あなたの『オモイ』、まとめます

わたなべひとひら

さよならラジオスター

密室にいるの、ラジオスター




『お送りしたのは、ゴッドマンズの最新アルバムより"ヒート"でした。燃え上がる恋情を歌に込めたと語ったボーカルのKAITO、人気バンドの彼らの恋愛事情に多くの国民が注目しましたね』



 密室の車内に響くラジオパーソナリティーはいつもと同じ、沖っちの声だ。



 沖田おきた 克俊かつとし



 沖っちの愛称で親しまれる彼がこの番組のパーソナリティーになって早7年。パーソナリティー生活10年、けしてベテランではないが、"癒しの声"だと多くのリスナーを魅了している。



 わたしもそのひとりだ。



『リクエストをくれた***さんよりメッセージです。


 "沖っち、おはようございます、いつも聞いてます。私はこのヒートのような燃え上がる恋をしたことがありません。25歳にもなって恋愛をわかってない、または冷めているのはよくないでしょうか?"


 ……と25歳女性の方からです、ありがとうございます』



 あ、その質問の答え、興味ある。



『んー、でも恋は必ずしも毎回、一定の熱量を持ってはいないですよね?その持続期間も燃え方も、違うと思うんですよ。それは十人十色、千差万別、だから"ヒート"のような恋が毎回じゃなくてもいいと思います、ぼくは。


 そもそも"ヒート"の恋のイメージだってそれぞれだし、***さんが恋をしてるって思ってるなら、それは恋なんですよ。


 …て、これじゃぁ答えじゃないかな?』



 "ヒート"のような恋だけが、恋じゃない。


 うまく燃やせなかったり、燃えなかったり、はたまた燃えてることに気づかぬままなこともあるだろう。



「でもそれじゃぁ、私はまだ納得できないよ、克俊かつとしくん」





 *





「あんたもさー、飽きないよね」



 コーヒーにたっぷりと砂糖を入れたゆきこは呆れたようにため息をついた。


「なにがよ」

「いつまで克俊かつとしくん引きずってんのよ、あんたたちが付き合ってたのは5年も前の話でしょ?」


 それはそうだが…。


 私自身、彼との別れをまだ納得できていないのだ。踏ん切りのつかないままの上、その後アプローチをかけてくる男性も現れず、なんやかんやとひとり思い耽りながら今に至ってしまった。



「そもそも克俊かつとしくんのなにがそんなにいいのよ~、むかしはモヤシみたいだったし、今だってたぶん大したことないわよ~?」


「モヤシって…。べつにゆきこにわからなくてもいいもん、私だって、よりを戻したい訳じゃない」



 そう、納得していないだけ。



 遡るは5年前、三十路の私たちは知り合って10年、交際して6年で、当時の私はもちろん結婚も考えていた。


 しかしある日突然、会うことはおろか連絡もとれなくなった。


 それからしばらくして、自宅のポストに投函されていた手紙を見つけた。



 "もう会えない

 いつか話せそうなときが来たら説明します

 期待はせず、忘れてください"



 そうやって私たちの関係は終わった。連絡のとれない彼は、私にとって遠いラジオ越しの音声になってしまったのだ。




「もともとラジオなんて聞かなかったくせに、別れてからは欠かさないしさ、35になれば、ほかに幸せもあるでしょ」


 コーヒーを飲み干したゆきこは席を立った。お茶の時間は終わりらしい。


「ごめん、まとまって決着がつかないと、進めないタイプで…」


「まぁ知ってるけど」


 お会計をして店を出ると、一雨ありそうな空だ。ゆきこと別れて急ぎ歩くと、チャリティーだろうか、何人かがポケットティッシュを配っている。


「どうぞー!」


 断れずに受け取る。もらっても損はないだろうとつい受け身になりがちだ。


 途中、アスファルトが濡れ始めたが、幸い私は濡れていない。しかし湿気でしっとりとした髪が気になり、先程もらったティッシュで拭く。




「ん?


 …………『まとめ屋』?」





 *





「"受付はお電話でも可能、ご不明な点はお尋ねください、事務所にて問診を行います、あなたの悩み、お気軽にまとめてみませんか?"


 ………たあ~、胡散臭い!」



 仕事後、酒の肴のようにティッシュに記載された"まとめ屋"をいじった。本人がいないのだから怖くない。


「大体、悩みをまとめる仕事って何よ?問診て…病院気取り?」



 そう罵り呷るビール越しに、その言葉に惹かれる私がいることも事実だ。


 さすがに長すぎる。5年という歳月は、本来もっと有意義に活用すべきものだ。それをいつまでも捕らわれて、ラジオ越しに愛憎するなど迷惑甚だしい。



「…まとめられるもんなら、まとめてみなさいよ」


 酔いに任せてダイヤルする。新しい缶ビールが、カシュッ、と音を立てた。

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