第36話 唯一の白編③ 修羅場は唐突にやってくる

 楽しかった茜との久々のデートもそろそろ終わりが近づいてきた。時刻は6時を過ぎて街灯の電飾が目立ち始めて、空気も徐々に冷え込んできた。繁華街の方は11月終盤の今頃にはクリスマスの装飾が施されて恋人たちの憩いの場所になっているはずだが、今茜と歩いているこの場所は街から少し離れてどちらかと言うと地味な外観の建物が目立つ。

 年の瀬の空気も冷たいし、景色を楽しむ気もしないので少し速足で茜を家まで送ってから俺も家に帰ろうとしていたが、この辺りはただ景色が殺風景なだけじゃない。ここはが根城にしている。おそらく茜も気づいて意識的に足を速めているんだろう。


「…智樹が送り迎えしてくれるなんては思わなかった」

「ああ…正直心配はしてたぞ。でもそんなこと言ったら却って逆上しそうだったから」

「うん、ならムカついてたかも。あたしに闇討ちできる奴なんていないと思ってたし居ても絶対に返り討ちにできるから」

「すごい自信だな。まぁの茜はキレたら俺でも手が付けられなかったし」

「…でも、今はちょっと安心。智樹がそばにいてくれて」

「…現金な奴だな。メッキが剥がれてようやく俺のありがたみが身に染みたか」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん」

茜がちょっとむくれながら俺に抗議するような目を向けてきた。


 茜がの話をしてる以上、を警戒していることは確定した。早々に帰りたい所だが…。

 後ろから誰かが俺達よりも速足で近づいてくる気配がする。振り向くと女子が一人切迫した表情で俺達に向かって走ってきていた。

「あ、あの……この先で女の人が襲われているんです!」

女子が後ろを指さしながら声をかけてきた。俺に助けを求めている。

「本当か!?」

「そうなんです!あのデパートがあった所です!助けてもらえませんか!?」

「わかった!俺が今から助けに行く!茜はこの子と一緒に待っててくれ」

「えっ…でも…」

「状況がどうなるかわからない!もしかすると人数が必要になるかもしれない。俺の帰りが遅れたら助けを呼んできてくれ!東条の連絡先はわかるよな?」

「うん…」

「じゃあいざと言う時は頼む!」

そう言ってこの場を後にしてかつてデパートがあった場所――丸山百貨店という名前だった建物に向かう。

 茜は怪訝な表情で俺を見つめていた。ついさっきまで恋人らしい雰囲気を演出していたのに他の女の所に行っているのが気に食わない、なんてことはないだろう。茜はこんなことでは嫉妬しない。

 ………何か違和感がある。…いや、今は考える場合じゃない。一刻も早く襲われてる女の人を助けないと……。

 

 そうしてデパート跡までやってきたが、様子がおかしい。襲われている女の子らしき人物も襲っている連中も見当たらないし、声も聞こえない。周辺を警戒する。すでに建物の中に連れ去られているのか?

 デパート前の駐車場から建物内に入ろうとしていたら、デパートの中から人がぞろぞろと出てきた。そいつらは真っすぐに俺の方に向かってくる。出てきたのは難を逃れた女性、ではなく屈強な男6人だった。そうしてようやく気付いた。これが俺をおびき寄せる罠だったことを……。

 

 違和感の正体――1つ目はピンポイントでを指名したこと。辺りが暗くなってきていたとはいえ、俺以外にも街を歩いていた人間はいた。にもかかわらずかつて『黒狼ウルフ』とか呼ばれていて、この辺りの悪ガキなら知らない奴はいないこの俺を指名していたのなら都合が良すぎる。

 2つ目はこのデパート跡はかなり前に閉店になっている廃墟だが、誰からも放置されている場所ではない。俺はこの場所を前から知っていた。なぜなら、ここはかつて唯一の白オンリーホワイト』という抗争グループが根城にしていた場所だからだ。このロケーションもただの偶然とは到底思えない。


 突然やってきた修羅場。こっちはせいぜい放蕩を働いている男を1人か2人仕留めれば解決すると思っていたのに6人も相手にしなければいけない。

 あいつらは真っ直ぐに俺の方に向かってきて襲い掛かってくる。おそらく俺に恨みがある連中だろう。理由はわからないが、どうせ過去に俺にぶちのめされたから復讐したいんだろう……いや、そんなことはどうでもいい。

 ここは何年も前に潰れて放置されているデパートの駐車場。地の利は向こうにある。しかも全員鉄パイプを武器にしている。厄介な状況だが……。

 

 さっそく男の1人が鉄パイプを俺に振り下ろす。それをひょいと躱して肘打ちで相手の脇腹をえぐる。そしてよろめいた隙にそいつの鉄パイプを奪った。質量、硬度、リーチ、どれを取っても武器としては申し分ない。悪ガキが戯れるには十分すぎる、凶器。それを男の右肩目掛けて振り下ろす。男は体勢を崩しながらよろめいて苦痛の表情を浮かべる。確かな手ごたえを感じつつ、別の男が振り下ろしてきた鉄パイプによる攻撃を受ける。組み交わした拍子に火花がほとばしる、なんてのはアニメなんかの過剰表現で実際にはせいぜい手に痺れを感じる程度。だが、その感覚は確かに、実感を得られるものだった。俺がかつてこの地に置き去りにした、俺をこの世界に繋ぎとめる楔のような感覚。俺はこの感覚に


 しばらく鉄パイプによるチャンバラごっこをしていたら、いつのまにか敵対していた男たちは1人、また1人と痛みをこらえる苦悶の表情を浮かべつつ明らかに動きも鈍くなってきた。俺の方は無傷では無かったが、まだまだ体力に余裕があった。むしろ体が温まってようやくウォームアップが済んだという感じだ。

「なんだなんだ?まさかお前らこの程度で根を上げんのか?俺を襲う目的は知らねぇけど、俺を倒したいならもっと根性出せや!」

挑発に乗った男たちは玉砕覚悟で俺に突進。向こうから接近してくれるなら都合がいい。いいぞ、

 流石に6人がかりで一斉攻撃を仕掛けてくると全ては捌ききれない。いくらかきついのをもらってしまったが、それが却って起爆剤になってくる。俺は襲い掛かってきた敵に微塵も躊躇ちゅうちょ無く鉄パイプをぶち込む。脳天、腹、肩、腕、狙いを定めやすい所を手当たり次第に。


 

 少し前までの俺なら突然襲ってきた悪ガキ相手にこんなに上手く立ち回るなんてできなかった。この戦果は東条との何の意味もないじゃれ合いのおかげだ。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追想の英雄譚 舞零(ブレイ) @westlight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ