いかないで、ラジオスター



 ギリギリ間に合った放送は、『ドキドキする』という彼の言葉から始まった。



『…あー、だめだったみたい。しかたないよねぇ、もう5年も前のことだもん』



 え?


 私は着信音の止んだスマホを握りながら、次の言葉へと意識を集中させた。


 5年前、あの日の答えではなくても、なにかそれに関することが聞けるかもしれない。それだけで心拍数が上がり、じっとりと汗をかく。



『先ほど話した通り、ぼくは5年前に突然カノジョと別れました。本当に最低なんですよ、恋愛相談のメッセージとかくると、ほんと不安で』



 5年前のカノジョ。


 それは恐らく私のことで、くすぶっていた熱が爆発的に広がるのを感じた。



『カノジョに謝るだけでも、って時間を割いたけど、だめでした!ほんと、最後なのにごめんなさいね。ではメッセージいきましょう』



 "最後なのに"


 克俊かつとしくんとの繋がりは、これで最後?ほんとに最後?



『"沖っちやめちゃうなんて寂しい!"…ありがとうございます


 "沖っちの決めたことだから口出しはしないけど、やりたいことがなんなのか知りたい"…いっぱいあるんですよ、小さなことなら飽きるまで肉まん食べたいとか


 "大ファンでした、メッセージを読んでもらえたこと、この声を聞けた時間が宝物です"


 …………ぼくは本当に幸せなパーソナリティー生活を送っていたんですね』



 やだ。


 そう思っても放送時間は残り5分、彼との繋がりは風前の灯だ。



『ラストナンバーいきましょう、リクエストの多かったこの曲、ゴッドマンズで"ヒート"』



 ボーカルの声が響く。情熱と激しい愛を歌ったこの曲が、本当にラストナンバー。話題曲は全く頭に入ってこない。夜の車外が真っ白にフラッシュする。



『…これで最後だと思うと名残惜しいですね。ぼくにとってラジオは宝物でした!それではまたどこかでお会いしましょう。


 沖田克俊おきたかつとしの"今日からラジオスター"、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!』



 ♪ジャッジャーンジャンジャンジャンジャン……



「ばか」


 なんにも、わからなかった。


 もう少しはやくラジオを聴けていたら、そもそもはじめから聴けていたら、答えはその中にあった?


 …もしそうだとして、もうなにもできない。





 *





 バタンッ



 ため息すら出ない。自宅に戻ったのは日付の変わる頃だった。アパートの階段を上がり、鍵を開ける。乾いた音がしてドアが動いた。


 荷物を下ろして、シャワーを浴びる。


 そのあとのことはよく覚えていない。





 *





 ♪♪♪♪♪♪♪♪


「ん~…」


 手探りで音の主を探しだし、止める。心地よい温度が私を包み込んで…



「んはっ!!何時!」


 10時40分。普段ではあり得ない時間だ。今日が休日であることがせめてもの救いである。


 カーテンはわざと開けない。隙間から光が差し込んでいるだけで今は十分だ。


 トーストをセットしお湯を沸かす。その間に顔を洗って、髪をとかす。



「…ん?」



 玄関ドアにくっついている郵便受けになにか投函されていた。『"まとめ"在中』の文字に、なんのことなのかすぐにわかった。


 急ぎ封を解き、中を確認する。



『今回の件につきまして、まとめ書を作成いたしましたのでご確認下さい。まとめ屋』



 ぺら



沖田克俊おきたかつとし


 ラジオパーソナリティーとして活躍

 しかしながら突然の引退発表』



 彼の経歴がきっちり記されていた。ずくずくと胸の奥が疼く。


 トーストが焼き上がり、チン!と軽い音が響いた。

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