XXXの夢

私立ネクロリ学園!

 私立ネクロリ学園の朝は早い。

 全寮制ゆえ、学生はみな5時には起床し、適度な月種式ストレッチ体操を行わなくてはならない。

 これは学則で決まっているので、容易に破ることは許されないし、破った場合エクシード教頭による容赦ない補習が待っている。

 四肢を刃に変えたり、銃器の取り回しを行ったり、実際にぶっぱなし、それをスワロージャンプでかわすまでが体操だが、よく死傷者が出る。致し方ない。

 それが済むと、朝食である固形食糧を牛乳に浸し、食べる。

 前の席のゲオルグくんは、なぜかそのまま食べているので、たぶん変人なんだと思う。

 パリーン、シャクシャクという、不思議な音が響き渡るのは、この学園の朝の風物詩だ。


 登校。

 学校でも、ゲオルグくんは前の席。

 基本的に何を考えているのかわからない男の子だけど、筆箱が棺桶の形をしているのは、どうかと思う。


「いっけなーい! ハック、ハック!」


 そう言って教室に飛び込んできたのは、担任のヘレネー先生だった。

 胸元が大きくあいたタイトなスーツに身を包んでいる。

 ぶっちゃけ、男性にこびっこびな感じで、女子からの評判は良くない。

 まあ、年も年だから、焦るのだろうけど。


「あたしはまだ若いです! イッツアーリー!」

「せんせー、普通に英語が間違っています」

「……てへぺろ!」


 こんなやり取りが、やっぱり朝の風物詩だった。


 授業中は、ゲオルグくんのことばかり見ている。

 彼は至ってマイペースで、教科書で囲いを作って固形食糧を早弁したりするのだけど、例のパリーン、シャクシャクという音でだいたいバレる。

 でも気にしない。

 将来は大物になるかもしれない。

 休み時間は同級生の男子、ヒラリオンくんやヴェルトくんに絡まれていることが多い。

 一方的に因縁をつけられて、だいたい毎回、一方的に叩きのめしている。

 ヒラリオンくんは主席卒業間違いなしだと言われているのだけど、基本的に行動原理が馬鹿なのでこんなだ。

 ヴェルトくん?

 ヒラリオンくんのおまけじゃないの?


「現地呼称ゲオルグ、ヒラリオンは貴方との腕相撲を所望する」

「……勝ったら」

「ヒラリオンさまはなぁ、戦って下さるとおっしゃっているんだ! 報酬など望──うぐ!?」

「ヴェルトに沈黙を強制。貴方が勝利した場合、食堂のタダ券を進呈することをヒラリオンは約束する」

「…………」

「……エッチな本もつける」

「乗った」


 乗った、ではない。

 そのあと、ヒラリオンくんとゲオルグくんは、腕相撲(のように見える銃撃戦と近接格闘)を行い、最終的にエクシード教頭先生にとても怒られていた。

 校舎の半分を吹き飛ばしたのだから、仕方がないと思う。


 お昼休み。

 昼食はお弁当。

 ゲオルグくんは、やっぱり固形食糧を食べている。

 あんまりかわいそうだから、卵焼きを分けてあげたことがある。

 彼は目を丸くして、それから不愛想に受け取って、そして「……ありがとう」と小声で言うのだ。耳まで赤くしていて、かわいい。

 そのときは、なんだかこっちまで赤くなってしまいそうだった。


 午後の授業はサッカーだった。

 男子も女子も混合なので、けっこう白熱する。

 ゲオルグくんはリベロで、ヒラリオンくんはキーパー。

 飛んできたボールが、ゲオルグくんにわたり、彼は次々にディフェンスを抜き去って、時にショットガンで打ち抜き(生徒の大半は屍人だから問題ない)、ついにゴールへと迫る。


「この自我はヒラリオン──ゴールを死守するもの。竜は財宝てんすうを守る」

「…………」


 対するゲオルグくんとヒラリオンくん。

 一騎打ちの場面に、思わず彼の名を呼んでしまった。


「頑張って、ゲオルグくん!」


 ちらりと、彼がこちらを見た気がした。

 瞬間、業を煮やしたヒラリオンくんがゲオルグくんへと突っ込む。

 ゲオルグくんはその場でボールを蹴り上げ、自らも身体をひねりながら飛翔。

 半回転しつつ、ボールを蹴った。

 オーバーヘッドキックだ。

 意外なシュートに、それでもヒラリオンくんは食いついた。

 その背後から手が生えて伸び、なんとかボールを掴もうとする。

 だけれど強力なドライブがかけられたボールは、ヒラリオンくんの手をすり抜けて、そのままゴールネットを揺らした。

 ゲオルグくんのチームの勝ちだった。


「やったね、ゲオルグくん」

「……ああ」


 彼はぶっきらぼうに応じて、それから


「声が聞こえた。ありがとう」


 そういった。

 たぶん、そのときだろう。

 ……ああ、このひとのことが好きなんだなって、自覚した。


 放課後。

 ゲオルグくんが先に帰ってしまったと知って、必死に追いかけた。

 坂道を下ったところにいる彼を見つけた。

 坂の上から、彼の名前を呼ぶ。


「ゲオルグくーん!」


 彼が振り返る。

 その時、一陣の風が吹いた。


「────」

「────」


 スカートが、風にめくりあげられた。

 ゲオルグくんは真顔で。


「ありがとう」


 鼻血を垂らして、そう言った。

 坂の上から、その顔面に向けて、鋼鉄の足でドロップキックをかました。

 彼の頭蓋が砕ける音が、聞こえた。


◎◎



『──あら、目が覚めたの?』


 目をあけると、棺桶が話しかけてきた。

 情報知性体の依り代だ。

 答える義務はないのだけれど、なんとなく応じる。


「夢を……みていました」

『へー。まあ、いまのあんたなら見れるでしょうね。昔だったら、無理だったでしょうけど。知ってる? 夢っていうのはね、過去のデータを今に活かすため、脳みそが編纂をしていて──』

「そういう話、いまはいいです」

『……どうして?』


 だって。


「とても、いい夢だったから。しあわせな、夢だったから」


 夢は、現実とは違う。

 きっと夢だから、いいのだから。


『……もうひとつ。夢にはこんな逸話があるわ。死者がなにかを伝えたくて、夢枕に立つというやつ。?』

「…………」


 だとしたらマイスター。


「あなたは、不器用すぎます」


 ツェオ・ジ・ゼルはそう呟いて、立ち上がる。

 再び、歩き出すために。

 たったひとつ交わした、約束を果たすために。


「ありがとうは、私の言葉ですよ、マイスター?」


 これは。

 ありえたかもしれない、夢のお話──

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失楽園のネクロアリス 外伝 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo

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