第4話

 ライムグリーンのワンピースに白いジャケット。金髪を三つ編みに編んで、その先をリボンで結ぶ。瓶底眼鏡で顔は半ば隠れているが、リネッタ・デルマートは、ぴんと背筋を伸ばして試験会場に立った。

 かたわらに立つアタケ・ジューザは、黒ずくめの服にヒマワリ色の髪留め、落ち着いた色の上着という姿。それはさながら、姫のかたわらに立つ騎士のようだった。


 ◇


「あの……その口調は」

「これか?」

 試験会場へ向かう通路の途中で、ジューザは照れくさそうに頬を掻く。

「言っただろ、できるだけ邪魔なものは取り除いておくって。俺だって、いつもの調子じゃあなたの足を引っ張ることくらい分かってるわ、よ」

「でも、最初に確か、それは落ち着かないって……」

「そりゃ、そうだけど。でも俺だって、最初からああだったわけじゃない。可愛くなりたいと思って、変わろうと思って、気がついたらああなってたんだ。だったら、もう一度変わることだってできるさ」

「……どうして」

「あなたが変わったから、かな。見た目をちょっと変えた。あなたの行動がちょっと変わった。それだけで、俺はすごく嬉しくなってしまった」

 それは本当に些細な変化で。

 けれどたぶん、リネッタにとっても、ジューザにとっても、大きな変化だった。

「だから俺は、お姫様じゃなくて、それを守る騎士になりたいと思ったわけだ」

 よろしく、レディ、とジューザはうやうやしく頭を下げる。

 それからリネッタの手を取って、その手の甲に軽く口付けた。


 ◇


 リネッタは背筋を伸ばし、胸を張って、新型魔法陣の解説を続ける。周囲を囲む教員たち。その後ろに設けられた席から見ている他の生徒たち。その中には、こちらを睨み付けるアシュレイの姿もあった。しかし、懐疑的だった人々の目が、少しずつ変わっていくのを、リネッタは確かに感じていた。

 そしていよいよ、ジューザが進み出る。

 片手でそっと、リネッタの眼鏡を外した。ライムグリーンの瞳が露わになる。

 ぱっと広げたジューザの手のひらからこぼれ落ちるように、生まれたのは色とりどりの花だった。それが魔法に由来するものである証拠に、花はその背後に茎を伸ばし、葉をつけ、試験会場となったホールの中に大きく広がっていく。

 その中心にはリネッタがいる。艶やかな金糸の髪。若葉を思わせる色の瞳。まるで花の妖精のような笑み。

 この場の主役がどちらか、と聞かれれば、間違いなくそれはリネッタのほうだった。

 冴えない少女は、異世界の騎士に出会って、美しく羽化しようとしている。


 ◇


 召喚士リネッタ・デルマートの名が初めて記録にあらわれるのは、この進級試験の場だったと言われている。

 一年生、それも標準年齢を下回る十四歳にして新たな《同位体》からの召喚を成し遂げた実績は、人々の語りぐさとなった。

 結局同位体の新規性の認定は翌年に持ち越されることになったが、リネッタの名前を広めたのは、その魔法陣よりも彼女が召喚した存在にある。アタケ・ジューザという名の青年は、リネッタの研究をよく支え、そしてまた、《花の姫君》の異名を取る彼女の演出に余念がなかった。

 かくして召喚士リネッタは、《黒衣の騎士》と呼ばれるジューザと共に、天才美少女召喚士としての道を歩み始めたのであった。


 ◇


「……天才美少女召喚士、って、ちょっと盛りすぎだったんじゃないですか?」

「天才も美少女も召喚士も、全部事実だから問題ないだろ。こういうのは強気に盛っていくことが大事なんだよ、俺の姫君」

「いいのかなぁ……」


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リネッタの召喚ノート こうづき @lunar_777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る