これが最後よ、ラジオスター

 ピーーーーっと騒ぎ出すやかんをコンロからはずし、椅子に座って改めて『まとめ書』と向き合う。



沖田克俊おきたかつとし


 ラジオパーソナリティーとして活躍

 しかしながら突然の引退


 引退後は自身のために時間を使いたいと話している』



「…そんなに忙しかったんだ」


 私にはわからないラジオの世界、パーソナリティーの生活。彼がどんなオモイで日々生きていたかなんて、考えたことがなかった。



『彼がラジオパーソナリティーとなり、別れを告げたこと、そしてこの引退発表は、彼を苦しめるあの病のせいだった』



「病気!?」


 彼に持病があるなど聞いたことがない。もちろん隠していた可能性もあるが、病気のせいで別れなければならない、というのは…?




『彼の病は基本、医師の監視下から逃れられない。何が起こるかわからない状態だからこそ、病室から出ることもままならなかった。



 発病は就職後、これからというときの発覚だった。しかし会社は元より、彼の特徴的な声に惹かれていた。そこで思い付いたのが、病室でラジオ収録を行うことだった』



 …そんな。でももしそうだとしたら、いろんなことが辻褄が合う。病院にいれば連絡できない可能性があるし、自宅にいないのだから会うことはない。


「それにしたって、教えてよ…」



『接触感染などはないため、収録はいたって普通に行われた。個室なのをいいことに、機材も置け、簡易スタジオとなっていた。


 しかしそれももう限界。彼の病はもうその体を食べ尽くしていた。』



「得体の知れない病を患った男の、せめてもの抗いがあなたを悩ませ続けていたのです……」



 そんな…。

 じゃぁ彼は、もう…?



 まとめ書を握りしめ、私はこの辺りで一番大きく有名な大病院へ向け、家を飛び出した。スマホでタクシーを呼び、乗り込んでから財布がないことに気づいたけれど、そんなのもう遅い。


 なにより私の気持ちが早ってしかたない。



 中央分離帯のせいで直進できず、ぐるりと回らなくては行けないことさえ煩わしい。だってそこにある、見えてる。


 病院前で止めてもらうと、お代は後でと吐き捨てて病院へ駆け出した。



 受付で聞くのもためらわれ、個人病室であることを頼りにエレベーターで7階を押す。この病院は7階より上が個人病室となっているため、しらみつぶしに当たればいつか見つけられる。



 8階を半分ほど確認したところで、私はついに目的を果たした。



 "沖田克俊おきたかつとし"



 どうしよう…



 今更ながら足がすくむ。さっきまでいてもたってもいられなかったのに、目の前に来てこの様だ。


 立ち尽くすのも気が引けて、ここまで来たけど、とエレベーターを向き直った。



「おばさんはおじさんのおともだちですか?」



「おばっ!?」



 思わず声の在処を探すと、病室からひょっこり顔を出す少年がいた。



「おじさんのともだち?それともおしごとのひと?」



 まだ小学生になったかさえ怪しく思える幼い彼は、私に駆け寄ると裾を引っ張り、"沖田克俊おきたかつとし"の元へと連れていく。


「ちょ、ま、まって、準備が!」



「おじさん!おばさん連れてきたよ!」




 ガラッと勢いよく病室を開けると、そこには昔とあまり変わらない彼の姿があった。


「もしかして…かおり?」

克俊かつとしくん…」





 *





 二人きりの病室はとても静かで少し暑い。それは恐らく、私がテンパっているせいだ。



「よくわかったね、ここにいるって。何にも話してなかったのに」

「ごめん」



 なに謝ってんの、と彼は笑った。


「今さらだけど、ちゃんと話さなくてごめんね。将来が不安定すぎて、巻き込みたくなかった」


「うん」



 まだ若かった私たちにとって、あまりに突然で長かった今までの日々。そのすべてがようやく今、まとまろうとしている。



「…私ね、克俊かつとしくんが病気でも、例え治らなくても、一緒にいたい。もう、あんなふうな終わりは嫌なの。


 だから…だからせめて、死ぬまで一緒にいたいの!」



「え?死ぬまで?それってあと50年くらいってこと?大胆だね、うれしい」



 ………え?



「し、死んだりしないの?」


「死にはしないよ~、もう監視も終わりで、退院する。仕事は部署替えして、今度は裏方に回ることにしたんだ。まぁしばらくは休みだけど」



 じゃぁ今の私の決死の告白は…。



「熱烈な想いにこたえないのは、スターの恥だよね?」


 にっこりと笑った彼は、私の知ってる彼のものとはちがう、輝いた笑みだ。一般人の35歳は、せめてもの仕返しとして、最後のメッセージを投げ掛ける。



「ラジオスターは先日死んだろが」

「あいた~!」

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あなたの『オモイ』、まとめます わたなべひとひら @eigou

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