シルディア=レムラス②

 今日は久々の授業だ。エルギスは授業をサボりにサボりまくっていたが、今回ばかりは特別だ。今日は必修実技の試験日なのだ。この単位を落とせば、学園側から自主退学を勧められるらしいというような噂が立っていたので、仕方がなく授業に出て来たというわけである。

 実技試験の内容は、自身の魔導特性に合わせた魔導器を用い、20m遠方に設置されている的を破壊するといったものである。自分は試験位置から歩いて移動することはできないが、それ以外ならなんでもアリなので、魔導士なら全員が実行可能な試験である。

 というわけなのでエルギスは目立たないように適当に試験をこなすため、あらかじめ自身のルーンを刻み込んでおいた球を投げて小さな爆発で破壊でもしようかと考えていた。しかしその考えは予想外の出来事によって使えなくなってしまった。

「最初は……アーカムアークス君か。君の試験なんだが、先ほど学長から話があった。どうやら君は他の授業をほとんどサボり、本授業も特に理由がないのにサボっているから、合格ラインを大幅に引き上げて実施するようにと」

 試験官がそう言うと、周囲がざわつき始めた。今回の試験は2年生以降の生徒なら片手間でできる内容だが、1年生に限って言えばそのようなことはない。出来が悪くなくとも単位を落としてしまう生徒もいる。1年生にとっての進級までの第一の関門となるのである。

 それを、合格ラインを大幅に引き上げて実施となると、学年でも実力のある上位陣でなければ不可能なレベルなのである。故に周囲の生徒たちの間では、無理だ、あいつ終わったなとか勝手なことを言っている。そんな中、メイだけは心配そうな顔でエルギスを見ていた。

「合格ラインを引き上げるとは、具体的にどこまでですか?」

 エルギスがそう言うと、試験官は渋い顔をして答えた。

「残念だがそれは言えない。そのように指示されている」

「そうですか」

 その返答に妙だなとは思ったが、今はそんなことより目の前の試験。困ったことになった。具体的な合格ラインがわからないと、どの程度の力を出せば合格できるのかがわからない。つまりエルギスの場合過剰な力で目立ってしまうことだってある。加えて言えば、エルギスは普段授業に出ていないため、一般生徒がどれほどの力を使うのかがわからない。名前順で試験の順番が決まっているため、エルギスは最初に試験を受ける。この時初めて自分の名前を呪ったエルギスだった。

「じゃあアーカムアークス君。『全力で』頼むよ」

「わかりましたよ」

 そう答えるとエルギスは懐から羽ペンを取り出した。それを見たメイはギョッとした。

「あいつなにやって……」

 エルギスが中空に羽ペンでルーンを描く。その形状は美しい陣を成しており、画数も通常のものとは桁違いであった。一部の学生と試験官以外はエルギスが一体なにをしているのか理解ができなかった。ルーンの画数は、増えるごとにその“意味”を強化する。さらにそれが陣を描き始めると、通常のルーンとは違った高位の物となり、その強さは一つの兵器として戦場でも恐れられている。そんなとんでもないものを、エルギスは描いた。

「“消し飛べ”」

 エルギスがルーン起動の言葉を発する。瞬間、エルギスの前方、半径5mの巨大な光の束が的に向かって轟音をかき鳴らしながら直進した。凄まじい音と衝撃に、周囲の人間は目も開けられなかった。数秒、光と轟音で周囲が埋め尽くされたのち、光の帯はスウと霧散していき辺りには静寂が生まれた。

 しばらく誰も声を発さなかった。十数秒後、一番最初に声を発したのはエルギスだった。

「あ!? やべえ!!」

 その声にメイが反応した。

「あ!? じゃないこのバカ!」

 メイはゴルトルトを起動し、エルギスの制服の襟を掴んでゴルトルトの推進力を使ってその場を勢いよく離れて行った。要するに逃げた。

 二人が試験場を去った後でも、声を発するものはいなかったが、この惨状を観察していた人物が、他に二人いた。二人の傍観者は学長室で魔導器を用いて一部始終を覗いていた。

「これは……なんと言うか。想像以上、いや、想像を遥かに超えている」

「ですね……これはもしかしたら、私の父をも越えるかもしれません」

 学長室にいるのは学長とシルディア=レムラスである。学長の策で、エルギスに力を出さざるを得ない状況を作り出しそれを観察していたのだ。無論、状況を作るだけではエルギスが力を見せようとしない可能性は十分にあった。しかし、あの試験官。彼も学長の手先であった。試験官は幻惑系の魔導器を用い、エルギスに本気を出させる暗示をかけていた。故にエルギスは先ほどのような事態に陥ってしまったわけであるが……。

「彼の、エルギスの本気を見たいとは思っていました。しかしこれは私では到底敵わない人物なのではないでしょうか、学園長」

「いや、君の言う通りだな。彼はどうやら私の若い頃と同程度の魔導を使えるようだ。あんなのはいわゆる天才というヤツだよ」

「学園長と同程度……」

 シルディアは戦慄した。学園長は大戦中デーモンロードと呼ばれていたが、事実彼は悪魔のようであった。彼の腕一振りで数十という兵士が生き絶えたという。そんなとんでもない化け物と同程度というあの学生は一体なんなのだという疑問で、シルディアは頭の中がぐちゃぐちゃになった。

「とにかくだ。彼とは戦わないほうがいいと思うよ、レムラスさん。実力に差がありすぎる」

「そう……みたいですね。でも……」

 初めてであった。自分では絶対に敵わないと思える力を目の当たりにしたのは。シルディアが今までに戦って強いと思った人間は父親だけだ。そんな父親でも、努力を積めば勝てると思える相手であったが、今回は違う。絶対に敵わない。しかし、その事実を認めることがシルディアにはできそうもなかった」

「でも……、私の法銃メルトを使えば勝てる。きっと……いや、絶対勝てる!」

「レムラス……」

 学園長、クラウディウスはシルディアが何をするのか心配になったが、自分自身も非常に混乱していたため、シルディアを止めることができなかった。

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ルナミスエイジス @cask

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