第4区 牛頭宇志彦教諭左遷の件 7. 根津美代子②

「雷刀」の効力は、刀の切っ先から一定の範囲で、電気を自在に操れるという代物である。また、こちらも「雷の一族」の分家筋で、県内に残るのは鷹橋一族のみである。

伯父さん曰はく、鷹橋氏の場合、一定範囲はおよそ半径1mである。



「なるほど…根古野の母方の血筋が、法具使いだというわけか」

「しかもその血筋、トリちゃんとは遠縁にあるのね」

メグもびっくりである。


「とはいえ、鷹橋一族がどちらにつくのか。それはすでに明白になっている」

「血縁の近さから考えて、根古野側につくのは目に見えていることですね」

「そういうことだ」

「そしてそれを証明するかのように、写真・テープレコーダと一緒にあるのが」

「猫のストラップがつけられた、刀のキーホルダーだ」

ダメ押しである。

先ほどの謎―根古野一族がなぜ争いを吹っかけることができたのか―については、この証拠により証明される。

法具には法具、当然の対抗手段だ。


「なるほど、どおりで法具継承者の一族に、喧嘩を吹っかけられるわけだよ」

「根古野側にも法具継承者の一族がついているのだから、ね」

おじさんやおばさんも苦々しげな表情である。


「この時点で気になるのは、根古野を倒すには、非道を直接的に暴く必要がある」

「警察もマスコミも信用ならない以上」

「まっとうな方法なら、内部の反根古野派を探し出す必要はあるでしょうね」

普通にやるなら事前の根回し等で時間を食う。ダメだ。

駅伝大会が10月9日、授業が7日午前まで。

今日は9月30日。あと1週間しかないのだ。

選挙の時のように、時間を逆に利用することも困難だ。


しかも、「1997年12月22日 風の継承者斃れる」とあるように、

県内にもう一つある法具「風扇」の継承者―ネズミー先輩のおじいさん―は3年前、すでに死亡している。

「あの一族…根津一族は彼の死亡以後、継承者が一切絶えている」

「だからこそ、今度15歳になる、根津宗家の長女が15歳を迎えることには、特別な意味があるのだ」

「鷹橋一族に対抗しうるものが現れる、その可能性があるということですからね」

「実際、根古野一派が勢力を大幅に伸ばしたのも、ここ2・3年のことにすぎない」

伯父さんの言葉を踏まえるなら、父の記した「パワーバランス」は、根津家の当主の死去で大幅に崩れた。そして鷹橋一族を味方に付けた根古野一族が急激に勢力を拡大したことにも合点がいく。


「ネズミー先輩に関しても気になることは、今の『継承者』の話を含めて何点かあります」

「後で聞く必要はあるので、今は次に行きましょう」

「父の残した文章にはまだ続きがある」

あとは、本人に直接確認するしかない


「その次の二年…亥…若猪野一族のことか」

「『その次の二年は 選ばれざる者の姿を見るも知らず』…ネズミー先輩の関わった事件は知らないけれども、何かの証拠を知らないうちにおさえてしまった…ってことかしら?」

「若猪野の三つ子を呼んで聞いてみたほうがいいな」


「そして最後の、『そして二番目のみが 歌声を解く』」

「二番目は丑年…牛の一族」

「すなわち、僕たち牛頭一族にしか、解けない謎だ、ということだ」

「そして、父親はそれを解いて、告発して、そして追放された」

「それを引き継ぐべきなのは、牛…牛頭一族嫡男である、僕だ」

僕が、この牛頭義裕が、事件の真相を明かさなくてはならない。


「それじゃあもう一つの手がかり・・・9分34秒…274ページを探しましょう」

メグに言われてようやく思い出す。

僕自身は完全に頭から抜けていた。

274ページには、教育委員会の真相が記されていると思ったのだが、

これまた妙な代物が描かれていた。

下手な絵ではあるものの、何が描かれているかについては、

父の絵を見慣れている僕たち、とくに画力が父譲りの僕たち兄弟にはよくわかる。

…逆に、見慣れていない人には何が何だかわかるのだろうか?

姪であるメグすらも「まったくわからない」とのことである。


たくさんの猫が描かれており、

そのうちの一匹はライオンの喉元を爪で抑え、

別の一匹は鶏の足を捕まえている。

さらには鼠を追い回す個体も描かれている。

ほかの猫も動物を攻撃したり、木をなぎ倒したりしている。

ただ一匹の小さな猫だけが、非常におとなしく座っている。

さらには、刀を携えた鷹も、猫の近くで悠然と飛んでいる。


「これは、先ほど私たちが推測した事実を補完するものね」

刀を鷹が携えていることからも、父はここまですでに推測していたのだ。

「ライオン先生に圧力をかけたのも、根古野一族の中にいる」

「ニワトリ事件の犯人も、根古野の一人だ、ってことか」

「ネズミー先輩の犯人も、その中の一人にいるというわけね」

「小さな猫…のようなものがおとなしく座っているのだけが気になるわね」

ミホが一匹の猫を指さす。


「それにしても、これが暗号なのか?」

「先ほどの十二支のたとえから考えると、ずいぶんと直接的よね」

一同、僕やメグの疑問にうなずく。

「もしかしてだけど…」

母が言う。

「これ、父さんがわざわざ描いたことに意味があるんじゃないのかしら」

その意味とはなんなのか。伯父さんはじめ一同、そう聞く。

「だって、身内でもなければ、こんな絵が何を指すか、わかったもんじゃないし」

「わかる気にもならないんじゃないのかしら」

確かに、この下手な感じの絵が何なのか分かるのは僕たちくらいのものだろうし、

ほかの人では十中八九、理解を放棄するであろう。


ひとまず手帳によって、2年前に起きた、父が追っている事件に対する根古野一族の関与、およびその証拠のうち二つを得ることはできた。

すなわち、テープレコーダと手帳。

写真が箱に入っていた理由は不明だが、おそらくは証拠の一つなのだろう。

が、現在のところはまだ証拠としての意味を持たない。

父も、おそらくはこれらのコピーを持って行ったのだろう。

その日は日辻家の予備で使われている部屋を使うことになり、

僕とユージは、小学生のころに亡くなった祖父ちゃんの部屋を使うことになった。

母は、ばあちゃんと同じ部屋で寝るという。

ただ一つ残念だったことは、父が追っていたのは根古野の事件ではあったものの、それは2年前の事件。

今回の事件に直接結びつきそうなことは得られなかったが、別口の事件に根古野一族が関与していた場合はちょっと話が変わる。これらの証拠の謎が完全に解けたなら、向こうの動きを封じるくらいはできるのではないだろうか?

そのようなことを、漠然と考えつつ眠りについた。

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十二山中学校駅伝部戦記二〇〇〇 和泉 守 @Mamoru-Izumi

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