第2話 戦闘属癒し系担当

 結局昨夜は妹にモッサモサの毛並をトリートメント込みで洗って貰い、そして私も洗って差し上げて彼女曰く癒し系モードで妹の抱き枕となり眠った。朝起きた時には聞いていた通りに、母も父も出かけたようで待ち合わせ時間前に妹を叩き起こして一日が始まった。

「じゃあ私出掛けるけど、タヌちゃん鍵かけてお留守番しててねぇ。知らない人が来ても今日は開けちゃ駄目だからね、タヌちゃん満月でただでさえ安定してないんだから、喋れない白狸なんてすぐ捕獲されちゃうからね」

寝起きから2時間ばっちりメイクから洋服選びまで付き合わされ、やっと出発するらしい彼女は玄関から振り返り、こちらをじっと見つめる。

「いや流石にずっと狸でいる訳じゃないし、そもそも留守番なのにお客さん無視とか酷いでしょうに」

 確かにここ最近姿の維持が不安定ではあるけど、人前でいきなり変わることになったりはしないはず……そもそも新人類のことは知れ渡ってるんだから捕獲とはならないのでは。

「呑気ですねぇタヌちゃんは。新人類のこと誰もかれもが受け入れてる訳じゃないのよぉ?人間なんて異物だと思ったら徹底的に追い込んで、それが人類としての正義代表だと信じる生き物なんだからねぇ」

「なんだそれ、怖いわ」

「タヌちゃんで人体実験ならぬ狸体実験されるかもよぉ、冗談抜きで満月に安定しない妖型って結構多いみたいだし本当気を付けてねぇ」

「分かったよ、気を付けるし鍵もかけるから早く出かけておいでよ」

 なんだかんだとウダウダ話し続け、出かけた妹を見送り約束通りに鍵をかて一日パラダイスと居間を占領していた日中だった。そして夕方になり、妹が帰宅するまでに夕飯の買い物をと出掛けたのが間違いだったと悔やむべきか。それとも今日が満月だったことを嘆くべきなのか。

 はたまた、現在進行形で幼気な狸を檻へと詰め込もうとする謎のパーカー集団を恨むべきなのだろうか。おいこら、やめて頂戴ッ! 私人型でも体力ないのにこっちだと踏ん張る力なんて無いに等しいのよ。

『この狸、珍しい色の割に人型の時からやけに警戒心なかったわね』

 いやいやいや、だって人間が人間に危害加えるとか思わないでしょ! ……そんなことも、無いか。

『これは野生じゃ生きていけないだろうな』

 野生じゃないですもん、飼い狸ですし寧ろ人間ですから!

『新人類とかいっても所詮害獣と変わらない知性しかないんだろ、こんなものを人間と同じと扱うことからおかしいんだよ』

 おいお前、顔覚えたからな。絶対噛みついてやる、今噛みついてる根っこから剥がれて無事逃げ切れたら噛みつきに行ってやるからな。

『そんなことより、早く檻に入れて連れて帰るわよ。獣型は警戒心も強くて早いのが多いから中々捕まえにくいんだから、急がないと見つかるわよ』

 檻に入らないようとっさに噛みついた木の根は硬く、顎が疲れ始めてきたことに加え3人がかりで引っ張られるものだからあちこちが痛い。 割とピンチかもしれない、何で買い物なんか出かけたのか……家の冷蔵庫が空だった所為か、ラーメンでも作っておけばよかった。 これが噂に聞く獣体実験なのだろうか、素直にちなちゃんの言うこと聞いて一日引き籠ってれば良かったなぁ……やべ、涙どころか鼻水まで出てきた。

「おいこら、そこのおたんこタヌキ。今日は一日家に居ろって言ったのに何でお家から出てるかなぁ、本当におばかちんね! 」

 うぅ……遂に幻聴まで聞くほど、疲れてきたのか。

「うわぁ汚いお顔の狸ちゃん、折角昨日洗ってあげたのにグチャグチャとかないわぁ……」

 (このお生意気ボイスッ、ちなちゃん!)

「そうよぉ、優しくてカッコいい美人な妹が余りに遅いタヌちゃんを、わざわざ迎えに来てあげたんだから平伏して喜びなさい」

 (すっごいよ、この状況でふざけられる私の妹本当カッコいい! 公園の滑り台から登場とか、滑って自己紹介とはダサいやんかーい! )

「で、そこのクソダサパーカー集団は私のおたんこタヌちゃんを何処へ連れて行くつもりだったのかしらぁ? 」

 無視か、ここで私の存在を無視かぁ。まぁいつの間にか全員動き止めてたから、逃げれましたけどね。ダッシュで妹まで一直線ですけどね。

「この白狸ちゃんは私のタヌちゃんなのに、毛皮にでもするつもりだったのかしら」

 やめて、サラッと怖い事言わないで。

『それは普通の狸じゃないわよ、人類を乗っ取ろうとするバケモノ共の仲間なの。だからそれをこっちに渡しなさい。』

 バケモノかー、確かに妖怪ではあるかなー。でもね、ちゃんと人間の親から生まれた新人類としての人権も持ってるんだな、これが。

「バケモノねぇ、私の狸ちゃんはちょっと変わってるけどこれでも大事な家族なのよ。家族を脳みそツンツルテンな集団に渡すわけ、無いでしょ?」

 (嬉しいなー、そこが狸じゃなくてお姉ちゃんだったら更に嬉しいのになぁ。でもお相手さんたち、めっちゃ怒っちゃったよ?無駄に煽るから怒っちゃったよ? )

顔半分ほどまでパーカーの前を閉じた集団から、一人細身のシルエットが一歩前へ出てきた。

『生意気なお嬢さんね、バケモノに操られてるんでしょう。可哀想に、元凶はきちんと私たちが処理してあげるわ。さぁ、こちらに来なさい』

 ジリジリとにじり寄ってくる集団と、恐らく公園内に隠れているだろう気配が複数。流石にちょっと怖くなってきた私は、妹に抱き上げられたまま震えてきてしまった。

「タヌちゃん、いい加減人型になれないの?……あぁ、服落としてきたのか。仕方ないなぁ、今日だけは頼りになる妹様が全部片づけてあげよう」

抱き上げた私を撫でながら、妹様は細身のおそらく女性であろうソレに目を向けた。

『まさか貴女もバケモノの仲間だったりするのかしら?』

「うるさいわね、オババは黙ってて。今は私が話してるの、黙ってそこで見ててちょうだいな」

 言い終わるか否か、その瞬間公園に潜む者たちの空気が変わった。きっと私には分からなかった者たちも全て、妹には分かっていたのだろう。彼女の周囲の空気は揺らぎ普段仔犬の姿か完全な人型でしか行動していなかった。

現れた当初は完全な人型モードでつるりとした黒髪だったはずの頭部にいつの間にかが生えていた。よく見れば笑顔を浮かべた口の端から犬歯と思われる鋭い牙が見えている。

 姉妹と言えども、ここのところまともな会話をしたことが無かった。いつからかふざけた話ばかりで、それぞれに深く干渉しなくなっていた。

だから彼女の異能が何処まで成長しているのか把握していないが、きっと私の逃げていた間に育った彼女が何をしたかは分からずとも、あちらこちらで恐慌とも言える悲鳴や物音を引き起こしているんだろうことは雰囲気からわかった。

それは私を捉えようとしていた人たちも感じたのか見えない場所で上がった声に動揺し、後ずさり始めていた。

「オババが私の可愛さに嫉妬するのも仕方ないけど、可愛い子には牙があるって知らないの? 可愛い仔犬ちゃんも成長したら立派な狼になって、人間なんてペロリと食べちゃうのよん」

 正直に言うのであれば家に帰る事を半ば諦めていた。いつの頃からか人であろうと妖型を避け、見ないフリをしてきたことで自分が保たれていると思っていた。そのツケとしてこんなことになったんだろうと、出来ることをやろうとせず成長するための努力を怠り、現実から目を背けてきた末路だと……このまま世界から狸一匹いなくなったところで何も変わりやしないのではないかと、諦めようとしていた。でも妹はそんな駄目狸でも助けに来てくれて、まともに話も聞かないアホ狸を迎えに来てくれたのだ!

『バケモノ共がッ! こんなものを生かしているから、人間は追いやられていくんだ!』

 先ほどまで怯えていたものの悲鳴が止み、引くに引けなくなったと悟ったのか破れかぶれもいいところな形相で、人の身体を檻へと押し込もうとしていた3人と見張りをしていた女性までもが私と妹へと向かって襲いかかってきた。

「さぁタヌちゃん、今こそいいところを見せて頂戴!魔女っ娘ステッキに変身よッ!」

 その掛け声に反射的に昔好きだったアニメのヒロインの武器へと変化をした。

そしてその私を妹は勢いよく振りかぶり、華麗に4人を地に沈めた。

「安心しなさい、峰打ちよ……ふっ、決まったわ!」

 凄いなこの子、なんの躊躇いもなく人を殴ったどころか姉を鈍器として使用したよ。しかも魔法のステッキなのに鈍器扱い……全く罪悪感を感じていないところが更に凄い。

「さぁタヌちゃん、お家帰ろぉ。運動したらお腹空いてきちゃった、もうラーメンでもなんでもいいや」

(ちゆちゃん、ありがとう…かえろっか、たしかにお腹空いたしねぇ。)

「家帰ったら10分でご飯作ってね、じゃなきゃ夕飯たぬき鍋だから」

 妹の腕から飛び降り、全力疾走たぬきまっしぐらとか本当勘弁してください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異種型家族日常日記 あめんぼ @yui-sato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ