01-4/5

 月曜日、小学生の登下校は、誘拐や事故が起こりにくいように近所の団体で行くことになっている。

 その班が同じワタルと菊池が肩を並べて、その後ろに相川が歩いていた。


「あ……オレ、どうして負けたんかな」


 土曜日の敗退以降、ワタルの機嫌は急降下していた。

 どうしてあの虎谷の一歩に気付けずに、ミスミス負けたのかが未だに理解できなかった。

「そんなクヨクヨしてもしかないよ? ワタル」

 後ろから相川がフォローするが、


「相川、オマエはもっと悔しがるべきだよ、日曜の練習のときも言われたけど」

 菊池が睨むような目で相川を見た。


「……あはは、それでも一応にはショックは受けてるんだけどね……

 話し戻すけどホント、ワタル一歩も手を出せずに負けたもんな」


 そう、その言葉通りに、その一歩も手を出せずというのが、ワタルの心が背中の手に届かないトコロが痒いかの如く違和感として残っていた。


「ああ、そうなんだよ! 気がついたら相手が後ろにいて面が取られてた……っていうか、菊池も相川も観てただろ? 

 どうだったんだ?相手がめっちゃ早かったのか」


 そのマジマジと尋ねるが、一度、菊池と相川が顔を確認した。

 そのあと、菊池が仕方がなく説明を始める。


「昨日の稽古のときも語ったけど、なんの不思議もなかった。

 早いワケでも、遅いワケでもない。

 ……言っちゃ悪いけど、稽古でよく見る面打ちソノモノだったよ」


「そんなワケあるかっ!! 見えなかったんだぜ? この剣道歴九年のオレがあんな遅い面に気付かないハズがないんだ!!」


 ダーダーといいわけを重ねなていると、ちょうど商店街の文房具屋を横切ろうとする交差点に新妻の姿を見つけた。


「おいおい! 聞いてくれよ、新妻!

 お前、土曜日の試合でオレの対戦相手の『見えない面』を見ただろ?」


その責め立てに思わず、長身を仰け反らせる新妻。


「うわぁ、いきなりどうしたの?

 あのときの面? ん……覚えているけど、ワタルのことだからボケーっとでもしてたんでしょ?

 アンタ、試合になるといつもそうなんだから……って、相川くんおはよう」

 今まで目に見えなかった背が低い想い人の出現に気が削がれてしまう。


「おはよう、新妻さん」


 そのまま二人は別の話を始めてしまう。

 ワケが解決しないで項垂れるワタルに親友である菊池が言葉を繋ぐ。


「まあ、気を静めるなって……。昨日の稽古でも大木田館長が言ってただろ? 

 それに、明日火曜日の稽古でミーティングするって。

 そのときにでも、館長に聞いてみたらどうだ?」

「ん……まあ、そのつもりだけどよ」


 どうせ、修行が足りないとか、集中力が欠けているからと言われるのが関の山なんだろうな。

 でも、真名館で火、木、日曜日を夕方五時の小学生高学年の部から夜七時のオトナの部まで練習し、それ以外の日も毎日の素振りだけでなく町内一周の走り込みと筋トレを欠かさずしてきたのだ。


 そう考えると、ワタルは認めなくてはならないことが一つある。


「……やっぱり、天才っているんだよな」

「……え?」菊池が聞きなおす。


「だってもよ――、毎日毎日鍛錬しても、あ――もガリッガリで、しかも背も低くて女みたいな顔をした奴に負けたんだぜ? アレが天性から供えられた才能以外に何って言うんだよ」

「……あのな? 捻くれるのはいい加減にしろよ? 相川みたいに背が低くても長身の佐々木から技術で一本が取れる奴もいれば、デカ女みたいに木偶の棒みたいにデカいのに、好きな――」

「アアア――――!!!」

 

 急に後ろで相川と会話をしていたはずの新妻が叫び声をあげた。


「きゅ、急にどうしたんだよ?新妻」

「――へっ? なんでもないわよ? ワタル」


 その新妻の目が菊池を睨む。

 しまったっという感じで菊池が謝る素振を繰り返す。



『越谷茜小学校』は新校舎と旧校舎の二組に分かれていて、学年が上がる事に階段が高くなるか、そのままのいずれかだ。


 六年生のワタルたちは、その学校では一番高い階である四階にクラスになる。

 そこで、クラスの違う菊池とは別れる。

 ワタルはB組で、菊池はA組。


 ちなみにワタルは、運よく相川と新妻とクラスが同じで、菊池は真名館で次鋒を任されていた普段は無口な岡田と同じクラス。


 三人は菊池をB組のクラスの扉を開いた瞬間だ――


「やあやあ、真名館の諸君、土曜日はどうも」


 憎たらしくも、友人としてはそれなりの佐々木がワタルたちに気がつき話を掛けた。

 新妻はそれには見抜きもせずに席へと向かう。

 二人はワケがあって仲が悪い。


「そうだね……。でも、佐々木くんの上段(冗談)、アレは驚いたよ」

 試合の後、菊池から聞いたギャグを相川は白々しくも使う。


「……ん、ニュアンスがフェイクの日本語訳みたいだけど、まあいいや。

 でも、まさか虎谷がワタルに勝っちゃうなんてな」

「……ルッセェ! あ、でも彼はなんでそんなに強いんだ?

 佐々木、アイツといつも稽古してんだろ? ちょっと秘密があるなら教えてくれよ?」


 佐々木は不敵にも笑う

「君もそれを味わったのか……。まあでも、それについては彼から直接聞いたほうが良いんじゃないか?」

「直接って、まさか越剣へのスカウトのつもりか?」

「いやいや、なんだかんだあの対戦が楽しみにしてるんだから、君がいなくなったら競いがいがなくなってしまうだろ? 

 まあ、待ってろって。

 そんなことより今日、転校生が来るって噂、知っているか?」



 チャイムが鳴ると、急いで周りが椅子を引きづる音がした。

 ココの担任である関根先生は若くて人気のある先生だが、淫らな行動をするワタルたち生徒には厳しい態度を取ることで有名だ。


「やべえ、席につかなきゃ――」

 三人は会話を中断し、急いで席へと戻る。


 ワタルの席は悪さをした懲罰により一番前の扉側だ。

 ちょうど、閉じられた扉を開いて、関根が教団の前へと赴く背中――そこには可愛らしい女の子?


 黒く長い髪が彼が歩く度にゆらゆらと揺れて、まるでその容貌は少女。

 服装もフンワリと、その白い肌が透き通る水のようにキレイだが、思わず見惚れてしまうが――急遽ワタルはその顔色を変えた。


 その顔はどう見直しても、土曜の日にワタルが対決した少年剣士。


「おい、みんな席に着いたか? みんな、今日から一緒に勉強をしてもらう転校生がこの教室に入ることになった。

 虎谷、黒板に名前書いて。自己紹介はできるね?」

「ぁ……はい」


 それは、前にいた聞こえるか聞こえないかギリギリのトーン。

 後ろを振り向いた虎谷は、その細い指で白チョークを掴み、深緑の黒板に自身の名前を刻んでいく。


<虎谷 かおる>


それは間違えなく、あの日の華奢なガリガリ剣士のタレに付いた名札と同じ名前だった。


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