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 ワタルは改めて考えることがあった。

 なぜ、おれはあんな華奢な奴に負けたんだろうか……

 それこそ、生まれ持った才能が振り出す天才的柔軟性と勘なのか? いやいや、もしかしたらこの男のクセしてレースのようなふんわりとした洋服の下には強靭たる肉体を宿しているのか?


 とにかく、確かめる必要がありそうだ。

 だが、彼は関根先生の紹介に預かってからも、誰との生徒とも話をしようとしない。

 その、ワタルの席と対極して窓側の一番席に腰を降ろした虎谷カオルは、誰の目にもくれることなく、小学生が読まなそうな分厚く難しそうな本を黙々と読んでいた。


 ワタルの想像でしかないが、普通だったら転校生が来たとなれば男女の諍いなく『ドコからきたの?』とか『好きな教科は? 趣味はなに?』とか尋ねまわる風景が浮かぶ。しかし、そんなコトが一切起きそうではない。


 とにかく、そのコトを未然に知り得ていた人物が脳裏へと浮かぶ。


「おい、佐々木――」


 いつもながらに、席が隣同士の佐々木と相川は敵ながらに仲がよさそうに吊るんでいた。


「どうした、ワタル?」佐々木がワタルに気がついた。

「どうしたも、こうしたもない! 佐々木は彼が、いや、虎谷と同じクラブなんだろ? アイツと話したりなにかしないのか?」

「ああ……、彼は変わっていてね。なんか、あまりぼくらとは話したがらないよ」

「話したくないのか? それはどうして?」

「ん……、剣道は昔からの習慣でひとまず先に一か月前かな? それぐらいからクラブに来てたんだけど、誰も練習以外は近寄らなかったね」

「へえ……、ってことは近くの学校からわざわざこの学校に引越してきたのかな」そう、尋ねたのは相川。


「いや、元々は大阪関西の出身らしいよ。

 だけど、一度コチラへ引越してからワケあってここに引越したとか。


 一応、一ヵ月前にはもう転校手続きが終わってたんだけど、なぜか学校には行けなかったんだって。

 だけど、剣道だけはこうやって毎週三回休まずに来てたよ」


「いわゆる、学校サボりか登校拒否ってヤツか?」ワタルは尋ねる。

「ワタル、人の気持ちがたまにわからなくなるのが君の悪いクセだよ? 間違えてもそういうことは言い触らさない。それに、もしも――ってワタル?」


 そのときにはワタルの脚が虎谷の前へと進んでいた。

 ワタルは思う。

 俺だって学校を休みたいのに毎日通っているのに関わらず、好きな時だけこうやって学校に訪れて、好きな剣道だけは素直に毎日通っている虎谷が許せなかった。


 そして、今もこうやって本だけを読んで、周りには見抜きもしない。


 それではまるで、このクラスの全員が意味もなく嫌われているみたいだ――それが、どうしてもこのクラスのリーダーのつもりだったワタルには許しがたい。

 それは剣道で言う礼儀を忘れているに等しい行動。


 それに、話せば彼だってこのクラスが良い奴ばかりだと気づいてくれるはずだ。

 ワタルだって、新しいクラスメイトと仲良くなりたい。――そんな気持ちがあったはずだった。



 ワタルはその手で、虎谷が読む本を取り上げた。


「なあ虎谷、そんなオレたちのことが嫌いか? 本なんか読んでいたら友達なんかできないぜ?」

 

 その目が、虎谷の目がワタルを貫く。が、微動だにしない。

 欲に言う睨みを利かせるに、それは似ていた。そのせいか、一瞬、お道化てしまう気を振え立たせるためにワタルはさらに口をキる。


「オレだよ、オレ、土曜のときに対戦した真名館の大将。いや――あのときのオマエ凄かったよな。んでさ――」


 だが、虎谷が机にぶら下がった自身のバックを引っ手繰り取ると、そのまま廊下に出る。


「――待って」と、踏み出すワタルの脚がそこで止まる。


 ――オレ、なにか傷つけたかな……。


 不本意ながらも、ワタルは自身の行いを考えたとのときだ。


 外の水道から、この教室にも聞こえるくらいの誰かが嗚咽する音が聞こえた。

 その予感に、ワタルは嫌な予感をして、走り出した。


「――ワタル」その後ろに相川と佐々木も続く。


 そのB組抜けてすぐ近くにある水道に虎谷の姿が確認できると同時に周囲からアンモニアに食べ物を溶かしたような只ならぬ異臭が漂う。


 ――ゲロを吐いたんだ。

 そのことにすぐに気がついて、匂いの中、虎谷の擁護をしようと背中に近づいたが――


「――来るなぁ!」


 その気迫にも似た虎谷の怯え。――不覚にもワタルが脚を止めている中、そのまま虎谷は階段を降って帰ってしまった。



「――やべえよ、どうしよ……」


 その一分足らずの行いがグルグルと脳裏に回る。

 そんな、繊細なガラスのような人間が世の中にいることさえ、小学六年生という無邪気が許させる時代を謳歌していたワタルからすれば、今まで見たコトがない。


 そのとき、たまたま授業が始まる直前、担任の関根がこの瞬間をマジマジを見ていた。

 その角度から、どう見ても、見なくてもワタルが何かしたというのは明らかだった。


 ――その大人の平手打ちがワタルへの伸びる。


「オマエ! ガキ大将のつもりか? いい加減にしろよ」

「なあ……、関根先生」

「……、どうした?神妙な顔して?」

「人ってそうも簡単に傷つくんだな……」



 そのあとB組の5時間目の授業は中止となる。

 校長先生がいつもいる校長室の隣、そのには『相談室』という小さな部屋があり、そこにワタルが呼び出された。


「だから、ワルかったよ。ちゃんとした理由も知らずに殴ったことは謝るから」


 そのあと、コトの事情を遠くから眺めていた及川と佐々木たちの証言で、ワタルが彼と話をしたいという理由で近づいたらそう事件が起きたと確証された。


 ワタルを含む何人かがこの個室に呼び出された。そして、ワタルはここに呼ばれたのは二回目だった。

 


 だが、ワタルとしては多々腑に落ちないトコロはある。

 腕に組んで、ワタルはどうしたもんかと考えていた。


「なあ先生、オレやっぱりなんかワルかったのかな――」

 そう、尋ねるほか自身の憤りを抑えるコトができない。


「ああ――あのな、そういう話をされると困るかもしれないけど、イジメってのはその当事者がイジメって思えば虐めなんだ。

 だがな……、今回は最初からワケありだったからな」


 ん……ワケあり? その言葉にワタルがぴょこんと先生を見た。


「ワケありって? どういうことだよ先生」

「ああ……、まあ殴られといて、その理由を聞けないのも癪だよな」


「虎谷……元々いじめられっ子だった……って言えば、大体想像はつくか?」


だが、あんなに剣道が強いのに、どうして虐められるんだ?


「アイツがいじめられっ子だって? 嘘つくなよ。

 確かに見た目は女っぽいしガリガリだけど、剣道があんなに強くて誰かに虐められるって? ありえないだろ?」


「あれっ? ワタルはあの子のことを知っていたのか?」


 その様子から、関根は虎谷が剣道クラブに通っていたことを知らないらしい。


「知ってるもなにも、おれの宿敵、虎谷は越剣の大将だよ! 会ったのは二日前が初めてだけど、佐々木たちも彼のこと知っているはずだぜ?」 


「なら手っ取り早いかもな……

 ワタル、ちょっと佐々木……それとお前がよく吊るんでいる相川と新妻を連れてこい。

 三人だけに話したいことがあるんだ」


 そういうと、ワタルは教室で自習をしている三人を連れ出した。


「お前らに揃ってもらったのは言うまでもない。

 虎谷に対して、頼みたいことがあってだな……」


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真名館、ワタルと剣道~天才剣士と努力剣士 はやしばら @hayashibara

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