの名前は、こん。」

「おっかさん、知っているよ。」

 きつねは、またおどろきました。

「あと、おとっさんの名前は兵助ひょうすけ。それくらい知っているさ。」

 えへへ、と笑う十郎の前で、きつねは目を丸くし、口をぽかんと開けています。

「こん、天国へ行ったはずのお前が、一体なぜここにいるのだ。お前は一年前に、あの山であやまって狩人に火縄銃で打たれて天国へと旅立っただろう。」

 きつねは困ってしまいました。

「帰ってきてくれたのだろう。おっかさん。」

 十郎は、きらきらとした目できつねを見つめて、言いました。するときつねは、

「はい、そうですよ。」

 と答えました。きつねは答えが見つかり、ほっとしました。

「そうかい。神様が、さみしそうにしているおらたち二人のために、こんをここへと帰らせてくれたのだな。ありがたや、本当にありがたや。」

 兵助は泣いていました。しかし、うれしそうな声に、うれしそうな顔です。

「おとっさん、泣くなよ。男だろう。おらにはいつも、そう言っているじゃあないか。」

「そうだな。ごめんよ十郎。」

 元気そうに話しかける十郎に、兵助はうなずきました。そんな二人を、きつねはじっと見つめています。

「おとっさん。さっそく作ってくれよ、くりごはん。今日はおっかさんが天国へ行った日だから、山でくりをたくさん拾って、おっかさんが大好きなくりごはんを作ると言っていただろう。」

「ああ。そうだった、そうだった。」

 もうすっかりなみだがかわいた兵助は、たくさんのくりを持って、せっせと台所へとむかいました。

「おっかさん、くりごはんができるまで、おらと遊ぼう。」

「はい。」

 きつねは十郎と遊びました。十郎は幸せそうでした。きつねも楽しそうでした。




「さあ、できたぞ。」

 くりごはんができあがりました。三人はそろって「いただきます。」とあいさつし、くりごはんを食べました。

「おいしいか、二人とも。」

「うん、おいしいよ。ねえ、おっかさん。」

「おいしいわ。けれど、」

 きつねは話し始めました。

「わたしがここにいられるのは、あと少しだけです。くりごはんを食べ終えたら、もう天国へ帰ります。」

 それを聞いた二人は、さみしそうな顔をして、静かにうなずきました。




  くりごはんを食べ終えて、三人は外へ出ました。

「楽しかったわ。おいしいくりごはん、ごちそうさまでした。」

「今日はありがとう。」

「おっかさん、さようなら。」

 きつねは、泣きながら手をふる二人に背中をむけて、歩き出しました。




  山へ帰り、きつねは本当の姿にもどり、泣きました。兵助と十郎に、なんてひどいことをしてしまったのだろう。あの楽しいひとときは、本当の幸せではない。おいしいくりごはんも、わたしのためではないのに。きつねは悲しい気持ちになりました。




 兵助と十郎の二人とわかれてから、きつねのこんが何かに化けることは、一度もありませんでした。

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きつねのおっかさん 卯野ましろ @unm46

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