聞こえないの、ラジオスター



『はい、まとめ屋の麻木でございます』


 あまりに若い、かわいらしい声が聞こえて、せっかくの酔いも覚めかけてしまう。


「あっ………えっと、名刺を見まして、なんでもまとめてくださるなら、お願いしたいと思って電話しました」


『左様でございましたか!では早速、どのような内容かをいくつか質問させていただいてもよろしいですか?』


「はあ」



 物事というのは思ったよりもとんとん拍子で進むらしい。私は5年前の別れのこと、彼のこと、私のこと、聞かれたことに答えた。


 10分もかかっていなかったと思う。答え終わると、『ではまとめましたらまた!』と電話は終わった。



「なんか、思ってたのと違うな」


 あまりに幼い声、いたずらにしてはやり過ぎなティッシュ広告、私や彼の名前は聞かないあたり、詐欺など犯罪のにおいもしない。


 不安でしかないのは確かだ。





 *





『今日はなんだかぐずついたお天気ですね。みなさま、いかがお過ごしでしょうか?』



 聞きなれたパーソナリティーの声、車外では大きな雨音が殴りかかっている。ぐずつくどころじゃないよ、と呟いてみる。ラジオと雨音に消され、けして彼には届かない。



『なんだかこの時期は雨が多いですよね。でもぼくは結構好きなんですよ、雨。相合い傘の若者とか見ると、ヒューヒュー!って冷やかしたくなるんです、歳かな』



 笑い声は軽く耳に触れて、そのあと脳内で"言葉"として処理される。時間にしてわずか0.001秒以内。それさえもったいない。私は"沖っち"に毒されてる。



『それでは本日最後のナンバーをお届けします。リクエストをくれたのは◎◎◎◎◎さん!面白いラジオネームですね』



 ラストナンバーがサビまで盛り上がり、Aメロに戻ったところでボリュームが下がり、BGMとして彼の声を支える。



『いい曲ですね、ラストにぴったりです。えー、明日なんですが、なんとぼくから発表があります!皆様お楽しみに!どんな内容か推理したメッセージもお待ちしてます』



 いつの間にか雨は弱くなっていて、再びボリュームを増したラストナンバーがやけに大きく感じ、ステレオに手を伸ばす。



「明日で番組終了です、なんて、ね」





 *





 いつもなら定時であがれる私だが、今日は面倒事に巻き込まれてしまった。


「どうするつもりですか、この書類」

「残業で?」


 その言葉は今日中に終わらせなきゃいけない、そして私も残業をしなければならないとの旨があった。


 なんでよりによって今日なのよ!


 "沖っち"こと克俊かつとしくんのラジオは、いつも18時30分から始まる。この書類の処理は、少なく見積もっても1時間弱かかる。


 "重大発表"なんてだめ押しをされて、本当に今回が最終回なんてことになったら、私と彼の繋がりは本当になくなってしまう。



「先輩、そっちお願いします、私はこれするので、終わったら先帰りますよ!」


 冷たいなぁと先輩はふくれていたが、私には大事な私用が待っている。


 必死で手を動かし、脳をフル回転させる。数値を入力し、まとめ、わかりやすくグラフを加えていく。


 半分ほど終えたところで、時刻は18時16分。1時間番組のラジオには、なんとか間に合いそうだ。どうか"重大発表"が最後のとっておきにしてありますように。





 *





 会社を出て、社員駐車場に着いたのは18時43分。急ぎ車に乗り込むと、ケータイが鳴った。見覚えのない番号。エンジンをかけ、ラジオが流れ始めた。



『ドキドキしますねー、こう見えてぼくはビビりなんですよ』


 ケータイはまだ鳴り続けている。彼の声に被ってもったいない。私は慌てて電話を拒否した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る